2020年9月5日土曜日

バルザック『暗黒事件』 Une ténébreuse affaire 1841

 

バルザックの長篇小説。舞台は19世紀初頭、ナポレオンが執政から皇帝になる時期のフランスの田舎が主である。王党派(こちらが反体制派)と政府側の対立が続いていた時代である。大きな筋は、反体制派の貴族たちに、元老院議員誘拐ないし殺害の嫌疑がかかり、逮捕される。小説で大きな役割を果たす貴族令嬢は逮捕を逃れる。その令嬢ロランスに仕える平民ミシュも逮捕される。裁判の途中で誘拐されていた議員は見つかる。判決は有罪で、ミシュは死刑だった。ロランスは釈放、助命のため奔走し、敵である男まで頼み込む。後の顛末まで描かれる。

以上の筋は後半の(一部の)荒筋で、小説では初めから多くの人物が登場し、後にどういう役割をするのかしないのか、分からない。決して読み易い小説ではない。アランが本作を最も読むのが難しい作品の一つで、最も偉大な作品の一つと言った、と解説にある。(p.442)何しろ本書は解説のところに小説全体の梗概がある。これは本書の分かりにくさから出た配慮である。バルザックならもっと読み易く、面白い小説がある。

本作がバルザック好きで評価されているなら、読み易くないから、読めばいかにも読んだと実感ができるからではないかと思った次第。

本小説の主人公は貴族令嬢ロランスらしいが、確かに生身の主人公ならロランスくらいしかいない。ただ自分の理解では本作の主人公は政治である。それも政治一般でなく、19世紀初頭のフランスの政治である。これまで本小説をけなしてきたと思われるかもしれないが、そんなつもりはなく、本作を勧めたいのは歴史好きである。特にフランスの歴史が好きなら興味を持って読み進められるであろう。体裁で希望を述べれば、注は巻末でなく各ページに入れてもらいたい。

柏木隆雄訳、ちくま文庫、2014

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