2022年3月20日日曜日

町田康『告白』中公文庫 2008年

明治26年大阪河内で起きた「河内十人斬り」という大量殺人の犯人、城戸熊太郎の生涯を描いた小説。文庫で850ページに及ぶ長篇。名前も同じの実在の人物であるが、作者が自由に空想を膨らませて書いた小説である。記録文学ではない。殺人事件そのものの描写は最後の方だけで、本書は城戸熊太郎伝と副題をつけてもいいくらい、主人公の人生の記録である。

小説内の会話は凡て河内弁である。広い意味での関西弁はテレビ、映画などで広く知られているので大体意味は分かる。たまに意味不明な言葉がある。もし他の地方の方言だったら全く分からなかっただろう。関西弁はその点恵まれている。熊太郎はよく考え事をする。というか人間だったら意識がある限り何かを考えているだろう。退屈だ、とか眠い、なども考え事である。熊太郎の頭の中の考えは地の文で説明される。小説が長くなっているのは、熊太郎の思考を追っているからである。

熊太郎は考え事ばかりしているのに、いざ口に出そうとするとうまく言えない。これは納得するだろう。思っていること、それ自体混沌としているので、うまく言えないのは普通だし、思っている内容凡て口に出す必要もないし、出したら社会生活はできなくなる。それでも必要なことでさえうまく言えなくて、残念な思いや後悔する等は普通ではないか。たまに弁舌さわやかというか弁の立つ者がいるが、感心する。熊太郎はまさに、考え事と喋りが比例していない。

主人公の熊太郎は甘やかされて育ったせいか、わがままな乱暴者になる。長じても何もまともな百姓仕事さえせず、無頼の徒になる。子供時代に一緒にいた仲間は普通の百姓になるが、熊太郎は発奮して、野良仕事をしようとしても出来ないと知る。

読んでいてやや理解不能と感じたのは、この主人公は成長して30代になってもまるで世間知らずで、世の中を理解ができない男としか見えないからだ。どんなに出来が悪い子でも、成長していくうちに経験が増え世知がつき、世の中がそれなりに分かっていくはずではないか。この男のように怠け者なら、すれてかなり不快な人間に成長するような気がする。ところが全く正反対で大人になったら、世間知らずが故に善人に見えてしまうくらいである。主人公を何度もだます卑劣漢に懲りずにひどい目に会わされる。全く学ばない人という感じである。とうとう最後に自分を騙した連中に復讐のため、家族子供も含め大殺戮となるわけである。

実は本書を読んで、この事件を初めて知った。昔の犯罪を記述している本で目にしたことがない。日清戦争の前年という古い事件だからか。犯罪大国のアメリカでさえ、この事件の前年1892年に起きたリジー・ボーデン事件は有名で今でも何度も映画化などされるのに。

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