2022年3月9日水曜日

宮崎伸治『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』三五館シンシャ 2020

著者は翻訳家である。出版社から約束を履行してもらえず、如何にこれまでひどい目に会ってきたかを延々と述べている。

読んでまず思うのは、著者は恐ろしく強靭な神経の持ち主で全く物怖じせず、自らの主張をあくまで曲げず、最後まで出版社と戦い抜くという強気のかたまりのような人物である。

この著者のように強気でなければ翻訳家は勤まらない、と見えるくらいだ。いやこの本は出版社の理不尽と被害にあっている翻訳家という枠組みを超えて、個人で組織に対して取引を行なう者が実際に経験しているトラブルを記述していると思う。

翻訳をとる苦労もあるが、それより出版社が約束を守らないのでいつまでも出版が延期される、挙句の果てに金額を値切られる、最悪の場合、出版そのものが中止になる。こういった状況に著者は怒り狂っていて、それはもっともだと思うものの、出版業界では珍しくないのではないか。ひどい仕打ちを受けるのは、他の翻訳者には普通にやっているので、出版社はこの著者にもやったくらいのだろう。それをこの著者は徹底的に抗議してくるので、出版社も勝手が違ったと後悔したに違いない。もちろん我慢しろ、泣き寝入りと言うつもりは全くない。ただ苦労した業務が変更される、全く使われないとか、サラリーマンなら誰もが経験しているだろう。

それにしてもこの本を読んでいる間、ずっと疑問に思っていたのは、なぜ最初の約束の際に、きちんと書類を整えておかないのか、という点である。この本の一番最後にその必要性が書いてあった。著者はしょうこりもなく、初め口約束で承知しておき、後でひっくり返されるので怒っているのである。初めての時ならともかく、何度もそれを繰り返しているのは、全く学ばない人なのかと思った。それで後になって出版社との闘争に多大なエネルギーを費やすのである。

口約束だけで、世界標準となっている契約書をきちんと結ばない、とはグローバル化の時代にあまりに遅れている。それだけはない。この著者は出版社とやりあって自分の言い分を通せた。しかし弱気な翻訳者は出版社の言いなりになる。弱気な翻訳者が翻訳者として能力が低いとは限らないだろう。翻訳者一般を保護するためにも、契約書の作成し取り交わす制度を確立すべきである。

それにしてもこの著者は自分の苦労を本にして語り、広く同情を集め、なおかつベストセラーになって印税も沢山貰えるのだろうから、普通のサラリーマンには想像もできない身分である。

0 件のコメント:

コメントを投稿