2020年7月14日火曜日

山中峯太郎『世界名作探偵小説選』平山雄一編、作品社 2019

ホームズ物の個性的な自由訳で有名な山中峯太郎による、ホームズ以外の探偵、冒険小説を集めている。現在では原本は入手困難で貴重な集成である。
収録作はポーの『モルグ街の怪声』『盗まれた秘密書』『黒猫』、バロネス・オルツィの『灰色の怪人』、サックス・ローマーの『魔人博士』『変装アラビア王』の6編である。

まず山中によるポーの子供向き再話、このような本があることさえ知らなかった。子供時、山中ホームズに親しんだが、ポーは江戸川乱歩名義訳の『黄金虫』(世界名作全集第59巻、講談社、昭和28年)で読んでいた。山中ポーとはどんなものか、初めての読書であり興味を持って読んだ。
解説によればポプラ社では当時、山中ホームズの好評を受け、ポーの作品を出そうと企画した。「ポー推理小説文庫」といい全5巻の予定で3巻刊行された。今回はその3巻に含まれた小説を収めている。
そもそもポーの作品は短篇であり、それを子供向きにやさしくすると更に短くなる。前記『黄金虫』では表題作以外に『大渦巻』『死頭蛾』『モルグ街の殺人事件』『ぬすまれた手紙』『おまえが犯人だ』『月世界旅行記』が収録されている。しかるにこの山中ポーでは各短篇で一巻を構成しようとする。そのため以下のふくらましや変更をしている。

まずモルグ街では冒頭の分析能力それ自体は分析できないという抽象論はもちろん、デュパンと語り手が街中を歩いている際、語り手の思考を言い当てる、は省略している。
本書では語り手の子供時代から話を始め、なんと被害者のカミーユ・レスパネーと語り手が同級生という設定である。更にデュパンは元新聞記者となっており、かつて大統領の会見を引き出した挿話を加えている。
またデュパンと語り手の出会いが図書館というのは原作と同様であるが、共に捜している本は「ギリシア神話」であった。教養深い知識人のデュパンがここでは文学少年みたいになっている。登場人物に関しては、シャルというおしゃべりで勝気な婦人記者(少女記者という感じ)を追加して、盛んにしゃべらせている。
殺人の記述そのものは大きく違わないような気がする。ただ最後に船乗りが登場してからはかなり詳しく事件に至るまでを書いている。

『盗まれた手紙(ここでは秘密書)』はポーの中でも、簡潔で推理小説の一つの典型と見なされるが、本書では盗んだ高官の自動車を機動隊で襲う、という活劇部分にページを結構使っている。高官の手先である妖女(妖婦と同じであろう、vamp, femme fatale)まで登場させるサービスをしている。更に『告げ口(裏切った)心臓』を加えている。これは作中、デュパン宛ての手紙に書かれた、告げ口心臓を基にした話である。ページを稼ぐため山中は苦労している。

『黒猫』は黒猫と『お前が犯人だ』が入っている。黒猫を基にした話の後に、お前が犯人だが入っている。書名を黒猫としたのは黒猫の方が有名だからだろう。推理小説文庫という以上、『お前が犯人だ』を優先すべきと発想で解説が書かれているが、自分はそんなに気にならない。

山中のポー推理小説文庫は3巻までで後2巻は出していない。『マリー・ロジェの謎』と『黄金虫』が出ていない。理由は解説にはないが、あまり売れ行きが良くなかったのかと想像してしまう。
山中ポーはどう評価すべきだろうか。ポーの作品は怪奇、陰惨な雰囲気のゴシック小説である。それが山中ではがらりと変わっている。
正直、フッフフーの山中ホームズは原作の延長線上、拡大版といえるかもしれない。(原作のホームズについて、推理作家の由良三郎は、ホームズの推理という名の独断にワトソンがいちいち感心している様をまるで漫才だと書いていた。ホームズ物にはそういう軽妙さがある。ホームズが世界的に人気作品となっている理由の一端はそこにあるだろう。)
それが山中のポーは原作とかなりかけ離れた印象を受ける。元のポーになじめない者はこの山中版に共感を得るかもしれない。


バロネス・オルツィの『灰色の怪人』The Man in Gray, 1918はナポレオン直属の探偵が活躍する、当時を舞台にした冒険小説。バロネス・オルツィはハンガリーの男爵家に生まれた女流作家。バロネスは男爵の女性形。個人名は英仏語でエンマEmmaに当たるハンガリー語である。

フランス革命を背景にした冒険小説『紅はこべ』が有名。なお本書解説に「海外で彼女は(中略)『隅の老人』の著者というよりも、『紅はこべ』シリーズの作者として知られている。」(本書p.634)とありびっくりした。今では日本では「隅の老人」の方が有名なのか。昔から『紅はこべ』は少年少女世界文学全集によく収録されており「隅の老人」を知ったのは後になってからである。

サックス・ローマーはイギリスの作家。中国人の悪人科学者のフー・マンチュー博士のシリーズで有名。世紀末の黄禍論を基にしており、現在では絶対に書かれることのない小説なので貴重。収録作『魔人博士』はシリーズ第2作でThe Devil Doctor、またはThe Return of Dr. Fu-Manchu1916である。
『変装アラビア王』The Sins of Séverac Bablon1914は、アルセーヌ・ルパンばりの義賊小説である。

本書は、ポーは言わずもがな、またローマー『魔人博士』も完訳があるようだが、オルツィなど邦訳が出ていない作品が収録され、そういう意味でも価値がある。

0 件のコメント:

コメントを投稿