2026年8月4日火曜日

フローベール『感情教育』 L’education sentimentale 1864-1869

19世紀前半のフランス、主人公のフレデリック・モローは田舎からパリに出てきて、アルヌー夫人という女に激しく恋する。それだけでなく他の若い女と同棲し子供を作り、更に地位のある男が死んだ後、その未亡人との結婚を目論み、財産を手に入れようとする。また田舎にはフレデリックと結婚する予定の女がいる。友人には、若く、名を上げようとする男たちが多くいる。後半では2月革命の描写がある。

現代人には歴史である、19世紀フランスの実際を主人公が体験する諸事によって、どんな社会であったかの例を見ることが出来る。『暗夜行路』に登場する若い男の行動から大正時代の様子が分かるように。それにしても『感情教育』は『ボヴァリー夫人』以上に退屈な小説で、写実主義の大家、フローベールの作品だからその退屈さも、高い評価につながっているのだろう。

2026年8月3日月曜日

機動捜査班 東京危険地帯 昭和36年

小杉勇監督、日活、68分、白黒映画。張り合う暴力団の一つが、もう一つ組の島を乗っ取ろうと図っている。内田良平の組はあまり大した勢力ではないが、その両者の間で漁夫の利を選ろうとする。一つの組のボスが内田に働きかけ、もう一つの暴力団を潰そうとする。内田は承知したが、その相手の組に行き、今度はその暴力団と組んで、敵の暴力団を潰そうと言い出す。

その資金源として贋の株式証券を作った。印刷した会社に内田は乗り込み、相手を殺し原版を破壊する。更にこの株式の売りさばきに使った者らを車に乗せ、銃殺及び崖から転落死させる。偽の株券はすぐに発覚した。別の件で捕えていた暴力団員から、贋株式の作成した暴力団を聞き、一斉に検挙する。またもう一つの暴力団にも手が回り、内田は金を持って、情婦の香月美奈子と車で千葉方面に逃走する。この追っかけと浜辺での内田と警察との撃ち合いなどが最後にある。

ワーロック Warlock 1959

エドワード・ドミトリク監督、米、122分。リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン出演。ウォーロックという西部の町はならず者たちに支配されていた。平和を取り戻すため、放浪保安官ともいうべきヘンリー・フォンダを呼ぼうと町では考える。有能だが報酬目当てで町から町へ、保安官をして放浪している。相棒がアンソニー・クインで、良くない男である。

悪党の一味にリチャード・ウィドマークがいて、弟もその仲間で、ウィドマークは悪党連中から抜け出そうとしている。フォンダがやってきて保安官になり、クインは酒場兼宿屋を経営する。町に若い女が来る。以前、フォンダやクインと知り合いで因縁がある。この女はウィドマークと恋仲になる。フォンダは悪党一味に立ち向かい、以前のように勝手にさせない。またこの町の女と好き合い、婚約する。町ではフォンダ以外の保安官を町の中から募集し、ウィドマークが立候補して副保安官となる。町にウィドマークの弟と仲間が来る。フォンダに向かおうとする。ウィドマークは止める。しかし弟は聞かず、フォンダと撃ち合いで斃れる。

ウィドマークはかつて仲間として加わっていた悪党一味の家に行き、もうウォーロックに来るなと言う。相手のボスは怒り、ウィドマークの手をナイフで刺し、ひどい傷を負わせる。傷の手当はするが、銃がうまく使えない。フォンダが来て、悪党一味との闘いに手助けしようかと申し出るが、ウィドマークは断る。悪党一味が町にやって来た時、ウィドマークは何とか相手方を倒す。これで悪党一味は実質的になくなった。後にクインが暴れ、フォンダはやむやく殺す。相棒を失ったフォンダは抜け殻になり、婚約者を置いて町から一人去っていく。

2026年8月2日日曜日

村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』新潮文庫 平成22年

一人称小説である。不思議なエレベーターに乗ってどこかに運ばれる。初めの方は全くカフカそのままである。カフカの名を冠した小説を書いている著者であるから、大いに影響されたのであろう。そえから女に従って目的の方へ行く。この辺りはよくある空想科学映画に出てくる風景である。わたしは小説の中だけの特殊な知識があって、それを老人の学者から頼まれる。

わたしは、ソファについて蘊蓄を傾け、座って心地よいソファがあまりないという。次いでサンドイッチにも造詣が深く、これほどうまいサンドイッチはそうそうないとか言う。よほどサンドイッチを良く食ってその味にうるさい者なのだろう。こういった作者の代弁なのか、偉そうな文章を読んでいて、すっかり嫌になり、読むのを止めた。これほどつまらない小説はそうそうあるものではない。

高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』講談社学芸文庫 1997

昭和56年に公表された著者の処女作。わたしという語り手による一人称小説。以前、わたしはある女と一緒に住み、女の子が生まれた。その女の子を可愛がるが、死んでしまう。女もどこかにいってしまった。今はソングブック(S・B)という女と、猫のヘンリー四世と一緒に暮らしている。わたしは詩の学校で詩を教えている。色んな生徒が来る。またギャングたちが登場し、警察との撃ち合いで殺される。普通の小説とは異なり、軽い調子で書かれており、一読して印象が鮮明な小説である。

2026年7月31日金曜日

機動捜査班 都会の牙 昭和36年

小杉勇監督、日活、73分、白黒映画。白タクの運転手が縄張りの暴力団から暴行を受けている。白タクを仕切っているボスの内田良平は、上のボスから指示を受ける。官庁と違法取引があって、その課長を消し、名簿を奪って来いと。この仕事を白タクの運転手にやらせる。また情報屋がいて、色々内部情報を探り、売って金を手に入れている。白タクの運転手は男を轢き、鞄を手に入れたが、白バイから追われる。その時、情報屋は警官を殴り、運転手を助ける。

助けたのは運転手から情報を取り入れるためだった。運転手は内田の指示で行なったと話し、情報屋はこれをテープに録音し、内田をゆする。金か警察に売るか。しかし内田は殺し屋を使い運転手を殺し、その死体を見つけた情報屋と仲間が死体を運ぶ場面を写真に撮っていた。これで情報屋はゆすれなくなった。情報屋は、モデルの香月美奈子と知り合い、鞄を預ける。警察では上司となった課長が内田と仲が良いと聞き、刑事の一人は辞めたくなる。

情報屋は預けた鞄を見ると、中の書類がない。香月は焼いたと答える。彼女は轢き殺された男の娘で、違法行為をしている父親の名が書いてある名簿を処分したかったと言う。情報屋は内田に名簿と引き換えに大金を要求する。波止場に贋の名簿を持って現れた情報屋は、内田の部下に蜂の巣にされる。香月の情報で警察が波止場に向かい、悪漢どもを一網打尽にする。香月はバッグから名簿を取り出し、刑事に渡す。処分していなかったのだ。

原直人『アベノミクスは何を殺したか』朝日新書 2023

アベノミクスと呼ばれた安倍晋三政権の経済政策、それを金融面から支援した、というよりその主砲となった黒田日銀総裁による異次元金融緩和の開始から10年過ぎた。その成果は当初期待されていたようなものではなかった。特にデフレからの脱却をするというのが、今世紀になってから経済政策の唯一の目標となった感がある。現在から見れば成果を果たせなかったのは、そもそも目標自体とその手段の不適切さがであり、それが批判されるようになっている。そこで10年後にアベノミクス批判を行なったのが本書である。

書名が『アベノミクスは何を殺したか』となっているように公正に批判しようとするのではなく、糾弾するという姿勢である。これは編者が朝日新聞であるからそうなったのであろう。形式は編者が質問し、識者が答えるインタビューで進む。登場する論者の中には元日銀総裁や職員がいて当時の日銀内での状況を伝えている。組織の職員は基本的に上から言われたことをやるしかない。もちろん意見は言えるし、それで議論になることもあろう。しかし一国の最高責任者から降りてきた指令は、従うしかない。しかも今では誤りだと分かっているが、当時はどうなるか分からなかったわけである。日本全体の雰囲気は、アベノミクス、異次元金融緩和を支持していたのが当時の実際である。

組織の個々の職員がまるで一国、また組織と異なる方針を意見していれば、それが通ったかのように言っても意味がない。アベノミクスの評価にしてもこの編者は頭ごなしに否定しているが、これでは丸抱えでアベノミクス万歳を叫んでいる者と同じである。個々の政策について是々非々を分析しなければ、今後の政策に活かしていけない。