2026年8月8日土曜日

機動捜査班 無法地帯 昭和37年

小杉勇監督、日活、64分、白黒映画。暴力団の経営するキャバレーで殴り込みがあるというので、その組の前で警視庁の車は見張っている。三人いた組の者のうち二人が車でキャバレーに向かったので、警察もそれを追う。その間、残った男が侵入者に射殺された。男を殺すための偽の殴り込み情報だった。殺した男を追っていくうち、銃の件で以前の神戸の殺人事件と関連があるのではないかと疑いが出てきた。

可能性のある男はあるバーで働いていると言う。そこに行くともう辞めていた。刑事はそのバーのマダムが自分の田舎にいた女と似ていると気づく。黒幕は神戸からやって来た悪党で、東京で地盤を築くため、暴力団を潰す予定だった。それで暴力団の一人を殺させたが、下手人の男も殺す。暴力団の他の二人も、地盤と交換に金を取るつもりだったが、悪党に殺される。警察は悪党の仕業と分かったので、手入れにくる。悪党は女と一緒に車で逃げる。それを空からヘリコプターで追う。最後に捕まえる。一緒の女、刑事と同郷だった田舎へ帰させる。

2026年8月5日水曜日

機動捜査班 暴力 昭和36年

小杉勇監督、日活、79分、白黒映画。暴力団同士の相手を潰そうとする闘争というお馴染みの設定。暴力団のところに警察の手入れがあり、隠し持っていた銃を押収する。米軍基地から出たトラックは途中で襲われ、運転手は殺され、積荷にあった銃を盗まれる。

張り合う暴力団は元々は一つの組の子分同士だった。その元の組の親分は落ちぶれ、酒浸りになっている。その息子も網走刑務所で死んだ。そこで同室だった男が銃を奪って、暴力団に銃を斡旋しようとする。男は元親分宅に行き、息子と刑務所で同室だったので助けたい、元の組を盛り返したいと言う。元親分の娘(清水まゆみ)はそんな申し出を断り、もう暴力団とは関わりたくないと答える。男はチンピラを使って暴力団同士の闘いをさせるつもりだった。しかしチンピラが店の店主を脅し、警察に捕まる。警察は銃の斡旋をしている男を捕まえるべく追う。追っかけと銃の撃ち合い、逮捕というお馴染みの展開で終わる。

2026年8月4日火曜日

フローベール『感情教育』 L’education sentimentale 1864-1869

19世紀前半のフランス、主人公のフレデリック・モローは田舎からパリに出てきて、アルヌー夫人という女に激しく恋する。それだけでなく他の若い女と同棲し子供を作り、更に地位のある男が死んだ後、その未亡人との結婚を目論み、財産を手に入れようとする。また田舎にはフレデリックと結婚する予定の女がいる。友人には、若く、名を上げようとする男たちが多くいる。後半では2月革命の描写がある。

現代人には歴史である、19世紀フランスの実際を主人公が体験する諸事によって、どんな社会であったかの例を見ることが出来る。『暗夜行路』に登場する若い男の行動から大正時代の様子が分かるように。それにしても『感情教育』は『ボヴァリー夫人』以上に退屈な小説で、写実主義の大家、フローベールの作品だからその退屈さも、高い評価につながっているのだろう。

2026年8月3日月曜日

機動捜査班 東京危険地帯 昭和36年

小杉勇監督、日活、68分、白黒映画。張り合う暴力団の一つが、もう一つ組の島を乗っ取ろうと図っている。内田良平の組はあまり大した勢力ではないが、その両者の間で漁夫の利を選ろうとする。一つの組のボスが内田に働きかけ、もう一つの暴力団を潰そうとする。内田は承知したが、その相手の組に行き、今度はその暴力団と組んで、敵の暴力団を潰そうと言い出す。

その資金源として贋の株式証券を作った。印刷した会社に内田は乗り込み、相手を殺し原版を破壊する。更にこの株式の売りさばきに使った者らを車に乗せ、銃殺及び崖から転落死させる。偽の株券はすぐに発覚した。別の件で捕えていた暴力団員から、贋株式の作成した暴力団を聞き、一斉に検挙する。またもう一つの暴力団にも手が回り、内田は金を持って、情婦の香月美奈子と車で千葉方面に逃走する。この追っかけと浜辺での内田と警察との撃ち合いなどが最後にある。

ワーロック Warlock 1959

エドワード・ドミトリク監督、米、122分。リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン出演。ウォーロックという西部の町はならず者たちに支配されていた。平和を取り戻すため、放浪保安官ともいうべきヘンリー・フォンダを呼ぼうと町では考える。有能だが報酬目当てで町から町へ、保安官をして放浪している。相棒がアンソニー・クインで、良くない男である。

悪党の一味にリチャード・ウィドマークがいて、弟もその仲間で、ウィドマークは悪党連中から抜け出そうとしている。フォンダがやってきて保安官になり、クインは酒場兼宿屋を経営する。町に若い女が来る。以前、フォンダやクインと知り合いで因縁がある。この女はウィドマークと恋仲になる。フォンダは悪党一味に立ち向かい、以前のように勝手にさせない。またこの町の女と好き合い、婚約する。町ではフォンダ以外の保安官を町の中から募集し、ウィドマークが立候補して副保安官となる。町にウィドマークの弟と仲間が来る。フォンダに向かおうとする。ウィドマークは止める。しかし弟は聞かず、フォンダと撃ち合いで斃れる。

ウィドマークはかつて仲間として加わっていた悪党一味の家に行き、もうウォーロックに来るなと言う。相手のボスは怒り、ウィドマークの手をナイフで刺し、ひどい傷を負わせる。傷の手当はするが、銃がうまく使えない。フォンダが来て、悪党一味との闘いに手助けしようかと申し出るが、ウィドマークは断る。悪党一味が町にやって来た時、ウィドマークは何とか相手方を倒す。これで悪党一味は実質的になくなった。後にクインが暴れ、フォンダはやむやく殺す。相棒を失ったフォンダは抜け殻になり、婚約者を置いて町から一人去っていく。

2026年8月2日日曜日

村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』新潮文庫 平成22年

一人称小説である。不思議なエレベーターに乗ってどこかに運ばれる。初めの方は全くカフカそのままである。カフカの名を冠した小説を書いている著者であるから、大いに影響されたのであろう。そえから女に従って目的の方へ行く。この辺りはよくある空想科学映画に出てくる風景である。わたしは小説の中だけの特殊な知識があって、それを老人の学者から頼まれる。

わたしは、ソファについて蘊蓄を傾け、座って心地よいソファがあまりないという。次いでサンドイッチにも造詣が深く、これほどうまいサンドイッチはそうそうないとか言う。よほどサンドイッチを良く食ってその味にうるさい者なのだろう。こういった作者の代弁なのか、偉そうな文章を読んでいて、すっかり嫌になり、読むのを止めた。これほどつまらない小説はそうそうあるものではない。

高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』講談社学芸文庫 1997

昭和56年に公表された著者の処女作。わたしという語り手による一人称小説。以前、わたしはある女と一緒に住み、女の子が生まれた。その女の子を可愛がるが、死んでしまう。女もどこかにいってしまった。今はソングブック(S・B)という女と、猫のヘンリー四世と一緒に暮らしている。わたしは詩の学校で詩を教えている。色んな生徒が来る。またギャングたちが登場し、警察との撃ち合いで殺される。普通の小説とは異なり、軽い調子で書かれており、一読して印象が鮮明な小説である。