ソダーバーグ監督、米、100分。
ジェームズ・スペイダーは友人の住む町にやって来る。友人の妻は、夫婦生活があまりうまくいっていないのか、精神が不安定であった。その夫である友人というのは、よく言えば精力的で攻撃的で女に対して躊躇しない。妻の妹と情事を重ねていた。妻は、夫と違うスペイダーに関心を持つ。自分の夫婦生活の不満を、スペイダーに話し、相手になってもらうようになる。2021年11月30日火曜日
セックスと嘘とビデオテープ Sex, lies and videotape 1989
狼よさらば Death Wish 1974
マイケル・ウィナー監督、米、93分、チャールズ・ブロンソン主演。
ブロンソンが妻とハワイで楽しんでいる場面から始まる。ニューヨークに戻ってくる。ブロンソンのいない昼間、妻とたまたま着ていた娘は自宅で暴力グループに襲われる。妻は死亡。娘は精神がおかしくなった。ブロンソンは警察に任せるだけでなく、自ら犯人捜しを始める。そのきっかけになったのは仕事で訪れた町で、西部劇の実演を見て、また知り合い意気投合した男からの銃の贈与であった。
ニューヨークに戻ったブロンソンは地下鉄等で、暴力をふるう者に遭遇すると銃で片付けた。この行為が続く。自警行動に大衆は喝采し、実際に強盗発生件数が減る。しかし警察は勝手に自警行動を行なう者を許しておけない。復讐だろうと推測した警察は過去に家族等被害にあった者を調べ、ブロンソンを突き止める。ブロンソンにお前の仕業と分かっている、やめろと圧力をかける。最後に暴力グループと撃ち合いになって、自分も負傷したブロンソンは、警察から街を出て行けと言われる。シカゴに着いたブロンソンは駅で脅しをしている連中に向かって指で引き金を引く。
2021年11月29日月曜日
馬賊芸者 昭和29年
島耕二監督、103分、大映、京マチ子主演。
第一次世界大戦後、間もない頃の福岡。馬賊芸者とは大戦による成金どもから金を巻き上げる芸者を指した言葉である。その一人、京は宴会の場で歌舞伎役者が踊る際の三味線役を断られた。すっかりこの役者に京は腹を立てる。役者の人気投票がある。普通なら首位になるのが、京を断った役者である。京はなんとしてもこの役者を首位にさせたくない。代わりに他の役者(高松英郎)を盛んに盛り立て、金をつぎ込み首位にするつもりでいた。しかし結果はやはりあの役者が首位だった。京は悔しくてしょうがないが、自分が応援した高松から求婚される。嬉しくてたまらない京は相手が巡業から帰ってくるのを待っていた。ところが相手が旅先で急死したとの連絡があり絶望する。
後になって座敷に出ていた時、高松にそっくりの人形師に出くわす。それで京はこの人形師にほれる。ところが後この人形師が、自分の妹分の芸者と将来を誓った間柄と分かり、怒り狂う。妹分を許さない気でいたが、一緒になれない二人は駆け落ちする。逃げた芸者を取り戻そうとする置屋に対して、京は金を金満家から借り、脅して納得させる。最後は志村喬演じる金満家の前で、踊りを踊る京。
『本多静六自伝 体験八十五年』新版 実業之日本社 2016
著者は林学、公園学等の専門家で東大教授を勤めた。また蓄財の大家としても有名だったらしい。その自伝である。著者は慶応2年、埼玉県に生まれた。よく自伝にあるように歴史ある家に生まれた。兄弟姉妹は多かったが、著者はきかん気で、餓鬼大将であった。これまた偉人の幼少期の特徴としてよく出てくる。年少期は家が裕福であったが、父の死で仕事をしながらの勉学となる。逆境になってより勉強に励む。上京して山林学校(後の東大農学部の一部)に入る。学業優秀で婿の口がかかる。自分を留学させてくれたらという条件で断るつもりだったが、相手方が承知する。かくてドイツに留学する。留学後は東大の教師となる。その後は専門の知識で、例えば日比谷公園の造園に寄与した、など多くの事業を手掛けた。当時の有名人とも交友があり、後藤新平や渋沢栄一などと付き合いがあった。また蓄財の専門家とも知られていた本多は、所得の四分の一を貯蓄に回す方法を紹介する。 ともかく一所懸命努力すれば何事も成る、といった人生を実践し送った人物である。
蓮見重彦『見るレッスン』映画史特別講義 光文社新書 2020
映画研究者の蓮見が書いた映画論。題名から連想されるような編年体の映画史の本ではない。だから特別講義としてあるのか。内容(章)は次の通り。
現代ハリウッドの希望/日本映画 第三の黄金期/映画の誕生/映画はドキュメンタリーから始まった/ヌーベル・バーグとは何だったのか?/映画の裏方たち/映画とは何か
冒頭に世間で話題になっているような映画ばかりみるのは良くないとある。そういう人もいるだろう。しかしそんな人はこんな本を読まない気がする。映画の見方では、映画の中に驚くような場面がある、それに注目すべきとある。もちろん驚くような場面とは、見巧者でなければ評価できないようなところを指すのであろう。
読んでいて類書と異なるのは、具体的な監督などの名を挙げ、いいとか悪いとかはっきり言っているところである。女の監督を結構取り上げており、ドキュメンタリーの小森はるか、小田香の二人の名は何度も挙げ、称賛というか絶賛している。一方で具体的な名を挙げ、こき下ろしている監督がある。はっきりとした物言いは望まれるが、理由が明示されていない場合がある。素人の映画ファンが好き嫌いを言っているのではない。専門家が活字で主張しているのである。理由がないのは理解できない。みんな具体的に名指しているかと思ったら、トリノで日本映画のシンポジウムがあった際、「特に名を秘す批評家の某氏がくだらないことを長々と述べ始めた。」(p.103)とあって、他の映画人がやめさせろと書いた紙が回ってきた、と笑っている。なぜこの批評家の名を秘すのか分からない。
今の日本には美形の女優がいないと書いてある。分からないでもないが、著者が考えるかつての美形女優を、順位をつけて書いてもらいたかった。
2021年11月26日金曜日
『ジャン・ルノワール自伝』 Ma vie et mes films 1974
映画監督ジャン・ルノワール(1894~1979)による自伝と制作した映画についての思い出。専ら自伝として書いてあるのは幼少期。父親が印象派の画家オーギュスト・ルノワールである。どうしても特に若いうちには、父親の名に振り回される時が出てくるのは、偉大な親を持った者の共通であろう。19世紀末から20世紀初めの、フランスの様子の一例が描写されているところは興味深い。幼いうちはガブリエルという親戚の若い女に世話になった。ガブリエルはルノワールの絵のモデルにもなった。ルノワールの絵でガブリエルとジャンを描いた作品がある。
本のより大きな部分は自分の制作した映画についての記述である。1940年にナチスのフランス進攻を逃れて渡米する。特に代表作と言えば『大いなる幻影』と『ゲームの規則』であろう。共にフランス時代、すなわち戦前の作であるが、渡米後も『河』や『南部の人』など有名作を作っている。『河』制作でインドに2年間滞在した経験はルノワールの国家観に影響を及ぼした。フランス人になぜアメリカに住んでいる、フランスに帰って来いと言われると自分は映画国の人間だと答えた。2度の世界大戦はルノワールに国家というものを、時代遅れの遺物と感じさせたようだ。
西本晃二訳、みすず書房、2001年新装版ホレス・ウォルポール『オトラント城』 The Castle of Otranto 1764
ゴシック小説の鼻祖と言われる小説。オトラント城の城主マンフレッドには息子と娘が一人ずついた。息子コンラッドは世継ぎであるのに病弱な男だった。コンラッドと、城で世話しているイザベラ姫との結婚の日、魔訶不可思議な出来事が起こる。城の中庭に巨大な兜が出現した。その兜によってコンラッドは押し潰されてしまった。嘆く母親や姉マチルダ。この不可思議な出来事の理由は分からない。
しかし城主マンフレッドは次の様な、良からぬ企みを持った。息子がなくなった上は、自分の家の世継ぎが何としても必要である。それでマンフレッドはイザベラ姫に求婚するのである。マンフレッドは傲岸不遜で自分の意志をあくまで貫こうとする。驚いたイザベラ姫は逃げ去る。一方、地下室で見知らぬ若い男を発見する。後にセオドアと名乗るこの青年は田舎者だと言いつつ気品があり男らしい。マンフレッドはこの男を疑い、けしからぬ者であろうと捕まえる。マチルダもイザベラ姫も共にこの青年に好意を抱く。特にマチルダを青年の方も好きになる。そうこうするうちに、外部から騎士の一団がマンフレッドの城にと着する。この騎士たちはマンフレッドに正当な城の持ち主でないと宣言し、城の明け渡しを要求する。もちろんマンフレッドが応ずるわけもない。
等々、の物語が続き、最後には正当な城主がセオドアであると分かる。相思のマチルダと一緒にいる時、マンフレッドは誤って我が娘を殺してしまう。セオドアは絶望する。後にマチルダの思い出を共にするべく、イザベラ姫と結婚する。
千葉泰樹訳、研究社、2012年


