2023年8月3日木曜日

佐々木徹編訳『英国古典推理小説集』岩波文庫 2023

次の様な構成である。

『バーナビー・ラッジ』第一章より(チャールズ・ディケンズ)(付)エドガー・アラン・ポーによる書評/有罪か無罪か(ウォーターズ)/七番の謎(ヘンリー・ウッド夫人)/誰がゼビディーを殺したか(ウィルキー・コリンズ)/引き抜かれた短剣(キャサリン・ルイーザ・パーキス)/イズリアル・ガウの名誉(G・K・チェスタトン)/オターモゥル氏の手(トマス・バーク)/ノッティング・ヒルの謎(チャールズ・フィーリクス)

まずディケンズの『バーナビー・ラッジ』のごく一部とポーによる書評。実はこれはポーの書評が主であって(付)とすべきなのは『バーナビー・ラッジ』の方である。『バーナビー・ラッジ』は長篇小説であって、全編なら文庫では2冊か3冊になる。それに対して本文庫では9ページのみの引用。『バーナビー・ラッジ』はポーが使わなかった推理小説の基本トリックを使っている(ディケンズが使っているから、ポーは使わなかったのだろうと言われている)、またモルグ街の殺人と同じ1841年の発表である、といった点から推理小説好きの間ではそれなりに有名である。ただし『バーナビー・ラッジ』は推理小説ではない。推理要素も含んでいる時代小説である。肝心のポーによる書評は2文ある。一つは『バーナビー・ラッジ』の連載が始まって間もなくの発表、もう一つは小説が完結してからの書評である。ポーは小説に出てくる殺人の謎を推理した。完結後の書評はポーの推理が間違っていたため、自分の推理を正当化しようというか、自分の案の方がいいと言っている。更に一般的な推理小説論をしている。ともかくポーは推理小説オタクに見える。それに対してディケンズは小説に推理小説的要素を使ったが、それが小説の中心でもない。バーナビー・ラッジ以降も『荒涼館』『辛いご時世』、未完の『エドウィン・ドルードの謎』は犯罪が出てくるし、有名な『大いなる遺産』も全体の枠が謎になっている。ポーは早死にしたため、これらの小説は読めなかった。長生きして一番推理小説的なエドウィン・ドルードを書き継いでもらいたかったと思う。

『有罪か無罪か』(1849) 警察小説のはしりというべきか。法廷の場面も出てくる。『七番の謎』(1877) 親戚のいる田舎に行き、その地で起こった殺人。密室殺人の要素がある。癇癪持ちの郷士なる登場人物が面白い。『誰がゼビディーを殺したか』(1880) 語り手の若い警官は通報を受けて殺人現場に行く。凶器となったナイフの柄の銘が謎を解く鍵となる。『引き抜かれた短剣』(1894) 女流作家による女流探偵が出てくる作品。それだけで歴史的価値がある。細かいところに気がつくなど女らしい。

『イズリアル・ガウの名誉』(1911)は『ブラウン神父の童心』の一篇、これと『オターモゥル氏の手』(1931)は入れる必要がない。誰でも知っており既訳があるし、20世紀の作品である。傑作だから入れたというが、それなら解説にでも書いておけばいい。「『オターモゥル氏の手』こそ推理小説史上の最高傑作であり、これに比べたら本書所収の作品など読むに耐えぬ凡作ばかりである」とかなんとか。これらを入れる代わりに未訳のもの入れるか、あるいは載せずにページを減らして値段を下げて欲しい。要らない物の抱き合わせ販売である。

『ノッティング・ヒルの謎』(1863) これは比較的早い時期の小説であるが最後に収録されている。長さが本書全体の三分の一以上、半分近く占めている長編である。しかも本作は『月長石』(1868)に先立つ、英国初の長編推理小説だそうだ。だったらなぜそれほど知られていないのか。これまで翻訳がなかったのはなぜか。読めば分かるがあまりに「古典的」で、具体的には話にメスメリズムが関係している。メスメリズムといって知っている人はどれくらいいるだろう。動物磁気説ともいい、身体に流れているという磁気を利用して治療する。睡眠・心理療法の一種か。18~19世紀に流行ったそうだ。当時からインチキという批判もあったらしい。たまたま読んでいたポーの『鋸山奇譚』にも出てきた。他にもあるだろう。他に夢遊病が出てくる。夢遊病は『月長石』にも出てきた。

この小説は形式も特殊である。証言、書簡、日記などで言わばすべて会話体から成っている。昔に遡り、同名の母娘が出てくるので混乱しないよう。p.516に簡単な家系図が載っているから参照。双子の姉妹が生まれ、一人は幼い時に誘拐される。成長してからの姉妹はお互い知らずに・・・と全く明治時代の小説か無声映画に出てきそうな話である。犯罪は遺産目当てで、それは珍しくないかもしれないが、更に保険金も犯罪の動機となっている。日本初の保険金殺人は昭和10年に起きた日大生殺人事件と言われている。実際の事件と創作を比べてもしょうがないと言われそうだが、日本の犯罪の70年以上前に、小説に保険金殺人が書いてある。いかに19世紀のイギリスが進んでいたかと分かる。先に書いたメスメリズムとか身分制を前提とした話とか、古色蒼然とも言えるが、古典であるからそうなる。昔の小説を好きな人に勧めたい。

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