2025年12月30日火曜日

ガス燈 Gas light 1944

ジョージ・キューカー監督、米、114分。シャルル・ボワイエ、イングリッド・バーグマン出演。バーグマンが小さい時、有名な歌手だった叔母は殺される。長じてバーグマンも歌手を目指すが、歌手の才能はないと言い、作曲家のボワイエと結婚する。かつて自分が住み、叔母が殺された家に戻り、そこで暮らす。

生活するうちバーグマンはボワイエから、よく物をなくすと指摘される。またバーグマンの精神状態がおかしいとも言われる。バーグマン自身も自分の精神に自信がもてなくなり、不安になる。刑事のジョゼフ・コットンは以前の殺人事件を覚えており、それを解決しようとしている。バーグマンに会うとかつての叔母の歌手を思い出し、挨拶する。ボワイエは外出し、回って自分の家の屋根裏に入り、そこでおかしな音を立て、またガス燈を調節し、バーグマンの精神を参らせていた。

コットンはボワイエが外出しているうちにバーグマンの家に来て、バーグマンの精神はおかしくない、夫のボワイエが細工をしていると告げる。ボワイエが帰宅し自分の部屋がいじられているので、バーグマンに何かしたかと問いただす。そこにコットンがやってきて、ボワイエがかつての殺人犯であると宣告し、椅子に縛り付け、バーグマンに対面させたのち、警察に引き連れていく。

2025年12月28日日曜日

海女の戦慄 昭和32年

志村敏夫監督、新東宝、73分、白黒映画。前田通子主演。前田とその妹、三ツ矢歌子らは海女である。三ツ矢は友人と一緒に東京に行く。しかしいつまで経っても帰ってこない。そのうち友人の死体が海に浮かぶ。酒場兼旅館に人相の悪い男たちが車でやってくる。また風来坊と称する若い男も来る。

実は人相の悪い連中は、戦時中に沈んだ船の中にある財宝を取りに来たのである。三ツ矢と友人は悪い奴らに捕まり、沈んでいる船からその宝を持ってこいと言われ、拒んだ友人は殴られ事故死した。三ツ矢は悪い奴らに捕まった学者やその娘と、洞窟に閉じ込められていた。前田、三ツ矢の弟である太田博之が、閉じ込められている姉らを助けるべく活躍する。最後は船から前田が宝を引き上げた。巡視艇に悪者らの乗った船が見つかり、銃撃戦を風来坊を含めた警官らとする。悪者は捕まり、風来坊は海上保安隊と分かる。

2025年12月25日木曜日

殺人狂時代 昭和42年

岡本喜八監督、東宝、99分、白黒映画。仲代達矢主演。天本英世は精神病院の院長で、患者を殺し屋に仕立てていた。ドイツからナチ系の男が来て、殺人依頼で腕を試すため、三人の殺人を依頼する。その中に、犯罪心理学の大学教員である仲代がいた。仲代は逆に殺し屋を殺す。仲代に仲間として砂塚秀夫と記者の段玲子が加わった。

天本はナチの意図が仲代で、ダイヤが身体に埋め込んであるからと知る。天本は殺し屋を次々と送り込むが、仲代に返り討ちされる。天本は団を人質に取る。仲代らは助けに行く。自衛隊が砲撃訓練をしている原野に団がいて救助する。最後は仲代と天本の一騎討ちで、天本を倒す。これで悪人どもをみんな片づけたと思ったが、実は団が敵方でこれを倒す。

処刑!血のしたたり Intruder 1989

スコット・スピーゲル監督、米、87分。スーパーマーケットが舞台の恐怖映画。スーパーマーケットで働いている女子店員のところへ、昔の彼氏が来てしつこく付きまとう。他の店員が話そうとすると暴力を奮い出し、店から追い出される。警察にも電話した。男が追い出されてから警察は着いた。店長から店を仕舞うと言われ店員らは驚く。もう売る先も決まっていると。店の次長格は、自分は反対したと言うが、株を過半持っている店長には叶わない。

その後店員たちに黒い影が付きまとい、次々と殺人をしていく。犯人はあの追い出された男かと思いきや、実は次長格の男と分かる。自分はこの店に愛着がある。売ろうとする店長を殺した。他の者も殺すと言う。女子店員は逃げる。追う殺人鬼。あの最初に追い出された、女子店員の元恋人が来て助ける。なかなか死なない次長格の斧を何度も振り下ろす。そこに警官らが到着する。女子店員や助けている元恋人を逮捕する。犯人はそいつらが人殺しだと言う。女子店員が抗議しても警察は聞かない。

2025年12月22日月曜日

果てしなき欲望 昭和33年

今村昌平監督、日活、101分、白黒映画。戦後十年経ち、地方都市の駅前に数人の者が集まる。殿山泰司、西村晃、加藤武、小沢昭一、渡辺美佐子である。戦争末期に軍が防空壕に隠しておいた麻薬を取り出そうとする。場所には家が立っているため、別の家を借りそこから地下を掘って防空壕跡に到達しようとする計画である。

不動産をすると称して、一軒家を借りる。大家から息子を使ってくれと言われ、その息子である長門裕之を雇う。長門には結婚したい中原早苗がいる。家を締め切り、地下で穴堀り作業を続ける。加藤が犯罪をやらかし捕まるが、後に脱走してくる。加藤と小沢は仲が悪く、小沢を打擲したので、仕返しで包丁で加藤を殺してしまう。大家から集まるよう言われる。立ち退きが決まっていると告げられる。数日間しか残り時間がない。ようやく防空壕に到達するが、ドラム缶が落ちてきて小沢は死ぬ。ドラム缶には麻薬が入っていた。しかし殿山は毒を飲まされ死ぬ。西村も殺される。長門が来て死体を見つけ、大騒ぎになる。渡辺は麻薬の入った袋を提げ、嵐の中を逃げ出すが、警察が追い、川を渡る途中に落ちてしまう。

2025年12月21日日曜日

恐怖の洞窟 It’s alive 1968

ラリー・ブキャナン監督、米、80分、総天然色。夫婦で田舎をドライブしているとガソリンが無くなり、最初会った男にこの先の家に行けば貰えるかもと言われ、そこに行く。すると主人は愛想よく迎えたが、二人を洞窟に閉じ込めてしまう。最初に立ち寄った男も、この家に来て同様に閉じ込められる。

洞窟の奥の方に探検に行く。その洞窟の奥の池には怪物がいた。現れて旦那の方を殺してしまう。この家の主人にはやや老けた女がいて、その女も同様に犠牲者で、閉じ込められた二人を助けたいと思っている。主人は最終的に怪物に殺され、老けた女もやられる。二人は逃げられた。

2025年12月20日土曜日

フローべール『ボヴァリー夫人』 Madame Bovary 1856

19世紀の写実主義小説の傑作とされている。医師と結婚したエンマは平凡な結婚生活に飽き足らず、凡庸な夫を憎み、ロマンスに憧れる。最初住んでいた田舎に飽き足らなく、ルーアンの近くに引越しする。そこで村の書記と恋愛関係になる。書記は逃げてしまい、後にプレイボーイの男と恋愛関係になる。商人からの売り込みで、多くの商品を買う。それで首が回らなくなり、情人らに金策を頼んでも全く協力してくれない。最後に薬を飲んで自殺する。人妻が不倫をし、最後は破滅すると要約すれば『アンナ・カレーニナ』と同じである。

この小説を書くのに、フローベールが非常に苦労したとか、自由間接話法なる手法で書かれているとか、そういった作り手側からの話はよく聞くが、読んで面白い小説だと思うだろうか。自分は何度読んでも面白く思えないのである。

2025年12月19日金曜日

猟人日記 昭和39年

中平康監督、日活、123分、白黒映画。戸川昌子の原作で本人も出演している。中谷昇はプレーボーイで何人もの女を物にしていた。ところが自分が関係した女が殺される。一人だけでなく、次々と殺され、自分の持ち物が現場に証拠品として残っている。逮捕され死刑判決を受ける。

弁護士とその助手(十朱幸代)が自分の謎を解いていくのが後半の筋である。ある女が画策して中谷を罠に陥れていると分かる。それは何者か。最初の被害者の姉かと思ったら、意外な人物が犯人と最後に分かる。中谷は猟人日記として自分の女漁りを日記につけていた。それが盗まれ、発見された時は最初のページが破られていた。それを知った中谷は控訴を取り下げる。そこには自分の妻(戸川役)のことが書いてあった。妻は以前出産で奇形児を産んでいた。それ以来夫婦の仲は冷え、猟人日記を読んで夫の相手になった女を殺し、夫に罪をかぶせるつもりで犯罪をしていた。中谷は釈放され、以前殺された女の産んだ赤ん坊がいると聞かされ、将来に希望が持てるようになる。

2025年12月18日木曜日

一寸法師 昭和30年

内川清一郎監督、新東宝、82分、白黒映画。乱歩の原作では浅草公園となっているところを撮影当時の渋谷に変更。それ以外はわりと原作を尊重している映画ではなかろうか。

宇津井健が原作の好奇心の強い青年、小林紋三(少年探偵団の小林少年ではない)を演じ、探偵は旗とかいって二本柳寛がしている。夫人は三浦光子で、その娘と女中の二役を三橋達也と結婚した安西郷子が演じる。安西郷子の出ている映画はあまり見られないので貴重。一寸法師役は実際の小人で、サンドイッチマンをしていた者がやっている。

2025年12月17日水曜日

浴槽の死美人 昭和31年

野口博志監督、日活、78分、白黒映画。河津清三郎扮する探偵シリーズの一作。スキー場にあるホテルに助手の女子と来た河津は、足をくじき静養していると女の訪問を受ける。河津が探偵と知っての相談で、宝石商の父とこのホテルに来ているが、何やら違法な取引のおそれがあると。

このホテルに来た客の幾多りかは真珠を持ってきており、それはかつて偶然手に入れたのだが、それを奪い返そうとする悪人に狙われている。夫婦で来た妻の方は浴室で殺されていた。また女助手は友人に出会うが、その友人もやはり真珠を持っていたのだった。ホテルの使用人なども悪漢一味の一人であり、最後は雪原で銃の撃ち合いをやる。戦後15年くらいまで犯罪映画では銃撃戦はよくあった。戦争がまだ最近の時代だったからか。

2025年12月16日火曜日

松川事件 昭和36年

山本薩夫監督、162分、白黒映画。松川事件の高裁判決までを描く。昭和24年8月17日に東北本線、福島県松川駅手前で起きた列車の脱線転覆事故に関して、元国鉄職員の19歳の男がまず容疑者として逮捕され、その自白を元に次々と全員で20名の者が逮捕された。

映画はまず事故のニュース映像より始まる。容疑者の19歳少年が逮捕され、警察に拷問で自白を強要される様を描く。更に仲間がいただろうとこれまた自白の強要が続き、多くの者が逮捕される。裁判は第1審、第2審ともありのままの裁判の記録のごとく、かなり長く撮影されている。出演者は弁護士、警察などは有名な俳優がやっているが、被告側は無名の俳優たちである。また被告の実名を使っている。まだ最終的な判決の前で撮影された映画である。

2025年12月15日月曜日

小峰隆夫他『エコノミストの戦後史』日本経済新聞出版社 2013

日本経済研究センターが1963年に出来て50年経ったので、その歩みを振り返り、今後のあり方を考えるための出版である。現在日経センターに関わっている担当者たちが、過去に日経センターを導いてきた、参加して人たちにインタビューを行った記録である。過去の大物エコノミスト、経済学者による回想はそれだけで価値がある。しかしながら、現在の日経センターとしては今後、センターをどうしていくか、が最大の関心事であったと思う。この問題に十分なヒントが得られたであろうか。

このうち、浜田宏一と聞き手である岡崎哲二、寺西重郎とのインタビューでは結構議論をしている。大体この人の価値観、イデオロギーはこうだと、それで分類して分かったつもりになっている場合がある。このインタビューはどちらに組するにしても、経済学の知見が必要な議論をしている。ともかく双方の経済学的検討がまず最初にくる。

また日銀にいた鈴木淑夫(懐かしい名)が、バブル崩壊後の長い不景気は、橋本内閣の消費税引上げが原因で、あれがなければもっと早く良くなっていたと言っている。消費税引上げの悪影響は良く言われるが、実際に分析してどの程度数量的に、失われた20年か30年に寄与しているのか、自分は知らないが、これは当然どこかでやっているだろう。それを元に議論すべきである。また小泉内閣によって格差が進んだという話も当然のようにされているが、随分前の話になるが、小泉行革でどの程度格差が進んだかのまともな分析はされていない、と聞いた。今ではどこかでやっているだろうから、それによって定量的に議論すべきであって、多数意見だからと言ってそれに寄りかかっていてはだめだろう。

2025年12月14日日曜日

セルギー神父 1911

若い士官は将来が嘱望されていた。しかし婚約したものの、それを中止し退官する。婚約者が実は皇帝の情人をしていたと知ったからである。その後は修道院に入る。ここでも精進し、高く評価される。しかし修道院の実際は世俗と同様、野望だけの人間の集まりに過ぎないと知る。反抗的な態度に出たため、上の者に忌避され僻地の場所に行かされる。

ここでも聖人とされるほどの評価を受ける。厳格な生活を送っていたので、ある軽薄な婦人が尋ねてきて誘惑する。誘惑に負けまいと自分の指を切って会う。婦人は驚愕し逃げる。病気を治す力があるとされ、多くの者が治癒を祈願に訪れる。ある日、自分の娘の病気を治してほしいとやってきた男の娘に会う。その時に女を抱いてしまう。恐れ慄き、そこから逃げる。

自分の幼馴染みの不幸な女を思い出す。女の家に行く。女は亭主などに苦労させられ、惨めな生活を送っていた。しかし幼馴染に会い、女の生活こそ真の神に仕える道と理解する。後は巡礼の札を持っていないためシベリアに送られ、そこで暮らす。(ポケットマスターピース、集英社文庫、2016)

2025年12月13日土曜日

ペンギン・レッスン The penguin lessons 2024

ピーター・カッタネオ監督、西英、112分。1976年のアルゼンチン、イギリス人の英語教師が私立学校に英語教師としてやってくる。生徒たちは全く騒がしく言うことを聞かない。軍政が敷かれ、反対派は容赦なく逮捕される、そんな時代である。休暇でウルグアイに行く。魅力的な女と知り合いになる。デートの最中、重油で汚れたペンギンを助ける。油をぬぐって綺麗にしてやる。女はあいにく既婚者だった。

女に去られ、ペンギンも海に返そうとするが、いつまでも付いてくる。アルゼンチンに帰国してからもそうである。秘密で飼う。飼わざるを得ない。知り合いの若い女が軍に拉致される。それを見ていても何も出来なかった。しなかった。女の母親は娘を返そうと運動をする。ペンギンを飼っているのがばれる。校長から叱られるが、置いておかざるを得ない。生徒たちもペンギンに気づき、ペンギンは人気者になる。しかしある日、ペンギンは死んでいた。埋葬を学校全体でやる。ただあの拉致された娘は解放され帰ってきた。

2025年12月12日金曜日

危険な女 昭和34年

若杉光夫監督、日活、55分、白黒映画。松本清張の『地方紙を買う女』の映画化。作家役は芦田伸介、女は渡辺美佐子が演じる。山梨の地方紙をとっている女がいて、連載小説を読むのが目的だというのである。それを聞いた作者の作家は、その女を知りたく思う。ところがいきなりとるのを止める。面白くなくなったと聞かされるが作家は納得できない。調べると、女が購読を止めた前日に男女の死体が山梨山中で発見されたとの記事があった。これを確かめるため、地方紙を購読していたのではないか。

作家は自分の小説を連載している雑誌社の女子を使い、その女(渡辺)を調べさせる。渡辺が働くバーに行く。渡辺に会う。帰りに新聞紙の切り抜きを忘れていく。渡辺は事件の記事の切り抜きを見て作家が探っているかと推測する。雑誌社の女子が調べた結果、渡辺は死んだ男にひどい目に会わされ、殺してやりたいくらいだったと言うが、自分は殺していないと言う。渡辺には亭主がいて、千葉の海岸で療養生活を送っている。

渡辺と女子は親しくなり、作家も一緒に三人で山中にピクニックに行く。渡辺が持ってきたサンドイッチを女子に勧めると、作家はそれを払いのけ、その中に毒が入っていると叫ぶ。渡辺は自分でサンドイッチを全部食い、毒など入っていないと証明し、そのまま一人で帰る。後に渡辺の亭主が自殺し、渡辺も追って自殺する前に作家に手紙を書く。実は毒が入れてあったのはジュースだった。それで疑いを持つ作家を殺そうとしていたと告白する。

2025年12月10日水曜日

ヴィオレッタ My little princess 2011

エヴァ・イオネスコ監督、仏、106分。主人公の女子は母親がカメラマンで、娘を被写体にして写真を撮り、それで有名になる。娘にとらせる姿勢がどんどん過激になり、娘は嫌がるようになる。普段は母親は家におらず、娘は祖母と暮らしている。娘の写真は有名になり、学校でもヌードモデルをしているなどと、嫌がらせを受けるようになる。

娘が写真に撮られるのを拒否するようになると、母親は別のモデルで写真を撮り始めたのかと思い、それでもすねる。娘は学校に行かなくなる。祖母が死んで、母親は裁判所から娘の扱いについて訴えられる。施設に入れと言われる。娘は非行するようになり、少年院に入れられる。母親が会いに来たが娘は逃げる。

2025年12月9日火曜日

亀山郁夫『ドストエフスキー共苦する力』 2009

本書でドストエフスキーの後期4長編、『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』を論じる。読んでいて思うのは、小説の意味するところを著者は果てしなく、自由に推察していくので驚くほどだ。正直、想像が過ぎるのではないかと思うほどである。しかし著者の考えるところ、ドストエフスキーの読みはこうでなくてはならないのである。あとがきに次の様にある。

「わたしの考えでは、ドストエフスキーこそは、まさに「二枚舌」の天才だった。(改行)わたしのドストエフスキー理解は一貫している。それは、書かれたテクストを絶対化しない、テクストには二重構造があるという信念である。信仰の裏に不信があり、不信の闇に神は存在する。作家というのは、そうした二重性の表現においてこそ、どこまでも真剣であり、誠実なのだ。」(本書p.261)

これを読んで、著者がやり過ぎと思われるほど、想像の翼を広げている理由が分かった。テクストなんかに拘泥していてはドストエフスキーは分からないのだ、これが著者の信念である。(東京外国語大学出版会)

悪い種子 The bad seed 1956

マーヴィン・ルロイ監督、米、130分、白黒映画。8歳の少女ローダは両親や、大家の小母に可愛がられている。ローダが学校のピクニックに行くと、同級生の男の子が湖に落ちて死ぬ事故が起きた。最初は自分の娘かと心配した母親は娘が帰宅後、全く気にかけない様子なのでいぶかる。事情が分かると、死んだ子がもらったメダルが自分の物になるべきだと娘は強く主張していた、更に最後に男の子に会ったのは娘だと知る。娘は男の子を湖に落とし、メダルを取っていたのだった。かつての隣人の死亡事故にも娘は関与していたのかと心配になる。

また犯罪者は遺伝によりそうなるのかと、作家に尋ねる。やって来た父親に自分は本当の娘か、もらい子ではないかと問い詰める。それによって自分の本当の母親は連続殺人犯だと知る。父親は幼い娘を引き取り自分の子として育てたのだ。家に来ている掃除等を請け負う男は、娘に執拗に犯罪をしたのだろうと聞き出そうとする。娘が反抗して相手の誤りを正し、本当の事を言ってしまう。その男は後に火事で死ぬ。これも娘のしたことだった。母親はノイローゼになり、娘と心中を図る。しかし娘は生き延び、自分も銃で死のうとしたが一命を取り留める。娘は嵐の夜、湖に行く。母親がメダルは湖に捨てたと言ったから、取りに行こうとしたのだ。桟橋で湖をさらっていると雷が落ち、娘に直撃する。

2025年12月8日月曜日

アリバイ 昭和38年

牛原陽一監督、日活、92分、白黒映画。二谷英明と宮口精二の二人の刑事が主な登場人物である。東京の新興住宅地で拳銃による殺人事件があった。映画はパトカーがサイレンを鳴らし、駆けつける場面から始まる。使われた拳銃は立川の米軍からの物らしい。何丁かの拳銃の行方を調べる。拳銃の取引をしている男を調べる。しかしその男にはアリバイがあった。これでは逮捕できない。また被害者が勤めていた会社は中国人の経営する会社との取引で不審なところがあった。しかしこの線で調べても尻尾を出さない。

宮口の妻が死に、その葬式で二谷は思いつく。アリバイがあるといっても本当に本人か。もう一度調べ、実際は似た別人であったと分かる。捕まっている男の妹を誘拐し、自白しないように中国人の一味は企んだ。それで外国に高飛びするつもりでいた。誘拐された妹が匿われている世田谷の家に刑事らは入り込み、誘拐被害者を助け出し、悪漢どもと銃撃戦をやって捕まえる。高飛びしようとしていた首領たちも寸前で羽田空港で捕まった。

今村均回顧録 日本人の自伝第12巻、平凡社 1981

陸軍大将今村等の回顧録の抄録である。今村は仙台の出身で、軍人になってからの回想を書いている。今の日本は軍人が社会の中枢の一部ではない。自衛隊はあるが、かつての軍人と今の自衛官では、かなり心情は異なるのではないか。自衛官の方は知らないが、この今村均という軍人の回顧録を読むと、今ではなくなった軍人の心構えや軍隊での実際が分かる。

およそ自叙伝は高齢になって昔を思い出して書くのだから、事実そのままでなく、その本人のかつての人生の意味づけが書いてあると言える。本書を読むと著者は軍人として快男児であった。また上司への理解や軍人としての心構えも感心する。もちろん、先に書いたように自分の意味づけであるから、正確さを云々してもしょうがない。それ以上に昔の軍隊の実際の一例が分かるのでこれは貴重な資料である。

2025年12月7日日曜日

無常 昭和45年

実相寺昭雄監督、ATG、143分、白黒映画。関西の旧家、長男は実家の業を継ぐ気がなく、姉に養子でも迎えればいいと言っている。その姉は家で働いている男や、長男の同級生である僧侶から慕われている。両親など家の者がいなくなった日、長男は姉と関係を持つ。姉は妊娠する。まさか相手が弟とは知らず、家で働いている男と結婚させる。友人の僧侶は姉弟の関係を知っていた。それでなじるが長男は気にしない。ある日、結婚した男は自分の妻と弟が寝ているところを発見し、絶望のあまり鉄道自殺する。

長男は仏像作りに関心があり、師匠に習っている。その師匠は妻と、もう夫婦間の関係がなく、長男はその妻とも関係する。友人の僧侶から長男はなじられ、議論して天国や地獄の発想を笑い飛ばす。師匠は死んだ。その息子が長男のところに来て、親の死はお前のせいだと非難する。長男を刺そうとして誤って自分を刺す。長男は夢の中か、祖母が地面から大きな鯉を掘り出しているので手伝う。その鯉の腹から多くの者の霊(?)のような塊が出てくる。映画の最後は幼児を連れて寺の外の階段を上る姉の姿である。

2025年12月6日土曜日

Monster モンスター Lizzie Borden took an ax 2014

ニック・ゴメス監督、米、87分、リジー・ボーデン事件のテレビ映画。1982年の夏、米東部で老夫婦が殺害され、その娘であるリジー・ボーデンに容疑がかかった事件。

真昼に起きた事件で、リジー・ボーデン役のクリスティーナ・ リッチが殺害された父親を発見して驚愕し、叫ぶところから始まる。斧で潰された顔が映し出される。事件当時、家にはリッチと女中しかいなかった。それでリッチに容疑がかかり、査問会が開かれ、リッチは被告となって裁判が開始される。結果は証拠不十分で無罪だった。しかし町の人たちから白眼視され、村八分になるまで描かれている。

この事件は、やはり同様のテレビ映画で「リジー・ボーデン 奥様は殺人鬼」(1975)の他、2018年には『モンスターズ 悪魔の復讐』という映画も作られている。邦題はみなモンスターと名付けているが、原題はリジーの名を冠した普通の題である。

エコール Innocense 2004

ルシール・アザリロヴィック監督、仏白英日、121分。女子(小学生くらい)のみの寄宿学校が舞台で、女子の生活が描かれる。生徒らはそこから勝手に出られない。

映画の初めは棺が届き、開けると少女(東洋系)が入っている。これがこの学校の入学で、他の生徒らとバレエの練習をして過ごす。外の生活に関心がある。ある少女は舟に乗り、川から漕ぎだしたが、後に水死する。審査があってそれに選ばれれば外にいける。どうしても選ばれたかった少女がそうでないと分かると、脱出して塀を乗り越え逃げる。教師はもうその生徒の話をしないようにと残りの生徒に伝える。いつまでも学校にいられるわけでない。大きくなると、一定の数の女子が外に引率され、列車で遠くの町に行く。そこで新しい教師に引き渡される。噴水のある池で少女たちは脚を水に入れて遊ぶ。そこで映画は終わり。