2021年10月30日土曜日

小池新『戦前昭和の猟奇事件』文春新書 2021

著者はジャーナリスト出身で、社会批判など記者らしい書き方をしている。収録されている事件は次の通り。有名な犯罪が多い。

鬼熊事件、岩の坂もらい子殺し、天国に結ぶ恋、翠川秋子の心中、日大生保険金殺人、阿部定事件、津山事件、チフス菌饅頭事件、父島人肉食事件

このうち初めて知った事件は翠川秋子心中、チフス菌饅頭事件、父島人肉食事件である。翠川秋子というのは日本初の女アナウンサーで、昭和10年、43歳の時心中した。著者がジャーナリスト出身だから関心を持ったのか。チフス菌饅頭事件とは、昭和14年、内縁の夫が博士号を取れるよう援助した女医が、その後つれなくされ、チフス菌入り毒饅頭を送った事件。本人でなく他の者が食し、弟が死亡、その他十人以上発病した。夫、女医ともに37歳の時である。当時の37歳は今より年長の感覚で、今なら40歳代半ばくらいではないか。なぜもっと確実に相手に届く手段を選ばなかったのか、よく分からない。父島の事件は終戦の年の2月、父島で捕虜となった米兵を軍人が食した事件。戦争中の事件で、他と同列に扱うのはどうかと思った。戦時中の同類食(変な言葉だが露骨な表現は避けたいので)は大岡昇平の『野火』や映画『ゆきゆきて、神軍』などでも描かれている。相手が西洋人なので特別に掲載したのか。

他の事件は知っていた。鬼熊は大正の終わりの年、千葉の田舎で起きた岩淵熊次郎(事件により鬼熊と呼ばれるようになった)が起こした殺人事件。最初2人殺し後に警官を殺した。鬼熊事件は犯した殺人そのものより、その後によって知られている。逮捕まで40日以上かかり、それは村人に匿われたとか、反権力の士みたいに書かれる傾向がある。村人など殺人犯に関わりたくなかったからではないかと推測してしまう。そもそもの殺人に関してはほとんど記述がない。岩の坂のもらい子殺しは昭和5年、当時は東京の郊外だった板橋の貧民窟で、30人以上のもらい子殺しが判明した事件。この事件の記述は結構長い。途中、貧民窟(スラム街)への偏見に反論する他者の論考がある。貧民窟だからというのでない。子供らを死なせたのが問題だから、的外れに思える。天国に結ぶ恋というのは昭和7年、神奈川大磯で起きた大学生と令嬢の心中事件を指す。後、女の死体の盗難事件まであった。純潔だったと言われ当時のミーハーが騒ぎ、映画化もされた。映画の題が『天国に結ぶ恋』で、令嬢役は無声映画時代から戦後まで活躍した女優川崎弘子が演じた。無声映画で今では残っておらず見られない。日大生殺人とは東京で起きた日大生の殺害。当初は強盗殺人と思われたが、後に家族ぐるみによる犯罪と分かった。大学生は放蕩息子だったが、それに加えて父親の医院が経済的に危うくなり、巨額の保険をかけた保険金目当てという面があった。保険金受取手続きでばれたのだが、なぜそんなドジをしたか、そっちの方が気になってくる。昭和11年の阿部定の事件は近代史上、最も有名な犯罪ではないか。単純化して言えば情人を殺して、男性自身を持ち去った事件である。今では時代も経っている。当時は大騒ぎになり、その後伝説化した。時代の影響もあろう。自分としてはそんなに重大事件かと思う。次の津山事件(昭和13年)はこれまた有名過ぎるくらい有名である。本書の記述では当時そんなに話題にならなかったとしてある。自分が初めてこの事件を知った、松本清張『闇に駆ける猟銃』(事件後30年位経ってからの執筆)でも当時話題にならなかったとある。それに対して大騒ぎになったと反論している文も読んだ(著者等失念)。この本でも全国紙に掲載されたとある。どれくらいが大騒ぎとそれほどでもないの区別をつける基準なのか。またよくあるように本書でも副題として「『八つ墓村』のモデルになった」とあるが、誤りである。小説中、津山事件を彷彿させる昔の悲劇が書いてあるが、小説『八つ墓村』は、その昔の事件の記憶を犯人が利用しようとする、犯罪を書いた小説である。そもそも今では『八つ墓村』よりも津山事件の方が有名ではないかと自分には思える。

津山事件を初め犯行の動機と思われる点が延々と書いてあるが、実際はどうか分からない。人間は誰でもなぜを知りたがる。実際は犯人以外に動機は分からない。犯人自身でさえ分かっているかどうか。何かこういう理由で起きたのだ、と自分に言い聞かせたい生きものなのである、人間は。

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