2026年4月24日金曜日

愚か者の船 Ship of fools 1965

スタンリー・クレイマー監督、米、150分、白黒映画。舞台は1933年でドイツの客船がメキシコから出航する。その船上で起こる様々な人間の群像劇。有名な俳優としてシモーヌ・シニョレ、ヴィヴィアン・リー、リー・マーヴィンらが出ている。

特に主人公と言える者はいないが、シモーヌ・シニョレと船医の間に恋が芽生え、それが比較的大きい要素。シニョレは伯爵夫人と呼ばれ、島に着いたら収容所に入れられるらしい。船医は重病を持ち、家族との絆は切れている。ヴィヴィアン・リーは退廃的な雰囲気の婦人で、特に大きな事件が起こすわけでない。マーヴィンは女たちを買おうとする。

芸術家の夫婦がいていつも意見が合わず喧嘩をしている。小人の物知り男、ユダヤ人などの他、妻がユダヤ人だというので差別される男がいて、大声で抗議する。金がないので叔父を脅迫して取ろうとする若い男。途中から乗ってきた何百人というラテン系の労働者たち、仕事がなくなったので帰郷するのである。その中の一人の男はナイフで彫刻を彫るのが得意だが、海に落ちた犬を助けに飛び込み死ぬ。シニョレが途中の島で降り、船医も一緒に降りようとしたが止め、後に船上で病気のため死ぬ。船が港に着き、乗客らが下船するところで終わり。

2026年4月23日木曜日

戦争と母性 Pilgrimage 1933

ジョン・フォード監督、米、96分。アメリカの田舎町。青年が老いた母親と住んでいる。青年は隣家の若い娘と相思の仲である。しかし母親は娘との付き合いも結婚も許さない。自分を捨てて行くのは許せない。おりしも戦争中である。青年は志願したいと言っており、娘も母親も最初は反対していたが、母親は娘に息子を取られるくらいならと、自分から志願の手続きをする。青年は出征する前に娘と駅で会い、妊娠していると聞かされる。フランスの戦線に行く。母親のところへ息子が戦死したと連絡が来る。

10年経つ。生まれた赤ん坊は少年に成長している。未だに母親は娘や子供と付き合いしていない。息子を戦争で亡くした母親たちに政府の事業で、フランスに行く。母親は夜に橋で酔っぱらった若い男が、身投げでもするように見えて止める。タクシーでその男のホテルに連れていく。男はアメリカ人で、フランス娘との結婚を母親が許さないので絶望していた。母親は男の母親に会いに行く。ホテルで説得し、フランス娘との結婚を承諾させる。母親は米の田舎に戻ってくる。自分が今まで付き合っていなかった、息子の相手の家に行き抱きしめ、孫からも祖母と呼んでもらえる。

2026年4月22日水曜日

吉本隆明『13歳は二度あるか』だいわ文庫 2013

評論家の吉本隆明が13歳の少年に向けて、人生の生き方を自分の体験を通して語る。まず新聞を読めと言う。世の中が分かるから。人間のあり方は「個人としての個人」と「社会的な個人」という側面がある。後者は社会と交わる時の個人の側面である。さぼっている者がいたとしても黙って自分の仕事をすべきである。人間は強制では動かせない。自由な意思だけが人を動かす。「家族の一員としての個人」という、個人と社会をつなぐ面がある。

更に宗教、法律、国家がどういうものか述べる。次いで犯罪や死について述べる。なぜ人を殺してはいけないかという問いがあれば、自分で自分を殺してみればいいと答える。死が近くなると、死は自分のものでなく、周りの者の物になる。延命治療すべきかといった判断、死を納得するかなど、自分でなく周りの人間の物になる。また死は生の最終時点でなく、生と共にあるものであると言っている。生まれた時から生を照らし出すものが死だというのである。戦争について自分の体験から語る。最後に人間は自分の生まれた時代を引き受けて行くしかないと述べている。

人はなぜラブレターを書くのか 令和8年

石井裕也監督、東宝、122分。綾瀬はるかは食事屋をやり、夫、娘がいるが癌に侵されている。昔の時代に戻る。通学列車で好きな男に毎日会っている。その男子は進学校に通い、ボクシングも練習している。ボクシングの先輩はチャンピオンになると言っている。お互いに名前も知らず、男子は地下鉄事故で死ぬ。

綾瀬は大人になってから死んだかつての恋人あてのラブレターを書く。それを死んだ男子の両親が見て喜び、返信する。ボクシングの先輩は試合に勝ち、チャンピオンになる。綾瀬の娘は医者になると宣言する。綾瀬が死んだ後、娘が医学部受験に行くところで映画は終わり。

2026年4月20日月曜日

事件記者 真夜中の目撃者 昭和34年

山崎徳次郎監督、日活、52分、白黒映画。女の郵便局員が知り合いの男からクリスマスのケーキをもらう。同僚と帰る時、都電の停車場にそのケーキを置き忘れてしまった。そのケーキを見つけたタクシーの運転手は食って、後に運転中に死ぬ。ケーキの箱を見つけた警察はそのケーキに毒物が入っていると知った。

また郵便局に夜、二人組の強盗が入った。宿直の男を殺して逃げる。女の郵便局員は二階で強盗の名を聞く。新聞でタクシー事件を読んだ、ケーキを渡した男は驚く。その男は郵便局強盗の一人で郵便局侵入のため、局員に眠り薬入りのケーキを渡したつもりだった。それが毒薬だったのだ。郵便局侵入の男の名が新聞に出ている。知らずに毒入りケーキを渡した男は警察に行くと言いだし、仲間の男から刺される。郵便局員の女が来て介護する。強盗の男は高跳びを計るが、駅で警察から追われ、列車に轢かれる。

事件記者 狙われた十代 昭和35年

山崎徳次郎監督、日活、47分、白黒映画。深夜の神宮外苑で、若者たちがオートバイの競争をしている。賭けをしている。若い男はオートバイを借りて競争に参加した。人をはねてしまった。そのオートバイの持主で賭けの胴元をしている男は、若い男に大金を寄こせと脅す。若い男は姉の貯金通帳を盗もうとして、元軍人の父親に見つかりどやされる。その隙に、胴元の男は父親の拳銃を居間から盗む。

その拳銃で駅を襲い、来た警官を射殺してしまう。拳銃から胴元である前科のある男だと犯人は分かる。父親の軍人は警察に出かけて話す。オートバイ競争仲間にもぐりこんだ新聞記者は若い男に、はねた男は死んでいないと知らせる。記者の通報で警察がやってきて悪党どもは捕まる。

燃える平原児 Flamming star 1960

ドン・シーゲル監督、米、92分、総天然色、エルヴィス・プレスリー主演。西部に住むプレスリーの母親はインディアンである。父親が白人で、兄は前妻との子供、プレスリーは父親が再婚したインディアンが産んだ子である。インディアンが町を襲う。町人はプレスリーの家はインディアンがいるから襲われないだろうと嫌味を言う。

インディアンの若者はプレスリーのところに来て、仲間であると言う。母親はインディアンの部落に行って話をつけたいと言い、プレスリーと出かける。しかしもうインディアンの部落は母親を仲間と思っていなかった。気落ちして帰る途中、白人に銃撃され母親は負傷する。その白人をプレスリーはやっつける。帰宅して町に医者を呼びに兄弟は行く。しかし町人は医者を行かせない。後からプレスリーは強硬な手段で医者を連れてくる。しかし母親はもう死んでいた。プレスリーは医者が早く来なかったからだと医者に八つ当たりする。

インディアンの仲間になると行って出ていく。部落で歓迎される。父親はインディアンに襲われ、戦って殺された。プレスリーの兄が見つけ、死体を運ぶ。その兄もインディアンとの戦いで負傷した。プレスリーはインディアンの仲間から抜け出し、怪我をしている兄を助け出す。インディアンとも戦い、何人も倒す。プレスリーは負傷した兄を馬に乗せ、町に送り治療させる。後にプレスリーが町に来る。プレスリーは兄が大丈夫かだけ確かめに来た、と言って去る。