2026年6月15日月曜日

サイモン・ブレット『死のようにロマンティック』 Dead romantic 1985

我孫子武丸『殺戮にいたる病』のレビューに、この作品と似ていると言っているものがあった。『殺戮にいたる病』はなぜかベストセラーになっているらしいが、単に気色の悪い描写の多い猟奇殺人犯罪小説に過ぎない。このイギリスの小説を読んで、どこが似ているんだとしか思えなかった。少し考えて、多分、作者が読者に犯人を騙そうとする書き方をしているところかと思った。推理小説好きはトリックしか関心がないので、それ以外の小説のあり様に何の興味もないらしい。小説全体に関心のある読み方であれば、全く違う感想を持つ。

次のような内容である。1980年代のイギリスのブライトンというまちが舞台。そこの語学学校の教師である女は、30台後半だが独身でかなり空想的な性癖である。この学校に男の教師が赴任してくる。既婚者だが、女と男は相思の間柄になる。この女教師の生徒である18歳の童貞の若者(子供のような感じ)は、女教師に対して熱烈に恋をしている。同年代の若い子にも少し関心があるが、良心のかけらもない友人にこの女友達を寝取られたと思い悩む。それより憧れの女教師が男の同僚と恋人と分かって怒る。

途中で娼婦の殺人事件が起こる。何も名前を書いてなくて、読者に誰かと思わせるような書き方である。若者は女教師とその恋人が一緒に泊まろうと計画してるのを知り、何としても阻止すべく女教師の車を猛スピードで追いかける。そのため警察に捕まってしまう。ホテルに着いていよいよ事に及びそうになると男は乱暴を働き、女はたまたまあったナイフで刺して殺す。実は男は連続殺人犯で娼婦殺しもしていた。独身なのに既婚のように装っていた。女教師はその後も教師を続け、何の嫌疑もかからなかった。警察も男が連続殺人犯であると分かったので、逆に娼婦に殺されたのだろうと見当をつけて終わった。

2026年6月12日金曜日

西尾幹二『国民の歴史』 西尾幹二全集第18巻 平成29年

独文学者の西尾による本書は平成11年に刊行された。日本で主流の左翼的歴史観に真向から反対するその記述は多くの議論を呼んだ。その後文庫化され、西尾の全集に収められた際には、過去の批判への対応などが書かれている。

本書は左翼的歴史書ではないが、だからと言って書名から連想されるような通史ではない。著者の歴史観を述べた書である。だから古代については多く述べられているが、その後の歴史展開を追った書ではない。これまで日本で主流だった左翼の歴史観に対する批判が非常に多い。そういうわけで本書を多くある日本史を、保守的な観点から書いた本と思わないように。

2026年6月9日火曜日

アンリ・カルティエ=ブレッソン『The decisive moment』 2024

別に写真に凝っているわけではないが、何年も前、仏の写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集『決定的瞬間』は、古典だと聞いた。それでAmazonでかなり高価だったが注文した。英の書店で、到着まで随分時間がかかるはずだった。ところがかなり経ってから注文が一方的にキャンセルされた。理由も何もなく販売元からキャンセルされたのは後にも先にもなく、この時だけである。それからこの写真家に当時は未練があったのか、『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成 国際共同出版』という岩波書店から発売されていた本を買った。これも自分が買う本では高かった。

その後かなり経ち、この写真家を忘れ始めていた。ところが先月たまたまAmazonでこのThe decisive momentを売っているのを見つけた。それで注文した。昔よりは値段が安い。半月ほどして届いた。包装を開けてまず思ったのは「小さい!」であり、若干驚いた。写真集てのは大型本が多いではないか。元々この大きさだったのかと思ったりしたが、調べてみるとこれは2024年に発売された新版であり、大きさを以前の物より小さくしたと分かった。届いた本は23cm×18cmで、菊判より若干大きいくらい。元の本は37cm×27cmくらいあるらしい。横幅が今度の本の縦の長さより長い。持ち運びしやすいし、場所も取らないという利点はあるが、このコンパクト化に対して、外国のレビューを見るとカンカンになって怒っているものがある。

内容は次の様になっている。まずカルティエ=ブレッソンによる前書きがある。写真の部は西洋篇と東洋篇に分かれる。西洋篇では#1から#63まで写真があり、その後、各写真のキャプションがある。いつ、どこで撮ったかの情報の後、写真によっては説明がある。多分一番有名な、水が張っていて、梯子が横たわっているところを男が跳んでいる写真については、どういう状況での撮影か書いてある。西洋篇の後は東洋篇が#64から#126まであって、キャプションがある。その後は、写真家への注や本が出来た経緯を他の人が書いている。なお頁数が振ってあるのは写真の頁だけで(p.126 まで)、それ以外の頁には頁数はない。元々この本は70年以上前の出版で、写真が撮られたのは戦前から1950 年頃までである。共産革命直前の中国の写真が幾つかあって、それらを見ていると古い時代の撮影と、余計実感する。非西洋では服装が変わっているから。西洋は昔から洋服を着ているので今と連続している。

2026年6月5日金曜日

もしも徳川家康が総理大臣になったら 令和6年

武内英樹監督、東宝、110分、浜辺美波ほか。新型コロナ時の日本が舞台、総理大臣がコロナで急死する。代わりの総理はじめ閣僚を、AI技術によって昔の偉人たちを出現させてやらせる。総理大臣が徳川家康、官房長官を坂本龍馬、財務大臣を豊臣秀吉、経産大臣を織田信長、その他、紫式部や徳川綱吉、北条政子などが出現し、各大臣の地位につく。記者をしている浜辺は特に坂本龍馬に気に入れられ、取材をしていく。

家康内閣は新機軸で人気を博す。個人的に織田信長の人気は高かったが、突然、消えてなくなる(死ぬ)。その遺志を継いだ秀吉が今度は大人気になる。しかし信長暗殺の犯人は秀吉だったと分かる。秀吉は今のダメな日本には自分の指導が必要だと演説する。家康を牢屋に閉じ込めたが、家康は出てきて秀吉に対抗する演説し、日本人を信じたいと話す。秀吉は自ら消える。家康内閣は辞職し、閣僚凡てが消えてなくなる。

2026年6月4日木曜日

まわり道 Falsche Bewegung 1975

ヴィム・ヴェンダース監督、西独、104分。主人公の青年ヴィルヘルムは作家だが、スランプに陥り旅に出る。列車で出会った大道芸人の老人と少女。少女は口がきけず芸担当でナスターシャ・キンスキーが演じている。老人は後にナチスの軍人だったと分かる。主人公を慕う女優が出てくる。また放浪詩人の青年、これらと一緒に旅を続ける。

詩人の叔父の家と思っていくとそこは別人の家で、ただし歓迎され、留まるよう要請される。そこの主人は妻を亡くし、自殺を考えていた。後になって実際に自殺した。一行はまた旅に出て、別れる者も出てくる。主人公はまわり道をしてきたと回想する。

2026年6月3日水曜日

我孫子武丸『殺戮にいたる病』講談社文庫 1996

推理小説というより猟奇犯罪小説というべき。確かに最後にトリックが明かされるが、それより殺人の描写がスプラッター的、スラッシャー的に書かれており、その驚きに比べると、トリックなど付け足しのように思えてくる。

女が次々と殺される。しかも胸部や更には他の箇所まで切り抜かれていた。退職した刑事が世話になっていた看護婦まで犠牲になる。また犯人の家では、母親なるものが自分の家族の犯行ではないかと疑心暗鬼になる。姉を殺された妹は、元刑事と組んで犯人を捜していく。実際に犯人に捕まって、あわやという所で乱入した男と犯人が格闘する。男を殺した犯人は自宅に戻るが、そこで真相が明らかになる。初版は1992年。

2026年6月2日火曜日

女死刑囚 平成3年

高瀬昌弘監督、90分、柏原芳恵主演。映画は柏原芳恵が死刑台に連れてこられる場面から始まる。首に縄をかけられ、無実だと叫ぶ。なぜ死刑囚になったのか。恋人が車を暴走ともいえるような運転している。止まった時、警官が三人来たが、何者かに撃ち殺される。柏原が目が覚めた時、手に銃を持っていた。近くに警官三人の死体があるので、殺害容疑がかかった。死刑宣告を受ける。柏原の家では父親が病気で死に、その他の家族にも不幸が襲いかかる。

死刑台で絞首されたが、後から生きていると分かった。周りにいた連中によって、これから殺し屋になるのだと宣告される。その後は女射撃手として外国に行き、銃撃戦に参加する。最後は悪役を殺す。母親と妹が東京で歩いているところを後ろから見守り、そのまま姿を消す。