2026年3月7日土曜日

要心無用 Safety last! 1923

F・C・ニューメイヤー、S・テイラー監督、米、73分、無声映画、ハロルド・ロイド主演。ロイドは恋人と別れ、田舎から都会に出て百貨店に勤める。恋人には偉くなったような手紙を書くが、実際は平の売り場担当である。その恋人が都会にやって来てロイドの百貨店に来る。いかに自分が偉いか見せるため、あの手この手の工夫をする。ロイドは馘を言い渡される。

社長と部下が話し、百貨店を有名にする宣伝を出来た者には大金を支払うという話を耳に挟み、さっそくそれを実行すると申し出る。百貨店の壁を屋上まで登るというのである。予め予告していたため、多くの人々が見に集まる。ロイドは高い所に登るのが得意な友人に、2階以上は代わってもらうという約束をした。ところがその友人が警官に追われ、なかなかロイドと交替できない。とうとうロイドは屋上までのビルの壁を登らざるを得なくなる。途中で時計にぶら下がる場面は有名である。屋上にたどり着き、恋人と法要接吻する。

2026年3月6日金曜日

詩人の血 Le sang d’un le poete 1932

ジャン・コクトー監督、仏、50分。前衛映画の代表作。フランス革命当時の貴族のような鬘をしている男がカンバスに顔の線画を描いている。その絵の口が動く、その部分を消す。すると今度は画家の手の平に口が現れる。女の古い胸像があってその口に手を当てると、像は生き始め、男に壁にかかっている大きな鏡に飛び込めと言う。水が張ってある鏡の枠の中に飛び込む。ホテルの廊下で鍵穴から部屋の中を除く。メキシコ人が銃で倒れ、フィルムを逆回しで元の位置に戻る。少女が部屋の上の方、天井に這っていく。銃で自分の頭を撃つ男が出てくる。最後の方では胸像から生れ出た女とテーブルに座る若い男が銃でこめかみを撃ち死ぬ。

アンダルシアの犬 Un chien Andalou 1928

ルイス・ブニュエル監督、脚本にダリ参加、フランス、21(15)分、無声映画。冒頭の女の目を剃刀で切る場面から、非現実的映像が続く、非現実主義映画の代表作。

手の平に出入りする蟻、女と男の絡み、自転車に乗る道化風の衣装を来た男の転倒、人間の片腕を杖でつつく、若い女が車道で轢かれる、男同士の部屋での争い、一人が引きずる多くの物、その中には驢馬の死体が乗ったピアノなど。海辺の男女、砂の中に埋まる等々、現実離れした画面の連続の映画である。なおインターネットには上映時間21分とあるがIVCのDVDでは15分のみだった。

2026年3月5日木曜日

事件記者『仮面の脅迫』 昭和34年

山崎徳次郎監督、日活、57分、白黒映画。警視庁の記者クラブに強盗という知らせがあって駆けつけると、家庭内の狂言強盗だった。腐って帰る途中、痴漢が調べられている事件に出くわす。映画館で女の手を握ったというのは病院勤めの薬剤師だった。この事件を派手に書いて記事にする。ところがその後これが人違いの冤罪だったと分かる。

病院の事務長は記者クラブに怒鳴り込んでくる。謝罪記事を三段抜きで書けというのである。冤罪の薬剤師は顔向けできず家族も非難されているとか。新聞社は考慮すると返事する。この事務長は冤罪の被害者になった薬剤師に会って、自分に任せとけと言う。薬剤師自身は気弱で強く主張する気もない。記者が薬剤師に会って謝罪しようとするのだが、行方不明になっている。薬剤師の恋人である看護婦に会う。彼女も薬剤師を捜している。

その薬剤師の死体が見つかる。直前に記者クラブに自殺するという電話をかけてきた。しかし調べると自殺でなく、他殺と分かる。あの事務長は看護婦に横恋慕しており、薬剤師を消すため、痴漢被害に会ったと騒ぐ女を使い、薬剤師を陥れていた。更に看護婦も自分になびかないので、殺すつもりでホテルに呼び出す。共謀した女も毒殺しようとしていて、それに気づいた女は拳銃を取り出し、事務長に何発もぶっ放したのは、警察がやってきた時だった。

2026年3月4日水曜日

アイヴィー Ivy 1947

サム・ウッド監督、米、98分、白黒映画、ジョーン・フォンティーン主演。フォンティーン扮するアイヴィーは既婚であるが浪費家で、他に好きになっている男がいる。二人いて一人は船乗りで、もう一人は医者である。医者はアイヴィーが好きでたまらず家にまで電話をかけてくる。密かに医者宅で二人は会う。

夫がいなくなればという話になり、アイヴィーは医者宅にある毒物を持ち出す。それを夫の飲料に入れる。調子が悪くなったが大事に至らなかった。後に気分が悪くなり医者(愛人でない別の)を呼ぶ。医者は夫は大丈夫だと保証する。後にアイヴィー宅に愛人の医者がやってくる。夫とも知り合いである。話した後、医者は帰る。その後、夫は亡くなる。警察は事件の疑いありと検死する。毒死と分かり、直前に会った愛人の医者に疑いがかかる。裁判になる。アイヴィーが証言し、医者に不利な発言をする。医者はそれを聞いて、自分は有罪だと宣する。

医者の私刑は明日に迫る。警察は元よりアイヴィーが怪しいと見ていて証拠品を捜していた。見つかって医者の死刑は延期になる。アイヴィーは証拠品を取りに自宅に戻るが、ない。エレベーター用の吹き抜けから誤って墜落する。

2026年3月2日月曜日

丸山眞男書簡集2 1974-1979 みすず書房 2004

丸山眞男に対する批判として時々数学者志村五郎の名が挙がる。その志村の批判の元になったのではないかと思われる、丸山の小尾俊人(みすず書房創業者)あての書簡が入っている。そこで丸山はプリンストン滞在中に世話になった志村に触れ、

「・・・非常に趣味と関心が広い反面、自信過剰で、政治=社会問題について平気でピントの狂ったことをいい、「第一級の専門家でも、一たび専門以外のことを発信する場合は一言も信用してはいけない」というレーニンの言葉を思い出しました。」(本書p.63)

と書いているのである。丸山の死後、2004年にこの書簡集が出て、それを読んだ志村は怒り、その著『鳥のように』(筑摩書房、2010)所収の「丸山眞男という人」という文で、仕返しをしている。(『鳥のように』のレビューで少し詳しく書いた)

さてこの書簡集全体を読んで気づいたところは、まず丸山が贈呈された本について御礼の手紙をいちいち書いている点である。もちろん書かなかった場合もあるだろうが、それは分からない。実は思い起こすと著書を贈呈された経験は自分にもあるが、御礼の手紙など書こうという気なぞ起きなかった。この丸山の律儀な態度(というより自分が非常識か)に感心したのである。またかねてより友人関係にある婦人方との書簡である。こういう交友もあった、と分かっても何も丸山理解に資するものでないが、自分としては面白く感じた。


2026年2月28日土曜日

ジョージ・オーウェル『リア王・トルストイ・道化』 1947

トルストイはシェイクスピアの劇に退屈と反発を感じ、『リア王』を例にとって、いかにシェイクスピアがつまらない劇を書き、過大評価されているかを論じた。それに対するオーウェルの反論である。オーウェルはトルストイの指摘が間違っているとも示しているが、そもそも論としてトルストイが言うようにシェイクスピアの劇は本当はつまらないのに、高い評価を受けているのは偉い人がほめるからただそれに従っているのだ、という考えに反論している。優れているかどうかは、多くの人に長い間、読まれ続けるかによって決まると言う。

更に面白いのは、オーウェルに言わせるとリア王とトルストイはよく似ている。外見もそうだが、自分の思うままに振舞って、それは確かに一見立派に見えるものの(王位を譲る、自分の著作権や財産を放棄する)、その行為によって周りがちっとも自分の思うように反応しないので、怒り狂う態度である。そういったリア王、トルストイの比較論をしている。(オーウェル評論集2、平凡社、2009)