2026年5月21日木曜日

白き処女地 Maria Chapdelaine 1934

ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、仏、77分。カナダのフランス人の住む地区。女主人公のマリア(マドレーヌ・ルノー演)の父親は開拓に従事してきた。家も町とは離れた場所にある。マリアは三人の男から思われている。ジャン・ギャバン演じる、毛皮の取引をしている狩猟師。マリアもギャバンを憎からず思っていた。後は近くに住む青年。また都会からやってきた青年もマリアに恋し、こんな僻地でなく、都会生活を満喫しようと誘う。

ギャバンはマリアに再会を約し、別れて森へ戻っていく。冬の吹雪の中、ギャバンは苦労して進む。年が明けて、ギャバンの死体が見つかる。マリアは嘆き悲しむ。神父は嘆くマリアを婚約していたわけでもないしと諭す。母親が病気になる。医者を呼びに行くのも一苦労である。近在の青年は医者なんかあてにならないとして骨接ぎ師を呼んでくる。医者も骨接ぎも役に立たず、母親は死ぬ。マリアは近在の青年に結婚を約束する。

モスクワへの密使 Mission to Moskow 1943

マイケル・カーティス監督、米、124分、白黒映画。第二次世界大戦中に制作された映画で、反枢軸国で戦っていた同志のソ連を賛美する内容のアメリカ映画。ソ連に行った外交家の著作を元にしており、映画の初めはその著者の解説である。戦時中だから大統領に命令され、欧州各国に行き、ソ連まで行ってスターリンその他、ソ連の要人と会ってきた。欧州の政治家たちはみなソ連を脅威と見ている。実際のソ連はそのような国でないと主張する映画である。

ソ連初期の無声映画『ボリシェヴィキの国におけるウェスト氏の異常な冒険』(1924)をアメリカが進んで作ったような映画である。日本も敵国であったから、日本の外交官を悪く描き、中国でしている残虐行為を訴える場面もある。戦後のマッカッシー旋風による赤狩りとかけ離れている。映画中、ソ連で行われた粛清裁判の場面があって異様に生々しい。

蜘蛛男の恐怖 Horror of spider island 1960

 フリッツ・ベットガー監督、西独製のようだが、英語で米と孤島が舞台、75分、白黒映画。映画の冒頭はニューヨークで踊り子の選抜をしている。シンガポールで興行をするため、興行主はふさわしい踊り子を選定しているのである。結構長い場面で、行くべき女たちが選ばれる。

太平洋上を飛んでいる飛行機は火を吹き、真っ逆さまに海に墜落。救命ボートで興行主と女たちは海を漂う。島を見つける。上陸して小屋がある。入ると網目の向こうに老人の死体があった。ここで研究していたらしい。この小屋を棲み処とする。

興行主が一人で島を歩いていると、木の上から巨大な蜘蛛が襲いかかる。その蜘蛛を殺すものの、男は噛まれたので蜘蛛男になる。女たちは男が帰ってこないので捜しに出かける。その中の一人の女は蜘蛛男に襲われ死ぬ。残りの女たちは死骸を見つけ驚く。島にボートで二人の若い男がやってくる。ここにいた研究者の助手をしていて、戻ってきたのである。女たちが泳いで騒いでいるのを眺める。一人は女に銃で脅され捕まるが、後にもう一人の男も来て、この島から脱出できると言うので、女たちは大いに喜ぶ。夜はパーティで騒ぎ、はしゃぐ。一人の女が男と仲良くなり浜で逢引の約束をするが、蜘蛛男に襲われる。蜘蛛男を見つけた女たちは、男と一緒に蜘蛛男狩りに行く。女の一人が崖の上から落ちて死ぬ。後に蜘蛛男を退治し、女たちは船で島を出る。

2026年5月15日金曜日

秋田麻早子『絵を見る技術』朝日出版社 2019

名画の見方を説明した本である。名画と呼ばれる絵画を見て、それをどう見るのが正しいのか、深く絵画の意味を捕えるにはどうすればよいのか、よく分からないのが実際である。本書はそれを説明している。

絵の主役を捜せ、光や線の集まっている所、準主役がいる絵、角を避けるためにそれを阻止する措置をしている、ジグザグや曲線など視線を誘導する仕掛け。バランスを良くするには重要度も考える、昔は絵具は手作り、貴重だった色、左右の格、対角線と十字線、分割するパターン、横長の絵は正方形になるよう縦線を両方に立てる、などなど絵を読み解く技法の説明が書かれていて、読んでいてためになる本といった感じ。

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』 Project Hail Mary 2021

大絶賛の空想科学小説であるが、自分には合わなかった。こういう分野に自分は興味が薄いのか。語り手、主人公は全くアメリカの映画に出てくる主人公のように自己肯定、自己主張の塊のような人間で、不愉快極まる。アメリカ映画の主人公を見ているとアメリカに生まれなくてよかったと思ってしまう。

太陽を食いつくすバイキンがあって、それを阻止するという話。主人公とその少数の仲間が地球、いや太陽系を助けるという設定で、まるでアサイラム映画だ。上巻の200頁くらいまで読んで、我慢して読み続ける必要を感じず止めた。将来読み返すことがあるかもしれない。

2026年5月8日金曜日

ストリンドベリ『赤い部屋』 1879

スウェーデンの作家ストリンドベリの処女長篇小説。ストリンドベリは戯曲が有名で『令嬢ジュリー』や『父』『稲妻』『死の舞踏』その他の劇がある。日本では戦前の方が、ストリンドベリは良く読まれていたのではないか。近代劇を先導したのは北欧の作家たちで、ノルウェイのイプセンに次ぎ、ストリンドベリの劇は評価されていた。日本でも戦前から劇団運動が盛んで、ストリンドベリが読まれていたのであろう。大正から昭和初めにその著作は独訳からの重訳で出版されていた。当時は独語読みのストリンドベルヒやストリンドベルクといった表記で出ていた。

さてこの『赤い部屋』は作家として世に出ようと決意したアルヴィッド・ファルクという青年と、その友人仲間たち、またアルヴィッドの兄夫婦という俗物らの生活、当時のスウェーデン社会を描いて、19世紀後半のスウェーデンの描写の一例となっている。ストリンドベリは自然主義と言われており、人生や社会の暗い面を辛辣に書いている。最初の方にそれまでアルヴィッドが勤めていた役所の実態が書いてあるが、まるでカフカの世界だ。そのほかの描写でも19世紀後半のスウェーデンはこんなにひどかったのかと思わせる書き方である。スウェーデンの印象と言ったら今世紀になってから移民などの話題があるが、かつては福祉の充実した先進国といったものだったので、余計驚く。ともかく19世紀のスウェーデンを対象にした文学はあまりないので、本書は貴重であろう。スウェーデンに関心があれば勧めたい。本書の書名「赤い部屋」とは当時のストックホルムに実際にあったカフェの名で、小説にも出てくる。

私的な話になるが、この小説の名を知ったきっかけとなったのは、鈴木清順が監督した『悪太郎』(1963)という映画である。大正時代が舞台であるこの映画の中で『赤い部屋』の訳本が出てきて、和泉雅子らが読んでいる。それで自分も読みたくなり、捜したのだが当然ない。図書館で古い訳本を取り寄せてもらった記憶があるのだが、ろくに読めなかった。今回の新訳で最後まで読めて幸いである。

2026年5月6日水曜日

コレヒドール戦記 They were expendable 1945

ジョン・フォード監督、米、135分、白黒映画。第二次世界大戦の初期のフィリピンから始まる。ジョン・ウェインは怪我で敵の巡洋艦攻撃に出られず、くさって病院に入る。そこの看護婦というより士官の女医師と出会い、恋に陥る。敵への攻撃はしたが、味方もやられるという風に戦争場面もあるものの、敵を倒す様子を描いた映画ではない。

上官からオーストリア方面に行くので護衛してくれと頼まれ、南方へ行く。女士官とは別れざるを得なかった。最後はウェインは帰還するため、迎えに来た飛行機に乗って去る。