那智にある補陀落寺の住職金光坊は、61歳近くになると渡海を意識せざるを得なくなった。渡海とは南方にあるという観音浄土を目指して、住職が小さな舟で海に乗り出す行事である。古い歴史があり、何も61歳と決められているわけでないが、最近、三代続けて過去の住職が61歳で渡海を果たしたので今の就職金光坊も、当然そうすると期待されていた。本人はまだ心構えが出来ていないので、もっと先にするつもりでいたが、その歳以前から周囲がそう当然視していたので、引くに引けない。過去に渡海した色んな師や、まだ若く十代や二十代で渡海した者などを思っていた。
実際にその日が来る。金光坊の乗った舟は嵐で難破し、近くの島に金光坊は打ち上げられた。周囲はまた舟を作り、それに金光坊を入れて、海に出した。後の時代になると渡海は形式化し、住職の死後、その遺体を舟に乗せ出すような例もあったとか。