2020年10月14日水曜日

横溝正史『三つ首塔』 昭和30年


 音禰という若い女の一人称形式の小説である。女子大を出て間もない時、伯父の還暦祝いの席に招かれる。そこで驚くべき事情を聞く。米に渡り成功した曽祖父の百億円という財産の相続者に指名されていると。その条件は会ったこともない男との結婚と知らされる。アメリカに渡った遠戚からの膨大な遺産。よく聞く設定である。しかも結婚が条件と、これまた既視感丸出しの話。しかも百億円の遺産とか、昭和30年頃の百億など絵空事めいた数字である。

それだけではない。その席で、殺人が起こりその被害者の一人は音禰と結婚が想定されていた男だったと分かる。更に驚くべき暴力沙汰、語り手音禰にとってこの上ない悲劇が起こる。正直びっくりしてしまった。その後も莫大な財産の相続資格者が次々と殺される。連続殺人は横溝小説で毎度の話であるが、本編は語り手音禰にとって悪夢のような、煽情的、エログロ的、カストリ誌的な展開が続く。こんな小説とは知らなかった。自分は横溝の作品ときたら評価の高い『本陣殺人事件』や映画化された有名小説群、また戦前の『真珠郎』くらいしか読んでなく、このような小説がまともな文庫本で出ているとは驚きの体験だった。

小説の後半になり、色々な事実が明らかにされ音禰の悲劇も薄れていくが、非現実性や既視感を感じさせる設定は変わらない。何よりまず本編を読んで感じるのは、語り手音禰が全く男の拵えた女、女とはこういう思考行動だという男の空想上の産物、という点である。また最近LBGTの人権について議論が多くなっているが、本編p.306に「それは世にもあさましい、人倫にももとることなのだ」などと記述があり、現代の人権擁護の見地からして云々という本書最後のページにある弁解は必要であろう。

さて本編にも金田一耕助は登場する。ただし最初の方と最後でいい役で出てくるなどがほとんどである。金田一耕助といえば最も無能な探偵として知られる。何しろ金田一が事件に関わってから次々と殺人が起こり、何もできない、しない。その癖最後には偉そうに謎解きをする。無能を通り越して疫病神のような存在である。事件が起きたら金田一だけには関わってもらいたくないと思わせる。その金田一の出番が少ないので、本編は無能の上塗りをせず済んだ。

角川文庫。昭和48年、平成8年改版。

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