2020年8月25日火曜日

デュマ『千霊一霊物語』 Les Mille et Un Fantomes 1849

 

アレクサンドル・デュマによる怪奇小説集。形式は枠物語、大勢の話者が夫々話を語るというもので、短篇集に近い。内容は死んだ者が生者に働きかける、という点で一貫している。小説は妻を殺した者が自首してくるところから始まる。斬首した妻の首がしゃべった、というので下手人は恐怖におののいた。居合わせた者たちは、実際にそんなことがありうるかと議論になる。

デュマの時代はギロチンで首が胴と離れてもまだ生きているのではないかと議論があった。小説はその反映である。小説中、それを否定する医師が出てくる。俗物と描かれ、最後の方では出なくなる。当時の議論の反映だから、こんな人物を出したのである。人々は自分の経験等を物語る。その話の章名は以下のとおり。

「シャルロット・コルデーの頰打ち」「ソランジュ」「アルベール」「猫、執達吏、そして骸骨」「サン=ドニの王墓」「ラルティファイユ」「髪の腕輪」「カルパチア山脈」「ブランコヴェアヌの城」「ふたりの兄弟」「ハンゴー修道院」

本邦初訳である。デュマの小説は「三銃士」「巌窟王」ばかり繰り返し出され、他の小説はたいして出ていない。解説にあるようにデュマ名義の小説は何百もあるのだから、もっと未訳の作品を出して欲しい。文庫でこれまで出た小説は、三銃士の続篇小説群、「王妃の首飾り」「王妃マルゴ」「赤い館の騎士」「黒いチューリップ」などか。黒いチューリップはアラン・ドロンの映画があったせいか何度も出版されているが、デュマ愛好家でこの映画を観た者はどのくらいいるのかと思う。電子書籍のKindleではDelphi Collected Works of Alexandre Dumasという英訳集が出ており、これには31編の長篇小説の他、短篇、ノンフィクション、伝記などが入って99円で買える。電子書籍が出て以来、日本が翻訳大国とは噓と分かった。英語だから時間をかければ読める。もっとも日本語で読めればこしたことはない。ただ売れそうもないから出さないだろう。デュマ愛好家には英訳での読書を勧める。

前山悠訳、光文社古典新訳文庫、2019

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