映画監督黒澤明の自叙伝である。明治43年に生まれた黒澤明が、『羅生門』でヴェネツィア映画祭の賞を取るまでの記録である。
明治の人間らしくきょうだいが多い(今と比べて)。これまた昔らしく、きょうだいで10代で病死する者がいた。また黒澤に大きな影響を与えた兄は20歳代で自死している。他にも成人後亡くなった兄がいる。身内が若い時に亡くなる経験を読むと身につまされる。黒澤は画家志望だったようだが、東宝の前身PCLに入社し、山本嘉次郎に仕える。監督後の活躍は誰でも知っている。
13歳の時経験した関東大震災で兄に連れられ、死体の山を見に行ったとある。兄は教育のつもりで見せようとした。酸鼻究める描写がある。自分の恩師、学校の教師や山本監督など世話になった人達への感謝の言葉がある。その一方で傲慢で不快な教師、軍事教官、映画検閲官などに呪詛を吐いている。
0 件のコメント:
コメントを投稿