20世紀初期、イギリスのストレイチーは四人のヴィクトリア期の偉人伝を発表した。マニング枢機卿、ナイチンゲール、アーノルド博士、ゴードン卿である。このうち特に有名なナイチンゲールの伝記について述べる。
ナイチンゲールといえば看護婦の代名詞的な存在である。ストレイチーはナイチンゲールの実際の姿はイメージと異なるという。どういう意味か。ナイチンゲールは優しくて献身的、犠牲的精神に溢れた白衣の天使という看護婦ではない。もっと男勝り、女だてらにという形容が相応しい戦闘的な人物だった。クリミア戦争に赴き、獅子奮迅の働きをした。有名になったため権力を備えるようになった。理想とする病院施設を造るため、陸軍省に圧力をかける。ナイチンゲールに従った男たちもこき使われる。
少し考えてみると、ナイチンゲールのような名を残した者がただの従順的な看護婦であったはずはない。もしそうなら(そういう看護婦は沢山いたであろう)使われて終わっただけである。
本書を読んで思うのは、ナイチンゲールの人物像でなく、著者の態度である。ナイチンゲールの活躍した時代は題にあるようにヴィクトリア朝であり、その時代の女性像はいわゆる伝統的で良妻賢母が理想とされた。また本伝記が著された時代は20世紀の前半である。まだ今と比べ保守的な世界観の時代である。
だからナイチンゲールが理想的な看護婦像でないとする著者は、現在のフェミニスト的な立場からすると偏見と解釈されよう。だから悪いと言っているのではない。どんな著でも書かれた時代の制約がある。それが今読むと興味深いと思うのである。
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