2021年11月11日木曜日

前坂俊之編『阿部定手記』中公文庫 1998

阿部定の事件の一次資料集である。今でも犯罪実録などに掲載される、おそらく近代史上、最も有名な犯罪、少なくともその一つであろう。阿部定という当時31歳の女が情人の男を殺し、その局部を切り取り持ち去った。数日後逮捕されたが、当時の社会を大興奮させた事件である。2.26事件の3か月後、昭和11年の5月に起こった。内容は次のとおり。

「はじめに」(編者による)

「事件発生から逮捕まで」昭和115月の新聞報道。当時犯罪がどのように報道されたかの一例にもなる

「誌上緊急特集『婦人公論』昭和117月号より」

畳屋のお定ちゃん               少女時代の友人の回顧

平塚らいてう、石原純(物理学者)、杉山平助(評論家)による評論

「艶恨録」-予審訊問調書、本書の中心部分である。訊問に対する阿部の答え。かなり踏み込んで子供時代、事件に至った経緯、更に犯罪の実際について話している。外に出す資料ではないから報道できるはずもない細部まで明らかにしている。

「判決全文」昭和111221日、懲役6年、栃木刑務所で服役、恩赦などで昭和16年出所

「出所そして戦後」昭和16年と22年の新聞報道

「二度目のブームの中で」

              阿部定・坂口安吾対談

              阿部定さんの印象(坂口安吾)

昭和22年の雑誌に掲載された。戦後阿部の事件を元にかなり事実を歪曲し、読者の興味に迎合した書籍が出版された。阿部は名誉棄損で告訴した。それを受けての対談。坂口は阿部に対してあなたは何も悪くないと言っている。

「阿部定手記 愛の半生」は昭和23年に出された阿部の自伝。これは出版物なので「艶恨録」と比べてかなり抑えた淡々とした口調である。殺した情人に対する愛情を綿々と綴っている。自分の物にしたくて殺したのだから。また事件まで阿部の他の情人(というより面倒をみた)であった、名古屋の校長、市会議員に対して感謝の言葉を書き連ね聖人扱いである。

事件が起きてから80年以上経ち、完全に歴史になっている。あまりにも有名な事件であるが、阿部と同じ行為をした女は他にもそれなりにいる。(『猟奇の社怪史』唐沢俊一著2006年、という本に書いてあった)阿部定の事件が有名になった理由は当時の社会事情などが影響しているであろう。ともかく本書は文庫で手頃ながら阿部定を考える際の基本書である。

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