ダールの短編集『あなたに似た人』に含まれている短編である。殺人が出てくる話なのであるが、このアイデアを松本清張が、短編集『黒い画集』所収の短編『凶器』で借用している。清張自身が短編集のあとがきでそう言っている。
ただダールの作品は、時間経過そのままに書いているが、清張では推理小説らしく、最後の一行で凶器を知る、という書き方である。(ハヤカワ文庫、田口俊樹訳)
ダールの短編集『あなたに似た人』に含まれている短編である。殺人が出てくる話なのであるが、このアイデアを松本清張が、短編集『黒い画集』所収の短編『凶器』で借用している。清張自身が短編集のあとがきでそう言っている。
ただダールの作品は、時間経過そのままに書いているが、清張では推理小説らしく、最後の一行で凶器を知る、という書き方である。(ハヤカワ文庫、田口俊樹訳)
趣味と言えば、例えば何かを蒐集する趣味、芸術等を鑑賞する趣味、また身体を動かす趣味、旅行が趣味など、それ自体がやる人にとって楽しく、目的となっており、生計のための生業でなく、そのために時間とお金を使っている活動、といえようか。書名を見ると、何かの趣味について、その意味合いでも検討しているのかと思ってしまう。しかしそんな本ではない。
著者は経営史が専門の東大教授であったようだ。前半は1950年に雑誌『世界』に連載したとある。その内容は、はしがきに「特殊な商品の希少価値を論じたもの」とある。目次は以下のようである。「葡萄酒の経済学」「スコッチとアメリカン・ウィスキー」「紅茶物語」「ダイヤモンドの価値」「スイスとアメリカの時計」「国際商品としての郵便切手」「美の商人たち」「ペルシャ絨毯の美」「美術蒐集家としての石油人」夫々について経済史的な記述がある。また当時の最新情報もあるが、これらは今となっては古くて意味がない。
ジョゼフ・サージェント監督、米、91分。鮫退治をした夫は亡くなり、今は未亡人となったが、息子が二人いて長男は海洋学者、次男は保安官をしている。その保安官の次男は海に出ていた時に、鮫に襲われ死ぬ。長男は母親をバハマに呼ぶ。母親は鮫が自分ら一家を狙っているという考えに取り付かれている。長男も海に調査で潜っていた時に鮫に襲われるが、逃げおおせた。幼い娘が浜辺近くでボートに乗っている時も鮫は襲ってくる。娘も鮫から逃げられた。
母親は一人、船を操縦し鮫に向かう。知った長男は友人に声をかけ、追う。母親がバハマに来てから付き合ってきた飛行士は、二人を飛行機に乗せ、母親の乗る船に向かう。近くには鮫が来ていた。着水し、母親の乗る船に移る。鮫が来て友人の発明した爆弾状の機械を鮫の口中に投げ込むが、友人も鮫に咥えられた。後に鮫は爆発し、死んだと思っていた友人も生きて戻ってくる。
本書は日本の将来人口が減少していくという、不可避の現実の中でどのように、事態を理解し対応していくべきかを書いている。人口減少は望ましくないから、何としても増加させる必要がある。そのために政府の計画などでは、人口の増加がこのくらいでないと、こうなるといった見通しが示される。望ましい社会となるための出生率があるが、どうみても非現実的である。しかしあるべき姿を論じているのだから、実現しそうでなくともいいというのか。
本書ではあわせて地方の将来人口に対する議論もある。人口の変化の問題は地方でそのまま出てくる。地方も将来人口を国の数字に合わせ、つまり現実的でない値を挙げているが、もちろん実現するとは思っていないであろう。非現実であっても、赤信号みんなで渡れば怖くないの例であろう。
著者は、これまでのなんとしても現実は容認しがたいから、できそうになくとも理想の方向に持っていくべきという政策思考に異議を唱える。例えば、東京一極集中はよくないから是正すべきという理屈に対しても、東京に集まりたいから、その理由があるから集まっているのに、それが望ましくないと言うのはおかしいと言う。人々を強制的に「望ましい」方向へ変えようとする発想は、確かに反経済学的思考である。将来の人口減少に対しても、それは不可避である。だからそれを前提として政策を考えるべきという主張である。
朝日新聞の有志による朝日新聞弾劾の書である。朝日新聞の記者生活の実態を書き、組織の中でどのように記者が腐っているか、を延々と訴える。大きな要素は、社長などの幹部のダメさ、横暴のようである。発行部数の減少数を挙げ、いかに衰退しているか書いているが、この時点での部数など今に比べたら、全く多いので驚くくらいである。大体、新聞業界全体でジリ貧なので、朝日新聞の特有の原因を他社と比較しないと分からない。
本書の発行後、十年以上経っているが、本書の執筆陣はどう対応してきたか、知りたいものである。高給をはみ、エリート意識丸出しの新聞記者は、政治家や官僚と違って批判する媒体もない。そんな傲慢な連中が落ちぶれていって当然である。
エド・アドラム監督、米、80分。古代のドルイド教が復活するため、血を集め、また女王復活に必要な生贄になれる女を捜している。映画の初めでは血まみれの男がヨタヨタ歩き、食堂に入って倒れて死ぬ。病理学者が調べてみると、血が増殖しているらしい。その学者の助手には恋人がいる。ドルイド教は農夫を使って血を集めている。その一人が助手の恋人が飼っている犬に襲われて、これを殺し、血を抜く。犬の死骸を見た恋人は失神する。
ドルイド教は女王を復活させる儀式を執り行いたい。それには生贄の若い女が必要で、その資格に助手の恋人が当てはまり、病理学者と共に攫われる。儀式の最中、やってきた助手は学者の指示で開発した液を女王にふりかけると、女王もドルイド教徒も凡て倒れる。恋人と学者は助かった。啞然とするほどつまらない映画である。
ミシェル・ボワロン監督、仏伊、92分、ブリジット・バルドー主演。バルドーは歯科医と恋愛結婚をする。仲違いして一時的に離れていた時、夫はダンス学校の女講師に誘惑されてその家に行く。その際に写真を撮られ、恐喝される。バルドーがそのダンス学校に行くと、女講師は殺されていた。夫に容疑がかかる。バルドーが夫を救うべく活躍する映画である。ダンス学校に雇われて忍び込むバルドー。ダンス場面があってバルドーのダンスが楽しめる映画。