2017年5月22日月曜日

中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』岩波新書 1996



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書名のニコライとは、神田駿河台のニコライ堂の名の元になったロシヤの宣教師である。
明治になってからキリスト教の布教に多くの欧米人がやってきた。新教と旧教の布教者が多かったのはもちろんである。ロシヤからも正教を広めるべく来日したのが本書で語られるニコライ(18361912)である。

幕府は幕末に欧米諸国と条約を結んだ。ロシヤとの日露修好通商条約は1858年である。その年に函館にロシヤ領事館が設置された。この領事館に25歳の青年ニコライがやってきた。1861年である。使命感に燃えた彼は日本全国で布教に勤める。
彼は日記をまめにつけた。この日記は布教と当時の日本の記録である。同日記は全訳もあるものの、中村健之介の編訳『ニコライの日記』、岩波文庫、上中下の三冊で出ており入手しやすい。
知識として日本を含めた非キリスト教国への布教が盛んであった、という事実は承知している。しかし幕末から明治の終わりまで、正教という我々にはキリスト教の中でもなじみの薄い宗派の布教がこれほど熱心に行われていたとは知らなかった。

また近代化を急いでいた日本に西洋の知識を提供できる、という「餌」で新教などが優位に立っていた。ニコライは純粋に正教を宗教として、日本人に広めたいという熱意によった。
キリスト教、それも正教の布教の実際、それが明治の日本で行われた記録である。当時の日本を知る上でも貴重な記録となっている。

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