2024年12月21日土曜日

田中康夫『なんとなく、クリスタル』河出文庫 1983

1980年に大学在学中の田中康夫によって書かれた小説。

東京の真ん中に住む女子大学生の語りで毎日の生活を書いている。この本は半分が注(notes)で、発表当時、小説そのものより注の方が話題になっていた。感想、評では注に対してつっこみを入れていた。書いた意図を1983年の文庫で著者は語っている。これまでの日本の小説は人生いかに生きるかなどと堅苦しい話をしてきたが、1980年のクリスタルな生き方をする若者が現れる小説を書きたかったと。この小説の主人公らは当然、当時「普通にいた」若者ではない。当時、こんな生活ができたらいいなという願望を具体化した小説である。

またこれは「バブル」期を舞台にした小説ではない。文庫の裏表紙にも「バブル経済に沸く直前、」と書いている。バブルは1987年以降である。バブルとの間に7年もある。27歳の直前を20歳とは言わないだろう。正直今となっては1980年(昭和55年)というのはここ数十年の日本の時代でも最も良かった時代に思える。日本経済とその将来にすごく自信があった。米の学者が21世紀をジャパンアズナンバーワンと言ったのはこの直前である。日本は先進国の中でも優等生だった。石油危機では狂乱物価となったが、その経験から第二次石油危機(1970年代末期)はうまく乗り切り、先進国の模範だった。当時、どうして日本はこのようにうまく対応しているのだろうと不思議に思ったのを覚えている。バブルとは文字通り泡、泡沫のインチキ景気だった。だ頃から泡と消えたのである。当時は浮かれていて、懐かしく思う人がいるかもしれないが、言ってみれば薬物、ドラッグで恍惚状態によって幸せな気分になっていただけである。バブルの崩壊は今にまで影響を及ぼしている。バブルがなければ、もっと今の日本は良いはずと言ってもしょうがないが。小説の舞台の1980年は今とどう違うのか。すぐ思いつくのは外国へ行くことはほとんどできず、日本には外国人なんて珍しかった。日本とアメリカが経済では二大国で、ヨーロッパはEUを作って追いつこうとし、ソ連は末期で話題にならず、中国は鎖国状態のようなもので情報は入らず、韓国は70年代からの岩波新書の『韓国からの通信』によって独裁国家で韓国民は虐げられているというイメージしかなかった。半世紀前は本当に夢のように感じる。その頃、雰囲気的に最先端のまちがこの小説の舞台である六本木だった。今は全く日本も六本木も変わってしまった。古き良き時代の一つの記録である。

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