2023年12月31日日曜日

スターリングラード大進撃 ヒトラーの蒼き野望 2015

セルゲイ・ポポフ監督、露、86分。第二次世界大戦中、1942年のロシヤが舞台の護送兵と囚人の友情を扱った映画であり、スターリングラードもヒトラーも全く関係ない滅茶苦茶な邦題である。

若き伝令の中尉はある村を通りかかった時、敵の攻撃を受ける。その場にいた露軍も村人も混乱する。中尉も馬を失い、からがら生き延びた。軍法会議があって他の者の証言で中尉は敵から逃げたとなり、銃殺刑を宣告される。穴のような牢屋に入れられ、入口は融通が利かない兵士が守っている。本部からの確認書が来なければ、処刑できない。そのうちに敵軍がやって来て、守っている兵士は中尉を引上げ、一緒に逃げる。

この後、兵士と囚人である中尉の二人は道連れで本部を目指す。途中で大きな川があって手前で負傷している飛行兵がいると分かる。筏があるが一人しか乗せられない。負傷した兵士を先に渡し、後から泳げない兵士を中尉が筏を押して川を渡る。二人と負傷兵は露軍の行進に出会う。露軍は敵を叩く作戦を立てており、融通が利かない兵士が本部に行く必要があると言ってもここでは攻撃に従えと命令される。二人は独軍の攻撃で手柄をたて、記者から写真もとられる。

中尉は他の者と一緒に銃殺されそうになる。その時兵士が助けに来て間一髪で命を取り留める。中尉は表章ものの功績があるが、兵士はあくまで本部に連れて行く、どうするかは上司の判断は仰ぐと言う。独軍の攻撃があった。これで兵士は瀕死の重傷を負い、死ぬ。中尉は自由になったのだが、やはり一人本部を目指す。行った先で旧友等に会う。自分と死んだ兵士の写真が載っている新聞を見る。

サスペリアpart2(完全版) Profondo rosso 1975

ダリオ・アルジェント監督、伊、126分。映画は誰かが刺し殺している影から始まる。

会議場では超能力を持つ女が講演している。会場にいる一人のポケットに何が入っているか言い当てる。超能力者は邪悪な力を感じ気分が悪くなる。誰か会場に邪念を持った者がいるらしい。その夜、超能力者は何者かに包丁で何度も刺されて死ぬ。その時、建物の外にいた米から来たピアノ奏者の男が刺されているのを外から見上げ、直ちに駆けつける。両側に絵が沢山かかった廊下を走り過ぎて(その中に鏡があり犯人の顔が写っている)、殺された女の元に行く。ピアノ奏者の男が警察の尋問中にジャーナリストの女が現場に来る。男と女は知り合いになり事件の謎を追う。

関係のある著書の作者の女も殺される。古い館を訪れ、壁の中に殺人の絵があるのを見つける。また殺人の絵が学校にあると聞き、そこに男が行くと友人の男がいて銃を突きつける。この男が犯人だったのか。その時、警察がやって来て男は殺されずに済み、犯人と目される男は逃げるがトラックに身体が引きずられ、最後は頭を他の車に轢き潰される。一件落着かと思ったが、死んだ男は最初の犯罪があった時、男と一緒だったから犯人の筈はない。犯人は廊下の鏡に写っていた死んだ男の母親だった。その母親が現れ、男と格闘し首飾りがエレベーターに巻き込まれ、首飾りの輪によって女の首は斬りおとされる。

2023年12月30日土曜日

ゴースト・ドッグ Ghost dog: the way of samurai 1999

ジム・ジャームッシュ監督、米、115分。主人公は黒人の殺し屋。『葉隠』に傾倒し、映画中何度も『葉隠』の文章が出て朗読される。

ボスの娘を誘惑した男を仕事で殺す。ところがその殺した男がマフィアの身内であったため、殺し屋を消せと殺し屋を直接雇っている男に命令が下る。殺し屋は昔、その男に助けられたため恩義を感じ、武士が主君に仕えるように従っていた。男は殺し屋に殺せと命令が出ていると教える。殺し屋は公園で少女と仲良くなる。またそこでアイスクリームを売っているフランス語しか喋らない男とも友達である。殺し屋を殺すようマフィアは人を差し向けるが、殺し屋は殺されない。また自分を昔助けた直接のボスにも殺しの命令が下っていたので、自分から撃って怪我をさせ自分の仲間でないとマフィアに知らせていた。殺し屋はマフィアの連中をボスも含め皆、殺すが、最後には直接のボスから撃たれて死ぬ。

2023年12月27日水曜日

Mr. ノーバディ Nobody 2021

イリヤ・ナイシュラー監督、米、92分。主人公は工場勤めの家庭の夫。決まり切った仕事を繰り返す毎日を送っていた。

ある夜、家に二人組の強盗が入ってくる。金を出せと言われるが、カード決済で現金は持っていないと答えると腕時計を寄こせと言われ、渡す。息子が賊に飛びかかり格闘になるが賊は逃げる。息子はあまり抵抗しなかった父親に文句をいう。主人公の男は賊を捜し出す。賊は夫婦と分かり、男は脅し時計を取り返すが、赤ん坊をいるのを見て去る。

バスで帰宅中、むしゃくしゃしていた。そのバスにチンピラどもが数人入り込んできて乗っている女を脅す。主人公はチンピラどもに格闘を挑み半死半生の目に会わす。そのうち一人がロシヤ・マフィアのボスの弟で、死にかけた弟やその仲間を見て誰がこんな目に会わせたとボスは聞く。相手を突き止めたマフィアが男の家に襲撃団を送り込む。男は妻子を地下室に入れ、自分は襲撃した連中を凡て倒す。相手がロシヤ・マフィアと分かったので、マフィアの資金管理所に行き、資金を凡て燃やす。その後男はマフィアのボスに会いに行き、ボスや手下たちと激しく闘い殲滅させる。男の父親と友人も男に加勢した。

花の恋人たち 昭和43年

斎藤武市監督、日活、92分。吉永小百合が主演で他に十朱幸代、和泉雅子、山本陽子ほか人気女優が出演。

医師の国家試験を目指す女のインターンたちである。試験勉強だけでなく、吉永と十朱はライバルで学長賞という賞金が出る優秀賞を受賞したく頑張っている。医師役で浜田光夫が出ており、吉永や十朱は惹かれている。吉永の母が奈良岡朋子で田舎で吉永を苦労して育てたという設定。仲間のうち一人は結婚し、また山本は結婚したい相手がいるものの親が許さない。山本の弟役を舟木一夫が演じている。

医師試験は合格するが、学長賞は十朱が得る。知った吉永は母親が期待していただけに意気消沈する。田舎から電報が来て母親が病気で倒れたと。吉永は駆けつけ、そのまま母の看護で田舎にいようとした。母親は長くもたないらしい。母親から学長賞はどうなったときかれ、吉永は受賞したと言って喜こばす。その時、仲間や浜田が見舞いに来る。吉永が受賞したと言っていたと聞き、十朱は自分がもらった賞金を母親に手渡す。

2023年12月26日火曜日

夕陽に向って走れ tell them Willie boy is here 1969

エイブラハム・ポロンスキー監督、米、98分、ロバート・レッドフォード主演。20世紀の初めにカリフォルニアで実際に起きた事件を基にした映画。

インディアンの青年は好きな女がいて故郷に帰ってくる。娘(キャサリン・ロス)の両親は結婚を認めない。インディアンに対する白人の偏見は強く、嫌味を言われて青年は相手に歯向かい、問題を起こす。更に夜中に好きな女と逢引していた。それを見つかり咄嗟に相手を撃ち殺してしまう。

これで青年はお尋ね者になり、慕う女と逃げる。保安官をしているレッドフォードは他の者と共に追う。レッドフォードには大統領が地域に来るので、その護衛の仕事があって捜索隊から抜ける。レッドフォードには医者をしている好きな女がいて、戻ってから歓迎会で会っていた。その間、インディアンの青年は岩の上から捜索隊を銃撃し、一人を殺してしまう。レッドフォードには聞いてすぐさま捜索に戻る。インディアンの青年は一緒の女と言い合いをしていた。レッドフォードは撃ち殺されて死体となった女を見つける。自殺か殺されたか分からない。レッドフォードはインディアンを追う。岩山の対決となりインディアンを殺す。捜索隊に死体を荼毘にふさせる。後から来た男はなぜ焼いたと怒るが、レッドフォードは見世物ではないとそっけなく答える。

2023年12月25日月曜日

美達大和『人を殺すとはどういうことか』新潮文庫 2011

著者は長期刑務所に収容されている無期懲役囚である。二人殺めた。著者の入っている刑務所は重罪犯ばかり集めている。

この本ではまず自分の生い立ちを述べ、次に犯した殺人について書いてある。自己中で暴力的な父親に育てられ、反省したことなどない、絶対的な自信を持つ人間となった。自分の尺度、それのみが正常であり正義であり背く者は容赦なく殺した。二件の殺人ともそうだった。逡巡などすればそれこそ悪であり、義務を果たすように殺人をした。あまりに冷静に殺人をするので、犯罪の協力者が自分も殺されるのではないかと怯えたほどである。裁判になって被害者の肉親から、初めて自分以外のものの考え方、価値観があると知り仰天したと書いてある。この著者のような考えが普通だったら今の何十倍どころか何百倍も殺人が起きているだろう。

本の後半では刑務所で会った殺人犯の実際が書いてある。刑務所とは犯罪者にとって楽園であり(確かに健康的この上ない生活を送る、送らざるを得ない。食事はまずくとも健康食の極みである)、出たら今度は捕まらないよう、その知識を得る。被害者に対する罪悪感などなく、自分こそ被害者だと思っている。あんなところにいたから悪い、殺したせいで自分は刑務所に入れられていると殺した相手を恨むばかりである。改悛の情を見せるのは刑を軽くするためである。書いている中には人間として尊敬に値するという人物も出てくるが、例外中の例外であるからこそ心に残ったのだろう。

以前、やはり刑務所暮らしをした文を読んで、書いている人もそこに出てくる服役者も人間としてかなり異常だと思った。今回はまさに重罪犯罪者がいかに通常からかけ離れているかが分かる。理解の外にある。解説の最後に「人を殺すとはどういうことか、本書を読んでも闇のように不可解だ」と書いてあるが、当たり前だ。なぜ犯人から直接聞けば犯罪が納得できる、理由が分かると思っているのか。昔、連続殺人犯を描いた映画があって、その評も「この映画でも犯人の心の闇は分からない」と書いてあったが、そのように書けば恰好がつくと思っているのか。分からないのが当たり前である。ともかくこの本は司法関係者はもちろん、犯罪の更生が可能だと思っている人に読んでもらいたい。

コーヒー&シガレッツ Coffee and Cigarettes 2003

ジム・ジャームッシュ監督、米、97分、白黒映画。11の挿話から成るオムニバス映画。コーヒーと煙草をのむさまが出てくる。

二人の会話が多く、とりとめのない話をする。出ている俳優は実名を使っている。日本人として興味深く感じたのは老人二人が話している。そこへ片方の息子が来る。豆菓子を食っている。中国製かと聞くと否定し、両目を吊り上げる。日本かきくと頷く。吊り目はアジア人一般かと思ったら、日本人を指すらしい。

2023年12月23日土曜日

亀山郁夫『ドストエフスキー父殺しの文学』(上下)NHK出版 2004

現代ではドストエフスキーの第一人者と言われている著者がドストエフスキーの翻訳を始める前に出版したドストエフスキー論である。

ドストエフスキーの著作を初期の作品からテキスト、事件、講義などに分け、特に講義の部分で著者の作品解釈が書いてある。著名にあるように父殺しという観点から、また使嗾(そそのかし)という観点からドストエフスキーの諸作品を論じる。更に読んでいて目につくのはロシヤ正教の分離派(改革以前の旧習派)中の一派である鞭身派、去勢派といった宗派について説明があり、小説の誰それは鞭身派だとか去勢派とある。正直なところ、そのように分類されても理解が進むという感じはしない。翻訳で騒がれるようになる前のドストエフスキー論であり、著者の論考では一番読んでみるといい著作に思えた。

2023年12月22日金曜日

ロシアン・ルーレット 13 2010

ゲラ・バブルアニ監督、米、97分。主人公の若い男は父が入院し、金がいる。たまたま仕事で訪れた家で立ち聞きし、大金が入る仕事があるらしい。その男は自殺し、持っていた手紙から大金が入る場所へ行く。

指示通り行くとそこは郊外の館で多くの男たちが集まっている。仕事とはロシアン・ルーレットへの参加だった。参加する者毎にパトロンがいるのだが、別の男がやって来たので驚く。主人公は男は自殺したと述べ、大金を期待して自分が代わりになる。主人公の番号は13だった。弾を込めた銃で輪になった自分の前の男の頭に銃を突きつける。合図と共に引き金を引く。回数が上がるにつれ、込める銃弾の数は増えていく。最後に二人で向かい合い、相手の額に銃を突きつける。

主人公は勝利した。大金を入手し館を出る。警察から駅で尋問される。その前に大金の入ったバッグをごみ箱に入れていた。警察から釈放され戻るとごみ箱は始末されていた。ごみの集積所に行って見つける。主人公は家族に大金を郵送する。ジェイソン・ステイサムがつけていた。ステイサムはパトロンで自分の兄がゲームに参加していたのだが、殺される。ステイサムは主人公を列車の中で刺しバッグを奪って逃げる。バッグには店で買ったぬいぐるみしか入っていなかったのだが。

2023年12月21日木曜日

穴 The hole 2001

ニック・ハム監督、英、102分。高校の四人の生徒が穴の中の密室に入り出られなくなる話。映画は主人公の少女(ソーラ・バーチ)が泣き叫んで学校に戻ってくるところから始まる。他の生徒は遭難したらしい。バーチに警察は事情を聞く。精神が安定していないようだが、次第に事情を語る。

過去に戻る。バーチには憧れる男子がいた。しかし自分を振り向いてくれない。仲良しの女子(キーラ・ナイトレイ)と共に男子二人(うち一人が憧れの男)を誘い、地下の秘密の隠れ家のような施設に入る。初めは面白がっていたが、数日後、蓋が開かなくなり外に出られなくなったと分かる。これで四人とも恐慌状態になる。ナイトレイは病気になり死ぬ。男の一人が、残り少ない飲料を飲もうとしたため、もう一人の男に叩きつけられ死ぬ。バーチは憧れの男と二人きりになり、自分が鍵で閉めた蓋を開け、外に出ようと言い出す。驚いた男が怒って螺旋階段を上ってくるが、階段がはずれ男は落ちて死ぬ。

バーチは外に出て映画の初めの部分になり助けを求めたわけである。聴取で別の男子生徒の企みだと告げ、その生徒は捕まる。証拠不十分で警察から釈放され、バーチになじりに来る。急流の橋でバーチはその生徒を突き落として溺死させ、その生徒の仕業と見せかける。

2023年12月20日水曜日

エンジェル Angel 1984

ロバート・ヴィンセント・オニール監督、米、93分。主人公の女子高生はエンジェルという名で街娼をしている。

娼婦ばかり狙う殺人犯がいた。エンジェルの娼婦の友人が何人も殺され、エンジェルは復讐すべく銃を入手して殺人犯に立ち向かうつもりだった。エンジェルは高校では優等生として通っていた。堅い女でとおっていて男子生徒の誘惑もはねつけていた。

エンジェルに振られた男たちが街でエンジェルを見つける。街娼の恰好だった。無理やり車に乗せ乱暴するつもりだった。エンジェルが銃をぶっ放すので驚き逃げる。生徒は学校の先生にエンジェルが娼婦をしていると告げる。本気にしなかったがエンジェルのロッカーを開け証拠を調べる。エンジェルに理解を示す刑事がいた。その刑事にエンジェルは素性を暴かれる。エンジェルの父親は昔去り、母親も数年前去った。学費を稼ぐため街娼をしていたのだと。

エンジェルの友人がある男を客として連れ去り、殺された。その男を面通しする。候補の中で最後に犯人が分かり指摘すると警官の銃を奪い、警察署で発砲し逃げる。犯人はエンジェルを標的にする。再度エンジェルの友人が殺され、エンジェルは銃を持って追いかける。追跡し銃の撃ち合いの結果、エンジェルの男の友人に助けられ犯人は殺される。

2023年12月19日火曜日

ゴジラ-1.0 令和5年

山崎貴監督、東宝、125分。終戦末期に大戸島にある飛行場に特攻しそこなった主人公の男のゼロ戦が着陸する。整備兵はどこも飛行機は悪くないという。そこにゴジラが上陸、兵士たちを次々と殺していく。男はやはりゼロ戦から攻撃できずゴジラになすがままにしておく。帰郷する。

東京の焼跡で赤ん坊を連れた女と出会う。赤ん坊も死ぬ女から女が預かったものだった。居座りのように女と赤ん坊は男の家に居着く。男が仕事を捜して来る。戦時中の魚雷を掃蕩するため木製の船に乗り込み銃撃で爆破させる。知り合った男たちと仲良くなる。船にいる時、ゴジラを発見する。大型戦闘艦も簡単にやられる。ゴジラは銀座に上陸する。破壊し尽くす中、女を助けに男は行くが、自分は助かるが女がゴジラに吹き飛ばされる。

ゴジラを倒す方法を練る。戦後日本に軍備はなく米軍もソ連を警戒し軍事行動はとれない。戦時中開発して終戦になったため出番がなかった震電を動かせるようにしてゴジラに立ち向かいたい。そのため主人公は大戸島の整備兵を捜して直させる。またゴジラの身体の周りをフロンガスの泡で包み、海底に沈める計画を立てる。複数の駆逐艦を使いゴジラを沈めるがゴジラは死なない。死ななければ急激に海底から上昇させ殺すつもりだった。しかしそれでも生きている。その時主人公の乗る震電がゴジラの口に突っ込み頭を爆破させる。さしものゴジラもこれで沈んだ。港に帰った主人公は女が生きて病院にいると聞き、駆けつけ再会する。その頃ゴジラは海底で再生しようとしていた。

2023年12月16日土曜日

アーサー・ヘイリー『殺人課刑事』 Detective 1997

主人公はマイアミ警察の部長刑事。かつて神父だった。自分の捕まえた死刑囚から死刑の前に会いたいという連絡が来る。家族との予定があったが、やむなく死刑が行なわれる刑務所に向かう。死刑囚は連続殺人犯であった。

小説は過去に遡り、殺人事件とそれを捜査するマイアミ警察の話になる。連続して老夫婦が殺害される事件が起きていた。しかも殺し方が決まっており連続殺人犯であろうと思われた。更に現場に暗示するものを残しておく。神父だった部長刑事はそれがヨハネ黙示録から来ていると分かる。更に警察委員の夫妻が殺された。実はその軽擦委員の娘は警察に勤めていた。過去にその娘である警察官と部長刑事は関係があった。部長刑事の方から関係を打ち切ると相手は激怒した。相手の女は警察の中で昇進していく。部長刑事の上司となった。部長刑事を昇進させまいと女はあれこれ手を打つ。警察委員夫妻の殺しはこれまでと違っていた。それを部長刑事は訝しく思った。更に連続殺人は続き、到頭犯人を捕まえた。その犯人が死刑になる。部長刑事は死刑囚との最後の対談である事実を告げられる。死刑囚は殺人を認めたが、警察委員夫婦の殺人は自分がやったのでないと言うのである。代わりに別の知らなかった殺人を知らされる。死刑が執行された。部長刑事はマイアミ警察に戻り、上司に死刑囚が言った殺人を報告する。実際知らなかった殺人の犯人が死刑囚だったと分かる。そうなると警察委員夫婦の殺害は誰がしたのか。

別の事件が持ち上がる。富豪の家の婿が殺された。駆けつけると被害者の妻が家を仕切っており、部長刑事は殺人でなく自殺だったと突き止める。見栄で自殺でなく殺人にしたと分かった。この後、警察委員夫婦の殺人について真相が明かされる。部長刑事と関係のあった、今では遥か上の地位についている女が関係しており、過去の真相が明らかにされていく。(永井淳訳、新潮文庫、平成13年)

あなたになら言える秘密のこと The secret life of words 2005

イザベル・コイシェ監督、西、115分。ある工場で働く若い女。無口で他人との接触がほとんどない。支配人から休暇をとったらどうだと勧められる。元々その気はなかったが、言われたので田舎に行く。

食堂にいる時、近くの席にいる男の電話が聞こえてくる。火傷した怪我人がいる。看護婦が必要だと言っている。電話の相手からよい返事を貰えなかったようである。女は声をかける。自分は看護婦をしていた、手伝おうかと。男に連れられ、海底油田の掘削施設に行く。怪我した男は火傷だけでなく、目も当分見えない。医者が近日中に来る予定なのでそれまで面倒みることになる。男は色々と女に声をかける。女は言葉少なに返事をするだけである。女が怪我人を世話していくうちに、また掘削機構にいる他の男たちとの接触で、女は次第に次第に心を開いていくようになる。遂に女は暗い過去を話し出す。ボスニア紛争の際、女友達と被った災難。乱暴された挙句傷つけられ、友達が死んでいくのを見ていたと。怪我人の男はヘリコプターで運ばれていく。後に女も去る。男は治ってから女を捜す。見つけ、消極的な女に一緒になってくれるよう頼む。

ザナドゥ Xanadu 1980

ロバート・グリーンウォルド監督、米、96分。オリヴィア・ニュートン=ジョン主演のミュージカル映画。

画家志望の若い男は生活のため商業絵画を描いている。ある日、実はムーサイの一人であるニュートン=ジョンに会う。すぐにいなくなってしまう。男はクラリネットを吹いている初老の男(ジーン・ケリー)に会う。金持ちで昔は音楽をやっていたが、好きな女と別れ音楽はよしてしまった。男がジャケットとして渡された絵はあのニュートン=ジョンが写っていた。その絵の場所に行く。寂れた施設だったが、ここを音楽の劇場として再開しようとケリーに言われる。ニュートン=ジョンに会うが名だけ告げられ、また去ってしまう。ムーサなので地上にいつまでもいられない。両親に許可をもらおうとするがゼウスは許さない。母親は理解を示す。劇場はザナドゥと名付けられ、開館される。初演として様々な踊りや歌が披露され、やがてあのニュートン=ジョンもやって来てみんなとショーに加わる。

ゾラの生涯 The life of Emile Zola 1937

ウィリアム・ディターレ監督、米、116分。文豪ゾラを主人公とした映画。ただし前半はゾラの生涯と作品を元に自由に脚色した作りで、ゾラの伝記映画とは言えない。後半というか中心はドレフュス事件への関わりである。ゾラがドレフュスを弁護したため、イギリスに亡命せざるを得なくなったなどはそのままだが、ドレフュスが冤罪に問われた原因である。

これはドレフュスがユダヤ人であったため、当時の欧州全体で普通であったユダヤ人蔑視から来ているのは周知であろう。ところが映画では陰謀に陥れられたというだけで、ユダヤ人という言葉は出てこない。ドイツで作られた映画なら出てこなくて不思議ではないが、アメリカの映画なのである。ナチスが戦争を始める少し前の映画で、ゾラが演説する自由や人権についての擁護が中心の思想なのであろうが、ユダヤ人という言葉が出てこないのは良く理解できない。

筒井康隆『大いなる助走』 昭和52年~53年

文学賞や同人雑誌を徹底的に戯画化した小説。地方に住む主人公は大企業勤めであるが、小説家志望で地元の同人雑誌に作品を載せる。先輩からの示唆で自分の企業の実態を暴く小説を書く。同人で他の小説を貶すばかリの連中からは良く言われない。

それが中央の文芸雑誌に目が留まり、その雑誌に転載される。同人らは嫉妬、ひがみで怒り狂う。直木賞をもじった賞の候補となる。どうしたら受賞できるか。事情通から選考委員の好みを聞き、どう対応すれば良いか伝授される。金が困っている者には金を、女好きには女を世話し、男色家の委員には自分の身体を差し出す。

ところが選考の場は委員たちの醜行で、最終的には別の作家が受賞する。これを聞いた主人公は怒り狂い、委員たちの殺害を決意する。順番に殺していく。数人殺した後、自分も事故で死ぬ。故郷の同人の一人は未成年の女子の同人を妊娠させており、女子が自殺する。その遺書から同人の犯罪が分かり警察が来て逮捕される。

2023年12月15日金曜日

ジュラシックSWAT 対恐竜特殊部隊 Trassic hunt 2021

ジェラルド・ラシオナート監督、米、86分。恐竜が二匹、輸送途中に逃げ出してしまう。離れていない所に住宅地域がある。その恐竜を退治するため、SWAT隊(私兵部隊?)がやって来る。恐竜と工場内での対決である。

実はこの恐竜は人造物で、この恐竜を兵器として外国に売り込むためわざと逃げさせ、人間たちと闘わせたのである。恐竜が武器として使えるなら高く売れるだろうと。SWATは犠牲を出しながら恐竜を倒していく。事情を知ったSWATは怒る。恐竜がやられると外国からの買い手は取り下げてしまう。ミサイルが発射され、SWAT等のいる建物を破壊するはずだったが、逆に恐竜製造のボスの陣取るビルを破壊する。アサイラム映画である。そう思えば観れないこともない。

エスター Orphan 2009

ジャウム・コレット=セラ監督、米、123分。ある家庭に引き取られた孤児エスターが引き起こす恐怖映画。ただ恐い女の子だけの話ではない。恐い女の子はどこにでもいる。これは最後にからくりが明かされるという映画でもある。謎が明される映画である。

最近流産を経験した夫婦は孤児のエスターを養子にとる。実子として男の子と幼い難聴の女の子がいる。義兄の男の子はエスターを好きになれなかったが、幼い女の子は慕う。エスターの行動にはやや訝しいところがある。夫婦はエスターがいた孤児院のシスターに話を聞こうとする。出自に不明な点があるのでそれは帰ってから調べようとして、帰り道にエスターに殺される。車を転倒させ石で叩き殺すのである。幼い女の子には黙っていろと命令する。義兄が秘密を探ろうとすると間一髪で焼け殺されそうになる。

母親はエスターが普通でないと思う。父親はエスターに何も不信を抱かない。母親はエスターが実は病気で子供に見えるだけで大人であり、過去には犯罪者であったと突き止める。その頃、エスターは大人の女風に父親を誘惑した。驚いた父親が手向かうと殺してしまう。母親は家に着きエスターと格闘し、氷の張った池で蹴落とす。

ジキル博士とハイド氏 Strange case of Dr Jekyll and Mr Hyde 1886

ロバート・ルイス・スティーヴンソンが書いたあまりにも有名な小説。おそらく小説上の架空人物ではシャーロック・ホームズと並んでとりわけ有名な名であろう。小説など読んでいなくても誰でも知っている。二重人格の代名詞としても使われる。

話はジキル博士の友人という弁護士が目撃した事件を友人に話すところから始まる。醜悪な感じを与える男が少女にぶつかり、少女を踏みつけて去って行く。驚いて男を捕まえ、損害倍書を請求すると家から持ってきた小切手にはジキル博士の名がある。驚く弁護士。ジキル博士が弁護士に託した遺書には自分の財産をハイド氏に譲るとある。これを見てジキル博士がハイド氏に恐喝されているのではないかと忖度する。ジキル博士にハイド氏の件を尋ねても答えはない。その後、ハイド氏は殺人事件まで起こすようになる。お尋ね者になったハイド氏は最後に死体で見つかる。遺書によって真相が明らかになった。

林健太郎『昭和史と私』 平成30年

歴史学者林健太郎の自伝であるが、並行して自分がその中で成長した昭和の出来事を書いている。自伝に歴史を足している。ランケの自伝がそうなっているらしくそれを目指したという。大正初めの生まれだが、物心つくようになったのが昭和くらいからなので、昭和史となっている。こういう有名人の自伝では初めに自分の家がいかに由緒ある古い家系かを書き、幼年時代の腕白ぶりなどを書く例が多いが、本書はそうでない。

昭和初期は歴史にあるように次々と重大事件が起こった。それらを同時代の目で著述している。長じて学問ではマルクス主義を信奉するようになった。戦前の人文社会系の学者はマルクス主義にはまった者が多いと良く書いてあるが、林も同様だった。戦後になって、それまでソ連を見てきてマルクス主義からは離れるようになった。

また著者は東大の教員であったため、学者間の、学内の事情が良く書いてある。これらは部外者にとって興味ある記述になる。更に戦後の平和運動の主導者として清水幾太郎の名を挙げている。清水は60年安保の時まで進歩的文化人とは知っていたが、特に運動の面ではとりわけ大きい存在とはこれも知らされた。学園闘争の内部の実際も当事者だから詳細に書いている。一緒に担当した文学部の評議員として岩崎武雄、堀米庸三の名が挙がっている。国会議員にもなり審議時間が短いと書いてあるが、これも素直な意見であろう。国会は政争の場であり、立法の機能はそれもやる位のものだからである。

2023年12月1日金曜日

海底大戦争 昭和41年

佐藤肇監督、東映、ラム・フィルム、83分、千葉真一主演の空想科学映画。登場人物のほとんどは外人で千葉の他には室田日出男が出ている。

米海軍の潜水艦が実験中、謎の人影らしき物を見つける。記者たちが見守る中、それがどういう物か不明であった。記者の千葉は金髪の若い女記者と共にその謎を探るべく海中に潜る。女が半魚人らしき物に遭遇し、驚き写真を撮るが写真機は海底に落としてしまう。半魚人について米海軍の軍人に言っても信用してもらえない。

後に千葉と女はまた海に行き今度は謎の海中の洞窟に入るが、そこで半魚人たちにまた会う。二人とも捉えられる。半魚人は実は科学者が人間を改造して作った者だった。水陸両用で陸の国を攻めるのに使える。人間を半魚人にする過程を見せられる。千葉と女も半魚人にさせられそうになる。相手側と対決しやっつけ、脱出をする。半分半魚人にさせられたかと思ったが学者の治療で元の身体に戻った。

2023年11月30日木曜日

人生タクシー Taxi 2017年

ジャファル・パナヒ監督、イラン、81分。監督自身がタクシーの運転手になり、カメラで捉えた乗客や自分の様子を記録映画風に映し出していく。

乗客である男と女の間で死刑に関する議論、ビデオを売る闇商人、映画の制作が課題の学生、姪の女の子を乗せて議論、老婆二人が急いでいるのは金魚を時間までに返却しなければならないから。事故に遭った怪我人の夫を乗せてくる妻。ごみ処理の少年が落とした金を拾ったところを姪が見て、少年に持主に返せと説教する。久しぶりに会った旧友から近頃遭遇した事故について聞く。

姪が座席に落ちている財布を見つける。老婆二人のどちらかだろうと返しに行く。運転手と姪が車から降りる。車内のカメラがその間、泥棒しようと車に乗り込んできた男たちを映そうとするところで終わり。

2023年11月29日水曜日

海底軍艦 昭和38年

本多猪四郎監督、東宝、94分。高島忠夫、田崎潤、上原謙その他出捐。

埠頭でモデルの写真撮影をしている高島忠夫ら。そこに海から水蒸気を立てた男のような者が出てくる。更には知ってきたタクシーは海に突っ込む。明くる日タクシーを引き上げるが誰も乗っていない。高島はその時、たまたま見つけた藤山陽子をモデルにしたく思い捜す。藤山は上原謙扮する会社重役の秘書で、そこに不思議な雰囲気の記者が訪ねてくる。

記者は田崎潤扮する神宮寺大佐について聞くがもう死んだ、知らないと答える。田崎の娘が藤山で父の話が出て驚く。後に上原と藤山が車で出かけた時、高島らも気づき、後を追う。上原らは運転手が別人で攫われたと分かる。海岸に着いた時、高島らが駆けつけ上原らを助けようとする。運転手は熱いエネルギーで驚かすが、海に逃げる。この敵方がムー帝国と分かる。

後に警視庁に送られてきて映像によると昔、海に沈んだムー大陸の帝国が再び地上に出て世界を支配するという。その映像で神宮寺大佐の海底軍艦の建設を止めよと警告する。初めは馬鹿にしていたが、東京中心部を壊滅させた。海底軍艦に頼るしかない。藤山の後をつけていた男が神宮寺大佐の部下で上原は大佐の居場所を聞くが答えない。最後に上原らを神宮寺大佐の所に連れて行くと言い出す。飛行機、船を乗り継いで孤島に着く。そこで神宮寺大佐に一行は会う。

神宮寺が海底軍艦、轟天号を明らかにするが、戦争に使うためだと答えるので上原は怒り、高島は戦争気違いだと罵る。轟天号の進水式の後、怪しい記者、実はムー帝国の工作員によってドックは爆破され、藤山、高嶋は連れ去られる。神宮寺は心を入れ替え轟天号はムー帝国撃滅に出撃する。ムーの守り神である巨大な龍を冷線砲で倒し、ムーの中に入り込み徹底的に破壊し尽くす。

2023年11月27日月曜日

嫁と呼ばれてまだ三月 昭和29年

天野信監督、大映、81分、白黒映画。渡辺篤主演。大阪で何軒かの食べ物屋が立退きに会う。その一人渡辺はみんなで新しい店を始めようと、やはり立退きをくらった浪花千栄子の店に行く。浪速にも新しい店を手伝って欲しいと頼む。あまり乗り気でない。渡辺は浪速と結婚したく思った。渡辺の娘が結婚する。その婚約者と浪速の店に行って、浪速を見てくる。渡辺は求婚し、浪速と結婚する。新婚夫婦が二組できたわけである。

三月経った。渡辺の娘が帰郷する。その間に夫が浮気していたと思いこんだ。渡辺、浪速の夫婦が娘の誤解を解かせる。それだけでなく浪速は渡辺が若い女と連れだって歩いているのを見た。更に貯金が引き出されている。てっきり若い女と浮気かと思い、家出する。浪速が凝っている新興宗教に相談に行く。その教祖と浪速は家に戻って来て渡辺から浮気の原因を追い出すべくお祓いをする。渡辺が連れていた若い女は別れた以前の妻が再婚して出来た娘で、浮気の相手などではなかった。この映画の主題歌(題名は同じ)は当時流行った歌なのだろうか。

2023年11月26日日曜日

アンノウン/Unknown 2006

サイモン・ブランド監督、米、85分。倉庫のような場所で目覚めた五人の男。みんな記憶がない。

どうしてここにいるのか。銃で撃たれた者、椅子に縛りつけられた者、みんな負傷等しており、普通でない。そこから逃げようとしても扉には鍵がかかり出られない。映画は並行して誘拐された夫を気遣う妻がFBIにいる。身代金は取られ、行方不明で犯人らを捜している。密室では電話がかかってくる。取った男に向こうから指示があり夕方に行くと知らされる。みんな記憶が少しは戻り、誘拐犯と誘拐された者が五人の内訳だが、誰が犯人で誰が被害者か分からない。夕方に来るのに備える。来たらやっつけようと待ち構える。

犯人らが来る。そこで格闘になり誰が悪人の仲間で誰が誘拐された者か分かる。撃ち合いで二人しか生き残らなかった。一人は潜入捜査官でもう一人が誘拐された金持である。FBIが来る。誘拐された者の妻が来て夫と抱き合う。その時潜入捜査官は思い出す。妻は夫を殺して大金をせしめようと捜査官にそそのかしていた女だと。そこで映画は終わり。

2023年11月25日土曜日

エリジウム Elysium 2013

ニール・ブロムカンプ監督、米、109分、マット・デイモン主演。22世紀の荒廃した地球とそれを支配する宇宙ステーション状の理想都市エリジウムが舞台。デイモンは少年の日、少女と将来会う約束をした。

大人になったデイモンは地球の工場で働いている。ある日事故で放射能を浴び、余命5日と宣言される。エリジウムに行けばどのような病気でも治せる器械がある。そこへは地球市民は行けない。不法者の商人に頼み、エリジウムへ行く手立てを聞く。エリジウム市民から脳の情報を得ればいい。それに該当する工場の社長を襲い、その脳情報をデイモンは得る。

エリジウムの防衛担当長官のジョディ・フォスターは地球にいる手先に、デイモンを捕まえるよう命令する。社長の脳情報を使えばエリジウム全体の支配者になれるからだ。デイモンは追われる。しかもかつて少女だった女は成人し、今は不治の病に犯される幼い娘がいる。デイモンも女も捕まり、エリジウムに連れて来られる。そこでデイモンから脳情報を取り出そうとしたところ、地球から不法に商人の一味がやって来て、デイモンを救い出す。

デイモンの脳情報を取り出せば地球市民もエリジウム市民と同じ扱いになり、少を救える。デイモンは自分が死ぬと分かっていて、情報を取り出させ、少女を助ける。それだけでなく地球にいる市民全体がその治療にあずかれるようになる。

2023年11月21日火曜日

昨日・今日・明日 Ieri, Oggi, Domani 1963

ヴィットリオ・デ・シーカ監督、伊、120分。3話のオムニバス形式、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マエストロヤンニがいずれにも主演。

第一話はナポリが舞台。二人は夫婦、マエストロヤンニは失業しているので、ローレンが煙草売りをしているが違法である。捕まえに来るが、ローレンが妊娠中で妊婦は逮捕されないと知る。それで二人は子作りに励み、ローレンはいつも妊娠中で子沢山になる。子供が多過ぎ、マエストロヤンニはノイローゼになる。遂に妊娠中でなくなりローレンは逮捕される。しかし街の仲間が保釈金を集め、ローレンは歓喜の中、釈放され街に戻ってくる。第二話では、既婚のローレンは浮気してマエストロヤンニとドライブに出かける。しかし車が途中でエンコし、通りかかった他の車にローレンは乗り換え、マエストロヤンニを置いてけぼりにする。

第三話で、娼婦のローレンはアパートの隣に住む神学生と仲良くなる。神学生はローレンに惚れ込む。神学生の祖母がローレンを非難し、部屋まで抗議に来る。客のマエストロヤンニがいたところだった。祖母とローレンは話し合いで意気投合し、神学生を辞めるといってきかない孫の説得にローレンはあたる。神学生をバスで送り出し、ローレンとマエストロヤンニは良いことをしたと喜ぶ。

2023年11月20日月曜日

ハーフ・ア・チャンス Une chance sur deux 1998

パトリス・ルコント監督、仏、109分。

高齢者となったアラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドが共演。自動車泥棒を専門とする若い娘は母の遺言で、ドロンかベルモンドのどちらかが自分の父親だと知る。娘は二人に会う。可愛い娘を見て、二人とも自分の娘だと言い張る。

娘が危険から逃げるためたまたま盗んだ車には、マフィアが巨額の金を隠していた。マフィアは金を取り返すため娘を攫う。マフィアから報せを受けたドロンとベルモンドは娘の救出に向かう。娘を救い出す。後に娘は血液検査をしてどちらが父親かを知るが、結果の紙を捨てる。

女囚(すけ)やくざ 昭和49年

篠塚正秀監督、東映、82分。藤純子引退後の路線を開拓すべく、女やくざ物として製作された。

銀行破りを図る。三千万の金を奪ったが、主犯である渡瀬恒彦と女主人公は捕まる。金は仲間の若い男女が持って逃げた。渡瀬と女主人公は脱獄を図る。女主人公の同室の女も脱出計画に加わり逃げる。仲間の若い男女のうち、男はやくざの組織から巨額の金の返済を迫られていた。

渡瀬の情人は強奪に協力したが、渡瀬が自分を捨てるつもりと分かる。捨てられた情人はやくざの組織に渡瀬らが巨額の金を持っていると知らせる。このやくざ組織と渡瀬ら強盗団の金の奪い合いが映画の後半である。渡瀬は銃で撃たれ死ぬ。女たちも暴れるが捕まる。若い二人は金を託され逃げる。

シン・ゴジラ 平成28年

庵野秀明監督、東宝、119分。ゴジラ映画だが、かつてのような特撮映画というより、ゴジラの出現に政府がどう対応したかが中心に描かれる映画である。

東京湾に巨大な水蒸気が発生、海底トンネルは浸水する。これがゴジラの幼虫であると分かる。巨大なので上陸できないだろうという専門家の予想を裏切り、東京に上陸する。街中で破壊を続けた後、巨大なゴジラに変身する。

このゴジラ対処のため、各官庁から若手を中心とした専門家が集り、協議するという体制が映画の大きな特徴である。自衛隊の攻撃は全く歯が立たず全滅である。ゴジラが来襲するので総理以下政府首脳はヘリコプターで脱出を図るが、そのヘリコプターがゴジラの熱線で爆破撃墜される。臨時の総理以下で対応するしかなくなる。米軍の協力により、米軍機がゴジラに立ち向かうが、これまた全く効果なく全滅させられる。最後はゴジラを冷凍させる作戦で、ゴジラの口から冷凍液を流し込み、固まらせ成功する。

2023年11月19日日曜日

大空港 Airport 1970

ジョージ・シートン監督、米、137分、バート・ランカスター主演。雪の空港で着陸する際、飛行機が滑って滑走路からはみ出し、主滑走路を塞いでしまう。この飛行機をどかすため、ベテランの整備士が呼ばれる。

ある男は仕事がうまくいかず、自分に生命保険をかけて爆弾を持って乗り込み、飛行機を爆破させて妻に金を残そうとする。その犯人の座席まで確定する。どう対応するか。その抱えているトランクに爆弾が入っているので取ろうとするが、他の乗客の邪魔によって失敗する。例え死んでも保険金が妻に入らないと宣告する。

犯人はトイレに閉じこもり、そこで爆破が起こり、飛行機は降下する。滑走路ではようやく占領していた飛行機の除去が終わった。飛行機は何とか着陸し、事なきを得る。

エンド・オブ・キングダム Londonl has fallen 2016

ハバク・ナジャフィ監督、米、99分。映画はアラブのどこにあるテロリストの家を、米がミサイルで爆撃する場面から始まる。これで一家その他大勢の者が死んだ。この復讐が映画の筋になる。

英の首相が死に(後に毒殺と分かる)、その国葬に西側の首脳がロンドンに向かう。映画の主人公は米大統領の護衛官である。各国首脳はロンドンに着くなり、様々な方法で殺される。

米大統領は護衛官らの働きにより難を逃れる。しかしテロリストはロンドンの警察を装い、次々と襲撃を仕掛けてくる。一度、英兆報機関の家に匿われたが、テロリストの攻撃は止まず、大統領はテロリストに拉致される。テレビで全世界に向けての放送で、大統領を処刑するつもりだった。護衛官はテロリストのアジトを突き止め、大統領を救い出す。

マップ・トゥ・ザ・スターズ Map to the stars 2014

クローネンバーグ監督、米加仏独、109分、ジュリアン・ムーア他。ハリウッドの楽屋物。

ジュリアン・ムーアはかつて有名だった女優の母親をモデルにした映画に出られるようになる。そのころ、ハリウッドにバスで着いたのがミア・ワシコウスカ。以前家に火をつけ火傷をおい、精神に異常ありと施設に入れられていた。ハリウッドに戻ったわけで、父親はジョン・キューザック演じる心理療法者、弟は子役として有名になっていた。ワシコウスカはハリウッドを案内してくれたタクシー運転手と恋愛の仲になる。口利きがあってムーアの助手(お手伝い)に採用される。ワシコウスカの弟は共演している年下の子役の方が人気があり、嫉妬で首を絞め醜聞となる。

キューザックはムーアの訓練を担当していたので、娘が帰って来たのを知り怒り、早くハリウッドから出て行けと怒鳴る。ムーアはワシコウスカの恋人の運転手を寝とる。怒ったワシコウスカはムーアを鈍器で殴りつけ殺す。ワシコウスカはやはり問題を起こした弟と決着をつける。

2023年11月18日土曜日

フロベール『ボヴァリー夫人』 Madame Bovary 1856-1857

文学史上傑作と言われる本作。要約して言えば美人の人妻が不倫をし、最後は自殺してしまう。

何十年ぶりの読み返し。昔、子供に近い歳で読んだ時は、ほとんど印象が残っていない。今度の読み返しではどうか。感銘を受けたとは言い難い。人妻の不倫による破滅なら『アンナ・カレーニナ』も同じだ。その『アンナ・カレーニナ』の方は昔から大傑作だと思い、何度も読み返している。正直最高の小説ではないかと『失われた未来を求めて』を読むまで思っていた。もちろんプルーストに劣るとかの話でない。トルストイとプルーストを比較してもしょうがない。

このフロベールは多くの人が本当に自分に正直に、面白い小説と感じているのだろうか。文学史上の位置、意義とか技巧上の問題でなく、読者に関心を持たせる(面白い)小説と思っているのだろうか。

昔は大いに読まれたが、最近はあまり読まれなくなっている小説がある。フランス文学で言えば『ジャン・クリストフ』とかジードとか。『ジャン・クリストフ』が読まれなくなった理由は分かるような気がする。なぜ昔あんなに人気のあったジードが最近は読まれなくなったのか、良く分からない。読めば今でも面白いと思うが。『ジャン・クリストフ』やジードが読まれなくなっているなら、『ボヴァリー夫人』だって今更人に勧める小説だろうかと思ってしまう。(菅野昭正訳、集英社世界文学全集)

2023年11月16日木曜日

フランケンシュタイン 恐怖の生体実験 Frankenstein must be destryoed 1969

テレンス・フィッシャー監督、英、100分、ピーター・カッシング主演。

首のない死体の殺人事件が起こっていた。フランケンシュタイン男爵は若い女が経営する下宿を借り、女とその恋人を脅し実験に協力させる気でいた。フランケンシュタインのかつての仲間である学者が、今では精神病院に入っている。その脳を別の身体に移し、精神がまともになった状態で共同研究を再開したく考えていた。精神病院破りをして学者をさらう。移植先の身体は別の学者で、生きたまま脳移植をする。

フランケンシュタインはかつての学者の妻を連れてくる。包帯で顔は分からないが、自分の夫でないと知らない情報を知っているのを確認する。その後、フランケンシュタインの知らない間に移植された男は起きて、妻の家に向かう。しかし容貌が全く異なっているので、妻を恐怖に陥れるだけである。若い女と恋人は逃げ出そうとするが、フランケンシュタインに止められる。それよりも移植した男がいなくなっている。妻のところだろうと移植した男を捜しに行く。男はフランケンシュタインを恨み、失火で燃え盛る家にフランケンシュタイン共々その火炎に消える。

2023年11月15日水曜日

仇討崇禅寺馬場 昭和32年

マキノ雅弘監督、東映、92分、白黒、大友柳太朗、千原しのぶ出捐。

大和にある藩の武芸大会で、藩の師範の大友は微妙な判定で負けとなる。藩主は憤慨し大友を師範から免ずる。帰宅し婿養子である大友は義父だけでなく、妻からも罵倒される。やけ酒を飲んでいた大友は、試合の相手が友人らと笑いながらやって来るのに遭遇する。ちょっとした言い合いから真剣でやったらどうだとなり、今度は真剣勝負になる。相手を斬り殺す。大友は藩から逃げる。

城では敵討ちといっても、兄しかおらず下の者の仇を上の者がする逆縁は禁じられている。それで兄二人は脱藩という形にして大友を追うことになった。大友は大阪の問屋に世話になっていた。そこの娘である千原が大友に惚れる。大友も妻子に未練はなく千原を好きになる。追手二人が大阪まで来る。大友は自分から名乗り、崇禅寺の馬場で果し合いをする約束となった。千原は大友が追われている身と知っており、果し合いの時刻場所を調べ、多くの子分たちとそこに赴く。大友は二人を相手に苦戦していたが、千原が大ぜいを連れてやって来て、千原の拳銃(短筒)と子分たちが寄ってたかって二人の追手をなぶり殺しにする。

これが知れ渡り、大友を匿う千原の家は非難の的となる。千原の父親は事情を知って驚き、凡てを大友のせいにして自分の娘や家を救おうとする。果し合いから逃げおおせた大友はすっかり精神が参り、敵討ち二人の幻影を見るようになっていた。千原は大友をそれでも愛して救おうとする。

国元の藩では大友の義父が自分が成敗しに行くと言い、殺された兄弟の母親等を連れ大阪に向かう。あの崇禅寺に相手の幻影を見て大友はやって来た。そこに義父一行だけでなく、千原の親が引き連れた大勢の子分たちが来て大友を討とうとする。狂っている大友はあの敵討ちの幻影を見て闘い、子分どもを倒していく。ついには千原も斬り、千原の発した拳銃により二人とも倒れる。

レオニード・グロスマン『ドストエフスキーの一日 ルーレテンブルグ』 講談社 昭和56年

ソ連のドストエフスキー研究者グロスマンが1932年に公表した、ドストエフスキーを主人公とする中編小説である。

原題のルーレテンブルグとはドストエフスキーが滞在した、ドイツの保養地であるヴィスバーデンを指している。ここで賭博に負け文無しになったドストエフスキーが過去を回想する形で話は進む。工科学校時代に始まり、ドストエフスキーが作家になった後、ペトラシェフスキー事件に巻き込まれ逮捕、死刑執行の寸前まで行った様、最初の妻マーシャとの出会い、兄の死後、裕福な伯母に無心に行った様子、アポリナーリヤとの関わり合い、賭博場での出来事。

ドストエフスキーの生涯の挿話を綴り、如何にして『罪と罰』の構想が浮かんできたかが書かれている。もちろんグロスマンの創作であるから事実そのものの記録ではないが、ドストエフスキーに通じている作者ならではの生き生きとした叙述に、ドストエフスキー愛好家は関心を持って読めるだろう。

2023年11月14日火曜日

亀山郁夫、リュドミラ・サラスキナ『ドストエフスキー 『悪霊』の衝撃』光文社新書 2012

二人の研究者の対話がまず第一部(2011年1月23日)、次に第二部は亀山の質問にサラスキナが答える電子メールのやり取り。更に二人の夫々の論文がある。主要な部分である第一部では亀山郁夫が、ロシヤの同じくドストエフスキー研究者であるサラスキナに『悪霊』について質問を投げかけ、それに対しサラスキナが回答し、亀山が自分の意見をいうインタビュー形式で進む。

よく理解できなかったのは「スタヴローギンの告白」(原題「チホンのもとで」)を本文に挿入する位置で、邦訳では江川卓以外は第8章と第9章の間に入れている。その措置を亀山は池田健太郎と小沼文彦の名を挙げ「これは翻訳者が考え出した一種のフィクションということになります。厳しい見方をすれば、これは言ってみれば越権行為でした。翻訳者の椎でそれをやっているわけですから」(p.114)とある。なぜ池田と小沼が糾弾されているのか。江川以外はみんなしているのではないか。

2023年11月12日日曜日

ラスネール『ラスネール回想録』(平凡社ライブラリー 2014) Memoires 1836

著者ピエール=フランソワ・ラスネール(1803~1836)はフランスの詩人、犯罪者である。著者が処刑される前、コンシェルジュリー監獄で執筆された。

強盗殺人のほか、多くの犯罪を行ない、死刑に処された。ただし本書は犯罪記録ではない。犯罪実録物を期待してもそんな書物ではない。まさにラスネール個人の内面を物語る近代人の告白録である。まず自分の家族、自分自身の生い立ちを話す。ラスネールには兄がいたが、両親は兄を可愛がり、ラスネールには冷たかった。いかに兄が溺愛され肯定され、自分は愛情の対象ではなかったか話す。自分が親に愛されていたらこんな人間にならなかっただろうと述べる。小説になるような劇的な人生を送っているわけでない。叙述は処刑寸前まで書いてあるが、最後の方はラスネールの執筆ではないそうだ。その方がもっともらしい。

アンチャーテッド Uncharted 2022

ルーベン・フライシャー監督、米、116分。宝物捜しの映画。主人公の青年は子供の時、兄と別れた。それ以来会っていない。大人になり、マーク・ウォルバーク演じる男が接近してくる。兄について知っているようだ。マゼランが世界一周の時、残した宝物を見つけようと兄とも話していたが、男はそれを実際にやろうと言い出す。

鍵を握る、金で出来た十字架のオークションに行き、それを盗み出す。この十字架は黒人の女も狙っていた。十字架を手に入れたものの、もう一つ十字架があり、それはスペインにいる女が持っている。スペインに飛ぶ。女に会い、スペインの地下にある秘密の場所に二つの十字架を使って入りこむ。ただしそこに宝物はなく、それがあるインドの地図を見つける

。インドの海に面した洞窟でマゼランの船を見つけ、宝物もそこにあった。しかしあの黒人女が手下と共にやって来て、船ごと盗む。ヘリコプターで吊り下げ、マゼランの船は空中に浮かぶ。しかし主人公とウォルバークはそれに挑み、相手方をやっつける。宝物も船も一緒になくしたと思ったが、主人公はポケットに少しの黄金を入れていた。

2023年11月11日土曜日

帰れない二人 江湖儿女 2018

ジャ・ジャンクー監督、中仏、135分。21世紀の変わりゆく中国で二人の男女の関わり合いを描く。

女主人公の恋人はやくざで結構顔役であった。車に乗っているとチンピラどもが大量に襲いかかる。男が車を出て相手をするが、多勢なので不利になる。女はやはり車から出て、男から預かっていた拳銃をぶっ放す。これでチンピラどもは怯んだ。しかし拳銃不法所持で逮捕される。誰の拳銃かの警察の問いに自分の物だと答える。これで重罪になり五年間服役した。

出所して相手の男を捜す。男は一年だけで出所していた。揚子江の川を下る船で身分証明書や金を盗まれる。相手の男は見つからず、しかもかつての知り合いの女から今は自分の恋人だと言われる。更に男を捜す。見つかった相手になぜ自分の出所の際、迎えに来てくれなかったとかと女はなじる。二人は愛を確認し合うが、別れる。後年になって女は仕切る立場になり、男とまた会うが男は病気で足が動かず車椅子の生活だった。女は男を医者に診てもらうようにし、足は治る。しかし男は再び出ていくのであった。

2023年11月10日金曜日

稲垣栄洋『生き物が老いるということ』中公新書ラクレ 2022

植物学者である著者が、死と長寿について考察した書。凡ての生物に死が必ず訪れるわけでない。不死の生物も多くいる。単細胞生物は分裂を繰り返し増殖していく。分かれた部分は以前と全く同じである。そういう意味で死なない。ただしこのように同じ物で進化、発展がないと何かで絶滅する可能性がある。

それに対して雌雄の別のある生物は、雄と雌で夫々の半分ずつの染色体を使い、新しい生命が生まれる。以前と同じではない。その結果、新しい生命の誕生によって古くなった親(雌と雄)は死んでいく。新しい生命に道を譲るわけである。この進化した生命のあり方の出現により死が生まれた。

2023年10月31日火曜日

エラリー・クイーン編『犯罪文学傑作選』創元推理文庫 1977

原著はクイーンが1951年に出した短編集で、21編の犯罪に関係ある(いわゆる謎解きの推理小説ではない)諸作を集めている。モーム、パール・バック、スタインベック、ディケンズ、マーク・トウェイン、スティーヴンソン、ウェルズなど有名だが普通は推理小説家でない著者から、少なくとも今の日本ではあまり名が知られていない作家の短編を集めている。犯罪に焦点があるのでなく、面白い小説を集めているという感じである。具体的な著者と作品名は以下の通り。

シンクレア・ルイス「死人に口なし」/パール・バック「身代金」/W・サマセット・モーム「園遊会まえ」/エドナ・セント・ヴィンセント・ミレー「「シャ・キ・ペーシュ」亭の殺人」/ジョン・ゴールズワージー「陪審員」/ジョン・スタインベック「殺人」/ルイス・ブロムフィールド「男ざかり」/チャールズ・ディケンズ「追いつめられて」/ウィラ・キャザー「ポールのばあい」/マーク・トウェイン「盗まれた白象」/オールダス・ハックスレー「モナ・リザの微笑」/C・S・フォレスター「証拠の手紙」/リング・ラードナー「散髪」/ウォルター・デ・ラ・メア「すばらしい技巧家」/ジェイムズ・サーバー「安楽椅子(キャットバード・シート)の男」/ロバート・ルイス・スティーヴンソン「マークハイム」/H・G・ウェルズ 「ブリシャー氏の宝」/デイモン・ラニヨン「評決」/フランク・スウィナトン「アン・エリザベスの死」/ファニー・ハースト「ユーモア感」/ウィリアム・フォークナー「修道士(マンク)」

2023年10月30日月曜日

太田牛一『信長公記』中川太古訳、新人物文庫 2013

著者は織田信長に仕えた武士で1600年頃に書いたという。信長以前の尾張国の記述から始まり、入京以前を首巻とし、その後毎年一巻ずつ、15巻で本能寺の変あたりまでである。

歴史本というより記録といった感じで、誰それがどこそこで、こういういくさをした、という記録が延々と書いてある。固有名詞、人名と地名が恐ろしく多く出てくる。いくさに参加した武将名などは毎日日記をつけていたのかと思ってしまう。古い地名などは注で現在のどこにあたるか書いてある。

評価などもないわけでない。例えばなぜ比叡山を焼き討ちしたか、著者の理解が書いてある。これが今どの程度妥当か知らない。信長の部下が書いているのだから、「信長の果報が優れている有様は、わが国には比べる者もいない。信長の威光については、いうまでもないことである。」(p.468)などの書き方は当然であろう。人名、地名のオンパレードで、歴史好きでないとあまり読む気は起こらない、面白味のない本である。

2023年10月29日日曜日

イットカムズアットナイト It comes at night 2017

トレイ・エドワード・シュルツ監督、米、91分。疫病が流行り、家にこもっている家族。主と妻、その息子である青年の三人暮らし。

ある夜、侵入者を捕まえた。その男は空家と思って物色のため、入ってきたのだと弁明する。家族が別のところに住んでいると言い、家の主を車で案内する。途中で銃撃に会い、それらの男らを倒す。主は新しい男の家族、妻と幼い息子を連れて家に戻ってくる。二つの家族は同じ家で、隔てて住む。

しかしそのうち、厳重な戸締りがしてある筈の家の扉が開いていた。家の主は疑心暗鬼になる。新しい家族は感染しているのではないか。新しい家族もこの家を出ていくと言い出す。銃で家の主が脅すので新しい男は反抗し、隙を見て家の主を石で叩きだす。それを見ていた主の妻が発砲し、男は倒れる。その妻は幼い息子を抱え、逃げ出すが、主が銃を撃つ。幼い息子に当たった。母親は発狂したように叫び非難する。その母親も銃で倒す。まんじりともせず向かい合って座る主と妻。息子の青年が発病している模様。


2023年10月28日土曜日

黒の挑戦者 昭和39年

村山三男監督、大映、83分、総天然色、田宮二郎主演。

ホテルで女が風呂から出ると、相手方の男が寝台の上で血にまみれて死んでいる。驚いた女は逃げるが、なぜか雪の降りしきるベランダから降りようとした。その時、誰かの手が女を落とす。田宮扮する弁護士の所に電話がかかってくる。女の声で助けてくれという。田宮が車で駆けつけると電話ボックスの中に女が倒れていた。病院に運ぶが死亡する。妊娠していた。明くる日、ホテルで死体はないが血が大量に残っている事件に、警察が捜査を始めていた。田宮は知っている山茶花究扮する捜査課長と話す。死んだと見せかけ、男が女を突き落としたのではないか。

田宮は女のバッグにあった箱根のホテルで開かれるパーティに行く。みんな仮面をつけている。知り合いのマダムの顔があった。いかがわしい遊戯にふける集まりだった。田宮は久保菜穂子演じる、妖艶な雰囲気のそこの社長にも出会う。マダムは田宮に女殺しに関連した情報を与えると約束するが、今度はそのマダムが殺されてしまう。

これまで様々な悪事をしてきた組織は、田宮が嗅ぎまわるので、消そうとする。まず田宮の女秘書を誘拐する。田宮は追う。また久保との再会がある。組織のボスながら田宮を好きになっていた。自分らが作っておいた仕掛けで死ぬ。残りの悪党どもと拳銃の撃ち合いがあり、警官たちが駆けつけるお決まりの最後となる。

2023年10月27日金曜日

透明人間と蠅男 昭和32年

村山三男監督、大映、95分、白黒映画。

飛行機上で死体が見つかる。殺人の模様。既に幾つもの殺人事件が起きており、警察は全く手がかりを掴めてない。いきなり路上で人が倒れ死ぬが、空を指し、羽音がするだけである。実はこれは旧陸軍が開発したという、人間が蠅になり自由に飛び回れる薬を使っての犯罪だった。

警視庁の担当の友人は科学者で宇宙線の研究に従事していた。たまたま副産物として物体を透明にする装置を開発した。ただ透明にしたのを元に戻そうとすると死んでしまう。刑事は透明化装置を使い、蠅男に対抗したいと友人に頼むが、友人の科学者は拒否する。殺人事件が次々と起こるので、科学者自身が透明人間になる。悪事の打ち合わせをしているところへ行き、聞き出す。

蠅男の悪党は透明人間にする装置が欲しくて、拒否すれば爆発を起こすと脅す。旧日劇付近の電車を爆破する。ビルの屋上で蠅男(に変身する前の悪党)が警察と取引をしようとするが、透明人間に邪魔され、警察との撃ち合いで蠅男は屋上から転落する。透明人間から元に戻す装置も完成した。

2023年10月22日日曜日

フィルポッツ『闇からの声』 A voice from the dark 1925

イギリスの小説家フィルポッツのスリラー小説、退官した刑事が英国西部の海岸に面したホテルに泊まりに来る。そこで不気味な体験をする。夜中に子供の叫ぶ声が聞こえるのである。

このホテルに長期間滞在している老婦人に事情を聞く。一年前、病弱な子供がまさに元刑事が泊まっている部屋で亡くなった。その事情を調べると、夜中に子供は怖い目に会わされていたらしい。恐ろしい仮面を見せられて神経が参り、元々身体が弱かったため死に至った。この犯人ははっきりしている。叔父の貴族であり、下手人はその召使いである。自分が貴族の地位を継ぐため正当な権利を持つ甥を殺したのである。

証拠がないため刑事訴追は出来ず、元刑事は天に代わって悪人を成敗しようとする。元刑事は悪人どもに悟られないよう注意して、ものすごく遠回しに接近する。復讐譚なのだが、自分の復讐ではなく、悪人に天誅を下すというやや変わった小説である。(橋本福夫訳、創元推理文庫、1963年)

2023年10月21日土曜日

モーリタニアン 黒塗りの記録 The Moritanian 2021

ケビン・マクドナルド監督、英米、129分。ジョディ・フォスター主演。

アメリカの同時多発テロの指導者の一人とされたモーリタニア人が容疑者として、キューバの湾岸にある米軍収容所に長期間拘束されていた。このモーリタニア人の弁護をジョディ・フォスター演じる弁護士が引き受ける。裁判の相手、検事側は米軍のベネディクト・カンバーバッチが担当する。フォスターはモーリタニア人に会い、相手がこちらを信用していないと分かるがメモを書いてもらうよう粘り強く頼む。

また以前のモーリタニア人との尋問の書類を見せてもらうよう申請するが、なかなか許可が降りない。ようやく見せてもらった記録はほとんど黒塗りであった。その後、まともな書類の閲覧まで時間がかかった。ようやく見れた尋問記録にはモーリタニア人の告白が書いてあって、同僚の若い女は弁護する気を無くす。フォスターはその後、モーリタニア人との面会を続け、過去の真実に迫ろうとする。カンバーバッチは書類を見てずさんなので、これでは訴追出来ないと訴えると、最初から結論を決めている上司と衝突、辞めざるを得なくなる。

裁判が始まり、モーリタニア人の自己釈明のビデオがあり、映画はそこで終わり。無罪判決が出たが、実際に釈放されるまで時間がかかった。14年間、収容所に拘束されていたという。

キリング・フィールズ 失踪地帯 Texas killing fields 2011

アミ・カナーン・マン監督、米、105分。題名は『キリング・フィールド』ではない。テキサスの町の郊外にある、殺人地帯と呼ばれる物騒な地域を指す。

刑事二人は少女の死体を発見し、また別の少女が失踪し捜していた。後にやはり死体で見つかる。クロエ・グレース・モレッツの母親は娼婦をしており、モレッツの心はすさんでいた。刑事の一人がモレッツを車で送る際、コンビニで目を離した隙にモレッツはいなくなる。失踪したモレッツを刑事らは捜す。殺人地帯でモレッツを見つける。手当に運ぶが、刑事は怒り狂い、ライフルを持って殺人地帯に戻る。犯人らに逆に撃たれる。

携帯の発信から場所がモレッツの家と分かった。もう一人の刑事が仲間割れを起こすような電話をし、モレッツの母親、犯人、息子らの争いになって死んだり傷つく。後にモレッツは負傷した刑事に再会する。

2023年10月20日金曜日

ザ・チェイサー 真実の瞬間 Gasoline alley 2021

エドワード・ジョン・ドレイク、米、97分、ブルース・ウィリスが出演(主役でない)。

主人公は刺青師、町の反対側の娼婦宿に行き、そこで一人の娼婦と意気投合する。明くる日、刑事二人がやってくる。その一人、年長者がブルース・ウィリスである。娼婦四人が殺されたと。一人があの娼婦だった。この店のマッチを持っていた。昨晩渡したのだと説明する。刺青師は自分でも捜査を始める。探っていくうちに犯罪に警察がからんでいると知る。特にウィリスは犯罪に大きく関わっていた。最後はウィリスと戦う。

2023年10月19日木曜日

須賀敦子『ミラノ 霧の風景』白水Uブックス 2001

1985年から1989年に発表した文が元になっている。著者はイタリア語の専門家。昭和4年に生まれ、70歳になる前に亡くなっている。

著者が24歳、昭和28年に欧州に留学。初めフランスに向かったが、あまりなじめずイタリアに移り、結果的にそこに13年住み、イタリア人と結婚した。夫は早く亡くなり、日本に帰ってからイタリア語の教師、イタリア文学の翻訳をした。在伊時代には日本文学の翻訳をしたという。イタリア時代の出版界事情やイタリアの文学者についての記述が多い。日本では知られてない文学者の名がよく出てくる。

何しろ昭和28年に渡欧したというが、当時は普通の日本人にとって海外旅行でさえ、ほとんど不可能だった時代である。占領時代が終わってからは、外人に会うことさえ稀な時代が日本では長く続いた。映画やテレビ放映が開始されてからはそういう媒体でしか西洋人を見られなかった。文学や芸術などでヨーロッパはただただ憧れの対象であった。その時代にイタリアに住むなどは今の感覚では想像も出来ない。

向こうの友人間でその本性を見たと思った体験が書いてあるが、東洋の全く異質な外国人を向こうの人間がどう見ていたか、それは個人差があるし、著者個人の人間性も関係してくるだろうが、霧に包まれて訳の分からない世界に思えてくる。

2023年10月16日月曜日

ゴモラ Gomorra 2008

マッテオ・ガローネ監督、伊、135分。イタリア、ナポリのマフィアによる犯罪を描く。複数の挿話が並行して進む。

まだ幼いといっていい、普段は配達で稼いでいる少年は、マフィアの一員になりたくてしょうがない。その条件として、ある女を消すための手引きをする。その女を家から出させ、仲間の殺しに加担する。ろくな仕事がないので、青年の父親は息子を廃棄物処理をしている男に託す。息子は次第に廃棄物を処理するのでなく、不法投棄などしていると分かり、嫌になって男から離れる。衣服工場で仕立てをしている男は待遇が良くない。中国人から声をかけられ、中国人労働者の衣服工場で織子たちを指導してくれるよう頼まれる。講演をし実際に中国人の仕事を自ら指導する。これで男はかなりの報酬を得るようになった。ただし元々働いていた工場はマフィアの支配下にあり、中国人と同乗していた男は襲われる。中国人は死に、男は命からがら逃げる。チンピラの少年二人は気が大きく、気炎を上げていた。ある日たまたま組織の銃器類の隠し場所を見つける。好きな銃を持ち去り、いい気になっていた。組織は二人を呼び寄せ撃ち殺す。

ヤコペッティの残酷大陸 Addio zio Tom 1971

ヤコペッティ監督、伊、125分。ヤコペッティによる米の奴隷制を描いた映画。奴隷制当時のアメリカにイタリアの撮影隊が訪れ、インタヴューなどをして奴隷制の実態に迫ろうとする、記録映画の装いをまとった劇映画。

奴隷売買の様などは知っている内容の映像化であるが、その他にも白人の主人が黒人女を性の対象として好んでいた、また黒人奴隷に奴隷制はひどくないかとインタヴューすると労働者として雇われて働かせられているのと同じだと、黒人自身が奴隷制を肯定するような場面は目新しい。

以前の記録映画『世界残酷物語』や『さらばアフリカ』などで、やらせでないかと批判を受け、それを逆手にとって、全部劇映画として作ったのが、この映画である。奴隷制時代のアメリカに行けるわけでもないが、あたかもそのような作りになっている。

2023年10月14日土曜日

喜多川泰『運転者』ディスカヴァー・トゥエンティワン 2019

ファンタジーの形式による自己啓発本である。ファンタジーだから書いてある内容の「しくみ」に疑問を持ってもしょうがない。書いてある内容はもっともと言えようが、今更という感じがする。

読んでいて嫌なのは、主人公のセールスマンの男が本当に不快極まる男だからである。自分が客だからといって運転手に乱暴な口をきき、文句ばかり言っている。最初は20代のチャラい男かと思ったが、後で45歳の中年男だと分かりびっくりした。40代半ばでこれでは見込みがない。読んでいて一番驚いたのは、朝飯に何を食べたとか聞かれ「朝は・・・普通にご飯と味噌汁。それに納豆だったかな。そうだあとは卵とソーセージ」(p.185)という答え。こんな豪勢な食事などホテルに泊まった時くらいしか食べない。これで文句の塊のような主人公に本当に腹が立った。

都留重人『アメリカ遊学記』岩波新書 昭和25年

戦後の経済学者の中でも有名であろう、都留重人の若き日のアメリカ遊学記である。著者は明治45年生まれ、昭和6年に渡米し、17年に帰国した。19歳で渡り、11年滞米し30歳の時に戻ってきたわけである。

初めはドイツに留学するつもりであった。ヒトラーが政権を取り、一時滞在のつもりのアメリカに長期いることになった。ウィスコンシン州のローレンス・カレッジというところで勉強し、後にハーヴァード大学に入った。本書を読むと著者はかなり意志が強いというか、勧められても嫌なことはしない、悪く言えば頑固だったようだ。学者にはそういう資質は必要なのだろう。アメリカに来た以上、勉強だけなら日本でも出来る、アメリカの文化に親しむべきという恩師の助言にも従わなかった。

2年間ウィスコンシンにいて、ハーヴァードに移ってから経済学の勉強を始める。当時の日本人らしく日本にいた時にマルクスを読んでいたので、古典派経済学を俗流経済学だと思っていて勉強しなかった。これが後に災いした。また経済学の教授が自分の講義は商品だと言ったので、憤慨したと書いてある。これなども経済学と無縁の人の発想である。大学院で同期だったサムエルソン、また当時のハーヴァードの教授であったシュンペーターについて書いてある。滞米中に真珠湾攻撃があった。日系人の収容などは有名だが、そういった記述はなく都留は全く差別を受けなかったと書いている。最後の章にアメリカ人論がある。よく言われるアメリカ人論だが、極めて高く評価している。今ではよく知られている、西洋人が釣りの勘定で引き算でなく、足し算で行なう点についても引き算が出来ないからでなく、客に対する親切心からしているのだと説明している。本書の出版は昭和25年である。敗戦国の日本は日本人が劣等であると進駐軍から叩き込まれ、アメリカがこの上なく立派な国家に見えた当時である。そういった時代の影響もあるかもしれない。

2023年10月12日木曜日

シルバラード Silverado 1985

ローレンス・ガスタン監督、米、133分。

ガンマンは追手を倒し、砂漠を行くと下着姿の男に出会う。その男を助けてやり、町に着くと黒人を助ける。更に弟を見つける。牢屋にいて明くる日縛り首にされる予定だった。もう一人の男が恨みのあった者を見つけ殺すのでやはり捕まり、弟と合わせて牢屋破りをする。兄弟、下着姿、黒人、この四人が主人公でシルヴァラドを目指す。

下着姿のかつての仲間の悪党が保安官をしている町だった。一行は酒場を経営する老婦人に会う。悪徳牧場主に家族が襲われ、攫われた少年を助けに行く。更に町に戻り、悪徳保安官とその一見を倒す。若い日のケヴィン・コスナーが弟役の軽薄ガンマンで出ていて、今見ると一番有名な登場人物だろう。

2023年10月11日水曜日

激戦ダンケルク Dankirk 1958

レスリー・ノーマン監督、英、135分、白黒映画。ダンケルクからの撤退の模様は映画の後半で、前半は英兵の彷徨を描く。

橋爆破の任務に赴いた英兵数人が戻ってみると、部隊は退却して誰もいない。それで部隊に復帰すべくドイツ軍の攻撃を縫ってフランスの地をさまよい歩く。イギリスではダンケルクから英兵を撤退するため、民間の漁船も含めて徴用していた。ダンケルクの海岸では数十万の英兵が救援の船を待っている。ドイツ軍の飛行機が攻撃をしかけ、浜辺にも船にも損害が出る。ようやく船に乗れたと思ったら爆撃に会い、船は炎上沈没する。また海に飛び込み、浜辺に帰らざるを得なかった。空襲で死者、負傷者を多くだすが、最後には駆逐艦が迎えに来てくれて、イギリスに帰れた。

2023年10月10日火曜日

『アイリッシュ短篇集1』創元推理文庫 宇野利泰訳 1972年

サスペンス作家ウィリアム・アイリッシュ(本名コーネル・ウールリッチ、1903-1968)による短篇集。以下の8篇を含む。個々の作品の発表年は書いていないが、1940年代から50年代初めにかけての発表だろう。

「晩餐後の物語」/「遺贈」/「階下で待ってて」/「金髪ごろし」/「射的の名手」/「三文作家」/「盛装した死体」/「ヨシワラ殺人事件」

まず最初の「晩餐後の物語」を途中まで読むと多くの読者はこれからどうなるか分かる。以前どこかで読んだか映画等で見たのか。これが原典かもしれない。「遺贈」はいい贈り物をしてもらったと喜んでいる悪党が別の贈り物も受けていたという話。「階下で待ってて」はアパートに物を届けた恋人を下の入口で待っているが、ちっとも戻ってこない。しびれを切らし中に入り上がってみると恋人は失踪していた。「金髪ごろし」は街の新聞売り台で売ってる、金髪美人殺しが載っている新聞を買う人々のその後の話、人生模様を描いているだけでない。「射的の名手」は徴兵拒否のため、ある事故(事件)を作り出そうと企む。この後半もdeja-vu感がある。映画でおなじみのような。「三文作家」は爆笑物。最後の落ちは一度読んだら忘れられない。実際にこれは大昔、十代の時に読んで今でも覚えていた。この短編集は初めてかと思ったが、この作品で昔読んだと思い出した。「盛装した死体」は犯罪を隠そうと凝りすぎてばれるという話。

「ヨシワラ殺人事件」は原題をThe Huntedといい、この本の中では日米相互理解史の上からいっても貴重な作品である。戦後まもないアメリカ人の日本人観の例が書いてある。明治開化の頃の話でない。朝鮮戦争時だから1950年代の初めである。主人公の米海軍水兵は休暇で横浜に上陸し東京に遊ぶ。気持ち悪い芸者に辟易し、追い払う。その時偶然にも(偶然すぎる)、若い米人の女に助けを求められる。婚約者を殺害した罪を着せられていると言う。この女の救助譚なのだが筋はどうでもいい。

主人公の水兵の意見。「けんかがはじまったようすである。ニホン人というのは、すぐ見さかいがなくなる人種のようだ。けんかでもすれば、退屈がまぎれるとでも思っているのだろうか。きっと、そうなんだろう・・・」廃墟の銀座を通りすぎる時、「木の燃えるにおいに、乾し魚のにおいがまざりあったこの国独特の臭気が、車の窓から流れこんできた。」白い旗がドアの把手に結びつけてあったと聞き「白の色は、この国では凶事を示すものです。」そうなの?昔の喪服は白だったし、今でも死装束は白だが。コオロギの鳴き声を聞いて「どこか頭の上の方で、籠に入れたこおろぎが、リズミカルに鳴いているのを聞いた。この国では、こおろぎを番犬がわりにつかっているのを、彼は以前から知っていた。怪しい者が屋内に侵入すると、それがぴたりと鳴きやむからである。」虫の鳴き声を鑑賞するのは日本人くらいだとどこかで聞いたが、番犬代わりとは「日本をよく知っている」アメリカ人に教えてもらった。警察が犯人を逮捕する様子。「ふたりの巡査が、警棒で男をたたきはじめた。その男をあおむけにして、手をうしろで縛り、足をもって、ひきずっていった。これが捕縛の東洋風スタイルである。」再度言うが、これは戦後まもない時期が舞台である。いや日本人として知らない事が多いようだ。実は殺された婚約者には日本人の妻がおり、その妻は小説の最後で自殺する。全く蝶々夫人の換骨奪胎である。しかもその死に方は切腹なのである。日本人妻の死に様。「その女は、(米人女の婚約者、日本人妻の夫)の写真を前に、繻子の祈祷枕の上にひざまずいて、死んでいた。ひとつかみの香から、糸のような煙が、渦巻きながら舞いのぼっていた。彼女の神。(改行)彼女は、作法の命ずるとおり、死を怖れぬことを示すために、前かがみになって死んでいた。からだの下に押しこまれた手が、みごとにその腹部を切り裂いたハラキリ刀を、しっかりとにぎりしめているのだった。」女なら小刀で喉を突くのではないのか。そういえばフジヤマ、ゲイシャと並んで、ハラキリ、ヨシワラは外人に良く知られた日本のキーワードだった。

この短編集の作品は今となっては古典的にさえ見えるが面白い。ただ最後の「ヨシワラ殺人事件」は米の読者にはエキゾチックで売っているのだろう。日本人からすると、アメリカ人がどう日本を理解していたかの方が関心がある。


2023年10月9日月曜日

不都合な理想の夫婦 The nest 2019

ジョーン・ダーキン監督、英加、107分、ジュード・ロウ主演。

ロウは英国生まれ、米国で結婚し子供が二人いる。英国に家族を連れて戻ってくる。妻は米国で就いていた仕事を辞めなければならなかった。古い大きな館を住居として購入する。子供は名門校に入れた。

かつての仕事仲間を訪ね、自分を売り込む。大きな夢を語り、考えている事業を始めたいと実施に移そうとする。しかし上司はいい顔をしない。ロウが舌先だけで誠実でないと知っているからだ。友人が始めたいと言った事業を自分の考えのように売り込む。友人はロウに関わってくれるなと断る。家の整備は金がなくて行き詰っていた。数十年ぶりに母親を訪ね、無心しようとするが長年無視されてきた母親はにべもない。息子は学校でいじめに遭っていた。金もなくなり、ロウは華族の前でここを売ってアパートに移ろうと提案する。

2023年10月5日木曜日

黒田龍之助『ポケットに外国語を』ちくま文庫 2013

自称フリーランスの語学教師、黒田龍之助による外国語学習はいかに面白いものかを述べたエッセイ。語学が好きで色々な外国語に挑戦する人がいるが、そういう人が読めば面白いだろう。普通ロシア語がまず専門かのような印象があったが、驚いたのは「モスクワ、シベリア」という節で、友人が好きなものとして語学では英語を挙げているのに対し、著者は自分ならロシア語かというとそうでないとある。ロシア語は好きではないのかと思った。長年悩んできたそうだ。

好きでやる外国語学習の対極として道具、手段としての外国語があり、英語はその筆頭だろう。この著者は英語学習について変なことを言っている。「英語学習者の心理分析」という節で、英語は愛されているとか、競う英語とかあって、語学検定など競争が好きだと書いてある。これは英語が事実上の世界共通語であり、検定に合格すれば就職その他で有利だからである。現実的な理由で勉強しているのに、斜に構えたような言い方をして何が面白いのだろう。もっとも学校の英語教育でちっとも話せるようにならない、その責任を英語教師に押し付けるのは間違いだと自分も思う。すぐに学校教育が悪かったせいだ、学校教育を改善しろと言って実際に変わってきているらしいが、通じないのなら発奮してすぐ英語の勉強を始めれば良いのである。学校教育なんて基礎を教えているだけで、自分で実用英語の勉強を開始できるのならそれでいい。実用英語なんて一生使わない人も多いのだから、英語ばかりに学習時間を割くのは良くない。

2023年10月4日水曜日

アニー・イン・ザ・ターミナル Terminal 2018

ヴォーン・スタイン監督、愛、米、英、洪、香港、96分。マーゴット・ロビー主演。題名にあるように終着駅が主な舞台。余命幾ばくも無い老教師、殺し屋の二人組、駅の掃除員、そしてロビーが駅の喫茶店の女給である。

死を直前に控えた教師はロビーとの会話でなぜさっさと死なないのか問われる。殺し屋の一人は老人、もう一人は若い男。老人は若い男を殺せと命じられるが、ロビーと通じていた若い男に逆に殺される。更にロビーが若い男を好いているように振舞ったが芝居であり、ロビーは若い男も倒す。駅の掃除員は実は黒幕だったのだが、ロビーは正体を見抜く。ロビーは双子で黒幕は実の父親だった。だが母親を殺したので復讐で娘二人に殺される。

2023年9月30日土曜日

カー『火刑法廷』 The burning court 1937

出版社の編集をしている男とその妻がいる。友人夫妻がいて、その伯父が亡くなる。編集者夫婦は郊外にあるその友人宅に行く。その伯父の死に毒殺の疑いが生じる。毒殺されたかどうか確かめるため、納骨堂の地下にある棺を開けて死体を調べたい。苦労して封印された納骨堂の入口を壊し、地下に入る。棺を開けて見ると、中は空だった。どうやって死体を運び出したのか。また犯人は誰か。

この謎を17世紀の毒殺魔ブランヴィリエ侯爵夫人の話とからませ、作家が解いていく。最後にどんでん返しというか、普通の探偵小説ではやらない趣向がある。(小倉多加志訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1976年)

伊藤隆敏・星岳雄『日本経済論』第2版、東洋経済 2023

英語で出版されたThe japanese economy 2nd. ed.を翻訳した本。初版は伊藤のみの著であったが、第2版では星が共著者として加わっている。内容は項目別歴史的にこれまでの日本経済を経済学を使い分析する。経済学の日本経済分析への応用である。実証分析例も多く取り上げている。目次は次の様。

第1章 日本経済入門/第2章 日本経済の歴史/第3章 経済成長/第4章 景気循環、バブル経済の発生とその崩壊/第5章 金融市場と金融監督/第6章 金融政策/第7章 財政制度と財政政策/第8章 貯蓄・人口動態・社会保障/第9章 産業構造/第10章 労働市場/第11章 国際貿易/第12章 国際金融/第13章 日米経済対立/第14章 失われた20年。

 それぞれの分野での日本の特徴を述べ、それが過去どのように発展してきて、その経済学的理解、これこれの分析例があるといった叙述である。ただ当然だが過去の分析が中心になる。労働市場の章では日本的雇用慣行の分析を紹介しているが、既に過去の話であり、労働事情は急速に変わっている。将来とも変わっていくだろう。雇用の確保は最大の経済課題であり、今後、国民の雇用をどうすべきか。

今、日本経済を論じるなら、最大の関心はなぜ日本はバブル後、経済が低迷を続け先進国の中でも劣等生になってしまったか、これから抜け出す道はあるのか、という点であろう。これまでの支配的な議論はデフレが続いているのだから、供給制約ではない、需要が足りないのだ、だから需要喚起、デフレからの脱却こそが必要、といったものだった。それで20年間、金融緩和を続け、政策論議は金融、デフレだけになってしまった。結果はどうかと言えば大昔の教科書にあった「金融政策は引くことはできても、押すことはできない」(景気引締は可能だが刺激は無理)を思い出すくらいである。ともかく他の議論はされず、これこそ政策論議の「失われた20年間」ではなかったか。

なんだかんだと言っても今の日本は総体的に見れば豊かな生活を送っているだろう。これは過去の遺産による。今働いている20歳代が高齢になり引退して生活を送る時代になった時、現在ほどの生活を送れるだろうか。「これまでも日本経済は、幾多の試練を乗り越えてきた」と本書にある。政府の文書ならそう言わざるを得ないだろうが、正直にそう思える人はどれほどいるのか。そういった点を見据えて経済論議をしなくてはいけない時代になっている。


2023年9月29日金曜日

美しき小さな浜辺 Un soli petite plage 1949

イヴ・アレグレ監督、仏、87分、白黒映画、ジェラール・フィリップ主演。田舎の浜辺にある侘しいホテルにフィリップがバスでやってくる。療養に来たというが、雨の中、浜辺を散歩する。歌手の殺人がニュースになっていた。

後に車で別の男がパリからやって来て同じ宿に泊まり、フィリップを見張る。宿で働く孤児院出身の少年に監視させる。少年はフィリップが嫌いだった。フィリップは犯罪者だった。男はフィリップが金を隠し持っているのではないかと詰め寄る。フィリップは否定する。二人は同じ女に恨みを持っていた。その女、歌手をフィリップが殺してきたのである。

後になって警察が来る。フィリップは少年に過去を打ち明ける。自分もあの宿で少年時代働いていた。声をかけてくれた女についていった。それが歌手である。その女にひどい目に会わされ、殺した。我慢して働いていた方がいいと諭す。宿の女中とその仲間はフィリップを逃がそうとする。トラックの手配までしたがフィリップはやって来ない。フィリップは浜辺を歩いていた。少年が後になって浜辺の小屋を見て驚いて逃げ出す。(フィリップの自殺死体があったのだろう)

村上春樹『更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち』文芸春秋   2022

著者は以前に『古くて素敵なクラシック・レコードたち』(2021)を出しており、その続篇である。著者は前著のまえがきでLP15千枚くらい持っていて、2割がクラシック・レコードだと書いてあった。すると著者所有のクラシックは約3千枚となる。前著で約5百枚挙げていて今回もほぼ同様とすると、前著と今回で所有LPの約三分の一を紹介しているわけになる。挙げられている曲を、こんな曲あるのかという曲、ほとんど親しんでいないが名は知っている曲、おなじみの曲に分けると、クラシック・ファンにとって大部分は最後の分類になるだろう。

前回の本を見てまず驚いたのはベートーヴェンの交響曲第5番、第6番、メンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、リムスキー=コルサコフのシェエラザードなど超有名曲がずらりと並んでいる。ベートーヴェンの交響曲5番など、60年もクラシックを聞いてきたなら、今更の感があり、M・コブラの録音があると聞いて、だったら聞いてみようかというくらいなものだろう。それを何枚もの演奏を挙げ、比較している。ほとほと感心してしまった。昔レコード会社の広告で三大交響曲は田園、悲愴、新世界よりと書いてあった。前著ではこのうち、田園、悲愴を取り上げていた。今回は残りの新世界よりと、「最近では新世界よりも演奏会ではよく取り上げられている」と半世紀前の記事で読んだ8番を挙げている。ともかく前著で取り残した有名曲を選んでいるのこの本である。

どういう音楽を聞いているか、はどの曲を聞いているか、どの演奏を聞いているかに分けられる。著者の関心は後者であったようだ。ベートーヴェンの皇帝のところで、耳にたこができるが取り上げないわけにはいかない、とあって、有名曲の名演を紹介するのが本書の目的らしい。そんなの当たり前で、クラシック・ファンとは演奏比較しか関心のない連中だろうと言われそうだが、自分はどの曲を聞くかに関心があったので。

読んでいて少し気になったのは、バッハの無伴奏ヴァイオリンで世ではシェリングを評価しているが、自分はミルシテインだ、とある。確かにLP時代はシェリングが定盤扱いだったが、今ではAmazonなどを見てもミルシテインの方が評判がいいようだ。(そもそもバッハのこの曲はCD以降、名盤が目白押しなので今なら新録音から選ぶだろう)古くて・・・のLP選だから昔の録音を取り上げるのは当然だが、評価まで古い基準を持ち出さなくていい気がする。

オペラ全曲は今回、モーツァルトとプッチーニを挙げているが、ヴェルディとワーグナーがない。長いからCDで聞いているのかと思った。ともかくこれだけの有名曲をそれぞれについて何枚もの演奏を聴き直し、評を書くとは大変な作業であったと思う。これが一番感心した。

2023年9月28日木曜日

ホーンティング The haunting 1999

ヤン・デ・ボン監督、米、113分、1963年『たたり』の再映画化。リーアム・ニーソン演じる科学者は恐怖の研究のため、古い城館に三人の被験者を集める。いずれも不眠症に悩まされていた者たちだった。女2人、男1人である。女の1人がキャサリン・ゼタ=ジョーンズである。

母の介護を長年してきた女は夜中に扉が音を立てる、更には建物が歪む、子供たちの叫び声が聞こえるなど超常現象を体験する。他の者たちもそうであった。しかし女には自分に助けを求める子供たちが気になる。この館は昔作った貴族が子供たちを集めて殺した経緯があった。ニーソンの計画でもこの館がこれほど異常な現象を見せるとは知らなかった。最後には屋敷全体が暴れ出し、男の被験者は首を切られる。女は子供たちを救うとして昔の貴族の悪魔と対決し、自分は死ぬ。ニーソンとゼタ=ジョーンズだけが生きて屋敷を出られた。

2023年9月27日水曜日

ウールリッチ『黒衣の花嫁』 The bride wore black 1940

幾つかの挿話、いずれも謎の女によって男が殺されていく、初めは魅力的な初対面の女に男は惹かれる。最後に思いもかけぬ方法で男は殺される。連続してこのような殺人が起こったため、警察は何とかして犯人を突き止めようとする。

被害者たちに関連はなさそうだ。しかし粘り強い刑事の努力で最後には被害者たちの縁が分かる。この次はある作家が殺されそうだ。刑事が殺人犯の女から守ろうとした方法はどういうものであったか。小説の最後では真犯人の動機と犯した殺しとの関係も判明する。

2023年9月26日火曜日

飯田泰之『日本史で学ぶ「貨幣と経済」』PHP文庫 2023

マクロ経済学者の著者が日本の経済史を、貨幣の観点から記述する。7世紀の無文銀賤から始まり、富本銭、和同開珎などを経て、最後は江戸末期の金流出まで書かれている。教科書に記載のある富本銭や和同開珎は交換に使われるのでなく、財政支出や税金を納めるため使われたらしい。経済の交換には絹や稲などの商品が使われていたそうだ。続く皇朝十二賤と呼ばれる12種類の貨幣を発行したのも政府の収入のためだったらしい。江戸時代の有名な改革の経済的側面についての説明も面白い。

著者は貨幣の一般的な経済学的説明をし、一方で貨幣の実際を歴史的に説明しているので、両者を繋げるのがむつかしい感じがする。学者は一般論をしたがるものであるが、まず当時の事情を説明し(歴史事実記述)、その時々に貨幣の実際を理論的に補足していった(理論的解釈)らどうか。

2023年9月25日月曜日

クルーガー 絶滅危惧種 Endangered species 2021

M・J・バセット監督、ケニア、米、102分。アフリカのケニアに家族を引き連れてきたアメリカ人の夫、同行は妻と息子、娘、及び娘の恋人というあまり若くない男。

実は夫は会社をくびになっており、金もないのでサファリツアーに参加できず、おんぼろの車で勝手にサファリに駆け出す。犀の親子に会い、車を横転させられてしまう。水や薬は割れてしまった。連絡しようにも携帯の電波が圏外である。息子と娘の恋人は丘の上まで行き、そこで携帯を試そうとした。いきなり豹が襲ってきて娘の恋人を攫い、息子は命からがら逃げ出す。家族の元に帰った息子は、娘の恋人は獣にやられたと言う。ここにいてもしょうがないので、横転した車を捨て親子は歩きだす。

娘の恋人は殺されておらず、豹によって木の上に置かれていた。男は何とか逃げ出す。車に戻ってみると誰もいない。歩いていって川にたどり着いた家族は周りをハイエナに囲まれていた。これまでかと思ったら銃声が鳴り、ハイエナは逃げ去る。助けてくれたのは米人らで最初は感謝感激だが、密猟者と知る。密猟と知った自分たちを生かしてくれるか。車で逃げ出すため、父親が囮となって、密漁者たちを引き付ける。父親が殺された後、密猟者らは逃げた家族を追うが、最後は逃げきる。

Xエックス X 2022

タイ・ウェスト監督、米、105分。1979年、テキサスの田舎町にポルノ映画を撮影する一隊が来る。

老人夫婦から家の近くにある古い建物を借り撮影を始める。照明係の女子が自分も映画に出たいと言い出す。その恋人である製作者は断るが相手は納得しない。むしゃくしゃした製作者は夜中に車で帰ろうとする。老婆が道に立っていて驚く。車から降りると老女は抱きついてきて、驚く男を刺す。老人夫婦は殺人犯だった。特に老婆が主導者である。その後、捜しに来た他の撮影隊の連中も次々と殺害される。最後は残った一人の女子が車で逃げ出し、その前に倒れた老婆を車輪で轢き潰す。

2023年9月24日日曜日

パルムの僧院 La chartreuse de Parme 1948

クリスチャン・ジャック監督、仏、173分、白黒映画、スタンダールの原作をジェラール・フィリップで映画化。フィリップ演じるファブリスは故郷のパルム(パルマ)に戻ってくる。伯母の公爵夫人は喜んで迎える。伯母は高官の婚約者がいるのだが、伯母は関心はファブリスに向けられる。ファブリスは気が多く、恋人の女優の夫を殺害してしまう。その咎で塔上の牢獄に入れられる。

牢獄の責任者である将軍の娘クレリアはファブリスに恋する。ファブリスも牢獄の窓からクレリアを見下ろし、心を奪われる。ファブリスの刑は20年の監禁なので、伯母を初め関係者がファブリスを脱獄させようと試みる。将軍の娘なのでクレリアもそれに加担する。脱獄は成功し、ファブリスは離れた地で静養していたが、クレリアを忘れられない。またパルムに戻れば捕まるだけである。

伯母の制止も聞かず、ファブリスはパルムに戻る。クレリアはファブリスを助けられるなら、二度と会わないと聖母に誓っていたので、かねてからの婚約者と結婚した。ファブリスは心変わりしたのかとクレリアに詰め寄るが、事情を聞き納得する。隠れていた官憲はファブリスを逮捕する。伯母はそれを聞き、自分に気がある大公に掛け合う。ファブリスを釈放できたが、代償は大きかった。伯母は自由主義者をたたきつけ、大公を暗殺する。民衆も暴動を起こす。ファブリスはクレリアのもとに向かい、二人は結ばれる。後に伯母は結婚する相手のところへ、クレリアは夫の元へ、ファブリスは僧院へと向かうのであった。

2023年9月20日水曜日

くもとちゅうりっぷ 昭和18年

政岡憲三監督、松竹、16分。日本の動画史上、有名な作品、白黒映画。蜘蛛が巣を張っている。蜘蛛の顔は黒人そっくりで帽子をかぶっている。そこに飛んできた、てんとう虫を捉えようとお為ごかしで接する。てんとう虫は危うく捕まりそうになったところを花たちに助けられる。チューリップは花びらを開き、そこにてんとう虫を隠す。蜘蛛は巣の糸を吐き、糸でチューリップをぐるぐる巻にする。雨が降ってくる。風もかなり激しくなる。晴れる。糸でぐるぐる巻にされたチューリップは蜘蛛の糸から逃れ、てんとう虫も花びらを開かれ、飛んでいく。

華麗なるヒコーキ野郎  The great Waldo Pepper 1975

ジョージ・ロイ・ヒル監督、米、108分、ロバート・レッドフォード主演。1920年代後半、レッドフォードは複葉機で曲芸飛行をしていた。友人(悪友)が現れ、レッドフォードの芸を横取りしようとするので、飛行機に細工し友人の飛行機は池に墜落、友人も負傷する。酒場でレッドフォードは第一次世界大戦時のドイツ空軍との飛行戦を自慢していた。怪我をした友人がやってきてあれは法螺であり、別人がやった話を自分のように喋っているとばらす。

曲芸飛行も新しい事をしないと客は飽きる。レッドフォードと友人は翼の上を歩く芸をする。知り合いのスーザン・サランドンにそれをやらせようとしたら、怖がって翼にしがみつき、戻ってこれない。レッドフォードが別の機から翼に乗り、助けようとしたが、サランドンは落ちる。警察で取り調べられ、友人は曲芸飛行を辞め、ハリウッドに行く。レッドフォードは単葉機で曲芸飛行する者と一緒にやっていたが、その相手が墜落する。助け出そうとしている時、集まった野次馬のうち煙草を捨てた者がいたので火災爆破し、乗り手は死ぬ。怒ったレッドフォードは飛行機で会場の人々を低空飛行で脅し、これがレッドフォードの飛行資格停止になる。

レッドフォードはハリウッドに行く。友人に口利きしてもらい仮名で映画の飛行機乗りの仕事をする。そこにはあの伝説的なかつてのドイツ軍飛行士も映画に関わっていた。レッドフォードとそのドイツ飛行士は映画のため飛び立つが、シナリオそっちのけで空中で競い合い、ドイツ飛行士は機体が損傷する。

2023年9月19日火曜日

零戦燃ゆ 昭和59年

舛田利雄監督、東宝、128分。ゼロ戦の登場から戦争初期の華々しい活躍、後に米機に追い抜かれ、敗戦に至るまでを描く。2人の若い海軍軍人が主人公。

加山雄三演じる上官に開発されたばかりのゼロ戦を見せてもらう。一人は飛行機乗りに、もう一人は整備兵となる。ゼロ戦の試作機のテスト中に加山雄三は事故を起こし死ぬ。整備兵はゼロ戦を作っている名古屋に行った際に若い女、早見優を知る。映画は2人の若者と早見の青春を敗戦へ向かう過程で描く。史実から周知の通り、初期はゼロ戦は恐れられたが、後には日本の敗退と同じく劣等な飛行機になり果てる。早見は空襲で死に、主人公のうち飛行機乗りは撃墜される。

題名の零戦燃ゆとは敗戦後、ゼロ戦を残った整備兵の意見で、監視の中ゼロ戦を燃やすところから来ている。

2023年9月18日月曜日

エラリイ・クイーン『災厄の町』 Calamity town 1942

エラリー・クイーンがライツヴィルという田舎町にやって来るところから小説は始まる。時は1940年、欧州で戦争しており町は景気がよい。ここでクリーンは旧家のそばにある家を借りる。その旧家も借りた家もいわくがあった。

家には三人の娘がいる。一番上は旅役者と駆け落ちし、後に帰って来た出戻り。2番目の娘は結婚したい男がいて両親は気乗りでなかったが、認め家まで建ててやる。ところが新郎は結婚式の夜、失踪してしまった。家も花嫁本人も面目丸つぶれである。末娘は未婚であり、クリーンが来てから仲良くなる。またクイーンは偽名を使うものの、作家と名乗ったので一家からも歓迎される。クイーンが借りている家はその次女が結婚してから使うため両親が建てたのだった。

その失踪した次女の夫が帰ってくる。改めて次女と夫は暮らすようになり、クイーンは一家の家の方へ引っ越す。ところが次女夫婦は喧嘩が絶えない。また夫の姉と称する女がやって来る。ある日、次女の部屋から夫が書いたと思われる殺人予告の手紙が3通見つかる。妻が病気になり、最後は殺されるというのである。これをクイーンと末娘の2人が見つけ、内緒にしておいた。その手紙に沿った災難が妻である次女に降りかかってくる。最後は新年のパーティの夜、妻が飲んだ飲料に毒が入っており、それを妻から奪って飲んだ夫の姉が亡くなる。

毒が入っていたので殺人となり捜査が始まる。容疑者は夫で何も言わない。裁判が始まる。判決後、夫は脱獄を図る。その後事故死したと分かる。クイーンは、しばらくして後、真相を末娘とその恋人である検事に語る。(越前敏弥訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2014年)

2023年9月16日土曜日

中村隆英『日本経済(第3版)』東京大学出版会 1993

副題に「その成長と構造」とある。第1部は「長期成長過程の概観」で、第2部は「近代日本経済の発展」、第3部は「現代経済の構造」である。このうち第2部が中心で最も多くのページを割いている。第2部はその章としては明治維新、産業化、戦間期、戦時経済、改革と復興、高度成長、国際化の中の安定成長、から構成されている。つまり経済史的な構成でそれを経済学的説明及び統計で実証する。

出版年が1993年とあるようにバブル崩壊後間もない時期であり、早晩日本経済は元の成長に戻ると思われていた。しかるにそれから30年経っても、経済は全く停滞したままである。今後、日本の国民が豊かな生活を送れるよう経済が推移していくかと問われれば、悲観的な意見が多いのではないか。今後の日本経済を悪化させずに済むよう、これまでの日本経済の経験が役に立つであろうか。そういう問題意識で読む必要がある。

2023年9月15日金曜日

ヤコペッティのさらばアフリカ Africa addio 1966

ヤコペッティ監督、伊、138分、アフリカが白人支配から黒人支配に変わった後、どうなったかを記録する。

植民地から解放されたアフリカ諸国はいかなる現実をたどったか。この記録映画を見るとあまりにも衝撃的な映像に驚かされる。アフリカ解放後、迫害者とされたアラブ人の虐殺があった。ザンジバルでは多数のアラブ人が殺された。飛行機からの映像で死体の山(あまり詳細は見えないが)が映される。このほか、演出ではないかと言われるのはヘリコプターで縞馬を吊り下げて運ぶ際、太陽が背になっていてあまりに「映像美」に見える。

更に野生の動物狩りである。植民地時代は規制があって狩猟は禁じられていたが、解放後は認められ、大っぴらに動物狩りをするようになった。次々と動物たちが銃で倒される場面が出てくる。更に運ぶためその死骸をバラバラにするなど恐怖映画の域に達している。捕虜が軍人に捉えられ、銃で殺されるのをすぐ傍で映している。これなど裁判にかけられる位問題になったらしい。例えやらせがあったにしろ、このような映画は現在ではできる筈もなく、そういう意味では貴重である。

2023年9月14日木曜日

カラミティ・ジェーン Calamity Jane 1953

デイヴィッド・バトラー監督、米、101分、総天然色のミュージカル映画。主題歌はスタンダードナンバーになっている。女拳銃使いカラミティ・ジェーンをドリス・ディが演じる。

ディの住むダコタの田舎町は荒くれ男ばほとんどで、ジェーンも男勝りである。町の劇場が招いた芸人は女と思っていたのに、男で観客から非難を受ける。ディは男たちが写真を持っている女歌手を連れにシカゴまで行く。その歌手は出ていって、楽屋にいた付き人をデイは歌手と間違える。付き人も歌手志望だったので、ディの言いなりになって田舎に来る。劇場で歌い始める。声が違うとディも気がつく。観客も有名な歌手でないと分かってきた。しかしもうここまで来ている。付き人にやらせろとなり、歌い踊ると観客からやんやの喝采を浴びる。ディが憧れている軍人や悪友の男もすっかり魅入られる。

ディは付き人を自分の小屋に連れてくる。あまりに汚かったが、2人は掃除して綺麗にする。更にディがドレスに着替え、踊りの会に行くとみんな見違える。付き人と軍人は2人でむつまじくなり、ディは付き人に裏切られたと思い込む。ディに迷惑をかけまいと付き人は町を去る。それを知ったディは馬車を追う。付き人を捕まえたディは自分は悪友の男を好きになったと言う。町に戻り、ディと悪友、また付き人と軍人の結婚式が同時に行なわれる。

2023年9月10日日曜日

遠藤周作『深い河』講談社文庫 1993

何人かの主要人物がいる。初めは妻を病気で亡くす中年男。亡くした後、いつまでもその妻を忘れられず、妻の生まれ変わりがいるなら会いたいと思っている。若い女はかつてキリスト教系の大学の学生だった。そこで不器用な、宗教にのめり込んでいた男がいて、周りからからかわれていた。女もその男を馬鹿にしたが、関係を持つ。後に女は結婚するが離婚する。相手はエリートのようだが車とゴルフにしか関心のない俗物であった。

女はあの不器用な男が神父になるべくフランスで修行中だと聞く。フランスに新婚旅行に行った時、わざわざその男に会いに行く。男は神父らから、正しいキリスト教を理解していないと非難されていると言う。このほか戦時中にビルマで人肉食の体験をした元兵士の男が出てくる。今でも気に病んでいる。

女はインドに旅行に行く。団体旅行である。妻を亡くした男は生まれ変わりがそこにいるという情報を得ていた。戦時中の不幸体験から抜け出させない元兵士もいる。俗物を絵に描いたような新婚夫婦がいて、如何に日本人が下らぬ人種かを体現している。ガンジス河でのヒンズー教徒の沐浴が出てくる。題名の元であろう。あの不器用な男はここで死体を運搬する手伝いをしていた。新婚の俗物の好奇心の犠牲になって死ぬようだ。

2023年9月7日木曜日

私を野球につれてって Take me out to the ball game 1949

バスビー・バークレー監督、米、93分、ジーン・ケリーとフランク・シナトラが主演。同じ年に作られた『踊る大紐育』と同じ顔触れのミュージカル映画、総天然色。

ケリーとシナトラはある野球チームの選手。新しいオーナーが来るというので、くる前から貶している。それがエスター・ウィリアムズであった。女とは知らないので面前でさんざんこき下ろす。知って驚く。魅力的なウィリアムズに共に惹かれる。特にシナトラはそうだった。恋の仲介をしてやるように言って自分を売り込むケリーにシナトラは腹を立てる。

二人のチームは勝ち続け、優勝に近づいていく。シナトラに惚れ込む女ファンがいた。チームの優勝を阻止すべく、踊りのうまいケリーに近づき、ショーに出ないかと持ち掛ける連中がいた。野球と両立できないので最初は断るが、報酬額を聞いてその気になる。ショーと野球の練習で疲れ果てるケリーはミスを多く犯すようになり、チームは負け続ける。シナトラのファンの女が悪だくみを聞きつけ、これでケリーは目を覚まし、チームは再び強くなり優勝する。悪だくみの連中は捕まる。

湊かなえ『落日』角川春樹事務所 2019

二人の若い女の語りで話が進む。一人は脚本家の卵、もう一人は世界でも認められた映画監督である。二人による一人称小説。どちらかが語っているか気を付ける必要がある。

映画の脚本を書かないかと監督から脚本家に話がある。なぜ自分のようなまだ大して認められていない脚本家に声をかけたのか。過去の殺人事件、兄が妹を刺殺し家に放火して両親が死んだ事件を映画化したいと監督は考えている。脚本家がその事件のあった町の出身だったから。更に事件を起こした一家がアパートに住んでいた時代、この隣に監督が子供の時、住んでいた。仕切り板越しにベランダで言葉もない交際があった隣の者は、殺された少女の幼い日か。殺された少女はアイドル志望で可愛かった。しかし裏の顔があった。脚本家は時々姉に話しかける。姉はピアノがうまかった。その姉は事故死していた。

これらが最後に凡てつながりがあったと判明する。いかにも作り話的だが、まさに小説だからそう作れる。