2026年4月30日木曜日

曳き船 Remorques 1941

ジャン・グレミヨン監督、仏、ジャン・ギャバン主演。ギャバンは難破船を曳航する救助船の船長である。妻は夫のギャバンがいない日が多いので嘆いている。

嵐の夜、救助の連絡が入ったので行くのだが、救助対象の船は船長が変わった男で、救助などいらないと言い、曳き船からの綱を切ってしまう。この船長の妻は夫の横暴に嫌気がさしており、嵐の中、ボートで船を逃げだしギャバンの曳き船に助けられる。この逃げてきた妻とギャバンは愛し合うようになる。逢瀬を重ねる。ギャバンの妻は病気で亡くなる。それを女と会っている時に聞き、急いで戻る。女はその間にギャバンから去る。

顔のない悪魔 Fiend without a face 1958

アーサー・クラブトゥリー監督、英、74分、白黒映画。カナダの空軍基地近くの集落では謎の死が起きていた。また空軍の試験も原子力を上げてもうまくいかない。近所の中年夫婦は叫びを上げて二人とも倒れる。怪奇事件の続出は何か空軍が関係しているのではないか。村からはそんな声が上がる。空軍の軍人は突然死した若い男の妹宅に行く。これで知り合いになる。若い妹はある博士の元で研究の助手をしていた。

最終的に明らかになるのは、博士の研究で必要な原子力を近くの空軍基地からいわば内緒で盗む形で利用しており、それが見えない怪物を作り出し連続殺人や空軍実験の失敗を招いていた、という事実である。その見えない怪物は姿を現わす。脳みそに脊髄が尻尾のようについている。多数の脳みそが博士宅を襲い、銃等で倒す場合も多いが博士などは殺される。対応には原子力発電施設を破壊するしかない。軍人がそれに赴く。簡単に原子力施設は爆破される。怪物どもはバタバタと落下して死ぬ。

2026年4月29日水曜日

ダージリン急行 The Darjeering limited 2007

ウェス・アンダーソン監督、米、91分。父親の死をきっかけで、それまで疎遠だった男の兄弟3人が会い、インドを列車で旅行していく。

一人は係員のインド女と関係し、また毒蛇を買った男はそれを取り上げられる。三人は列車から降ろされる。たまたまインド人少年の死に立会い、その遺体を村まで運んで行く。葬式に参列しろと言われる。飛行機に乗る直前、取りやめて母親のいる場所に行く。また列車に飛び乗り、旅を続けて行く。

2026年4月28日火曜日

ハンス・ロスリングと家族『ファクトフルネス』 Factfulness 2018

人々は思い込みによって、世界を誤って理解している。実際のデータで正しい理解をすべきと説く本である。著者はスウェーデンの医者である。著者は世界中で質問をしてきた。選択肢のうちどれが正しいかという問いで、多くの誤った回答を得てきた。世界は悪い状態である、低開発国の人間は、先進国と違ってひどい生活を送っている、という思い込みである。実際はデータを見ると改善されてきており、先進国の人間が思っているほど、現在の生活は悪くない。数十年前の先進国と同じような生活をしている。

そもそも豊かな国と貧しい国という二分法が間違っている。4つの水準に分けて世界の国々を分類すべきである。世界は分断されている、どんどん悪くなっている、目の前を過大視する、単純化する、犯人捜しをする、など十の分類に分けて、誤った思い込みをする要因を探る。改善するため、今すぐ行動に移せと提言する。(上杉周作、関美和訳、日経BP社、2019)

2026年4月27日月曜日

密会 昭和34年

中平康監督、日活、71分、白黒映画、桂木洋子主演。桂木は東大教授のかなり若い妻である。夫の教え子たちが家に来る。その中の一人と不倫の関係になっていた。

ある夜、二人が繁みで会っていると、タクシーが止まり、そこから男が出てきた。後から出てきた男は最初の男を刺し逃げる。明くる日、新聞を見るとタクシーの運転手が殺されたと記事が出ている。自分たちが見た事件であった。桂木は何食わぬ顔で過ごそうとしたが、相手の大学生は警察に行って話そうと言うのである。桂木は強く反対する。自分たちの間がばれてしまうではないか。その醜聞に耐えられない。しかし大学生は運転手の家族のためにもぜひ話すべきと言い張る。

家を出て駅に向かう。桂木は後を追う。駅のホームで電車が来る直前、桂木は大学生を突き落とす。大学生は轢かれる。桂木はその場を逃げて離れ、坂道まで来て息をつく。しかしほどなく自転車を漕いだ男二人がやってきて、桂木を捕まえ見ていたぞと言い、引き立てていく。

2026年4月26日日曜日

バワリイ The Bowery 1933

ラオール・ウォルシュ監督、米、92分。19世紀末のニューヨークが舞台。バワリイとはその地区の名である。ここで大物とされているのは酒場を経営している男で、孤児の少年を息子のように可愛がり、同居させている。ライバルはにやけた二枚目で、男と張り合っている。

火事の知らせが来ると、お互いに消防団を率いているので我先に火事の現場に駆けつける。江戸時代の火消しのようなものである。現場に着いても二人が自分の方が先だと喧嘩し、消火はそっちのけで地域は全焼する。歌手希望だが仕事のない若い女と知り合い、助けるため自宅に連れてくる。すると同居の孤児はすねて出ていく。ライバルは、男の家にいる若い女を見て惚れ、女も相手を好きになる。二人で海辺へ遊びにいったりする。

ライバルがブルックリン橋から飛び込むと宣言し、話題になる。男はできたら店をライバルにやると賭けをする。ライバルは人形を作り飛び込ませた。これでライバルの勝ちとなり、男は店をとられ、一文無しになっただけでなく、人々からも無視されるようになる。米西戦争が始まり、男は志願する。男にライバルの飛び込みはインチキだと言う者がいて、男はライバルの物となっている店に殴り込みに行く。二人で決闘することになる。島で行われた決闘から戻ってきたのは男であり、勝者となったので、また人気を取り返す。男に警察が来て、相手を負傷させた容疑がかかっていると言う。ライバルの病室ではあの女が付き添っていた。そこに来た男を、警察は負傷させた相手かときく。ライバルは否定する。警察は去る。男はライバルにお前も戦争に行けと誘う。映画の最後では二人が女と別れた後、軍服で行進し、孤児が荷車の中から顔を出す。

2026年4月25日土曜日

ヒッチ・ハイカー The hitch hiker 1953

アイダ・ルビノ監督、米、71分、白黒映画。ヒッチハイクをして車の運転手等を殺す犯罪者がいた。二人の男は途中で車がエンコしているらしい男を乗せてやる。実はその男がヒッチハイク殺人犯であった。銃を取り出し、自分の言うことを聞けと運転手とその同僚に指示する。

メキシコに逃げるつもりだった。ラジオで警察の動きを聞きながら車を走らせる。メキシコに着く。メキシコの警察は米の警察からの連絡で、ヒッチハイク殺人犯を指名手配にしていた。酒場で頼み事をすると、男の一人が殺人犯だと手配の写真を見て知る。警察に連絡する。男三人が着いた先でメキシコ警察が待っていて殺人犯を捕まえる。

2026年4月24日金曜日

愚か者の船 Ship of fools 1965

スタンリー・クレイマー監督、米、150分、白黒映画。舞台は1933年でドイツの客船がメキシコから出航する。その船上で起こる様々な人間の群像劇。有名な俳優としてシモーヌ・シニョレ、ヴィヴィアン・リー、リー・マーヴィンらが出ている。

特に主人公と言える者はいないが、シモーヌ・シニョレと船医の間に恋が芽生え、それが比較的大きい要素。シニョレは伯爵夫人と呼ばれ、島に着いたら収容所に入れられるらしい。船医は重病を持ち、家族との絆は切れている。ヴィヴィアン・リーは退廃的な雰囲気の婦人で、特に大きな事件が起こすわけでない。マーヴィンは女たちを買おうとする。

芸術家の夫婦がいていつも意見が合わず喧嘩をしている。小人の物知り男、ユダヤ人などの他、妻がユダヤ人だというので差別される男がいて、大声で抗議する。金がないので叔父を脅迫して取ろうとする若い男。途中から乗ってきた何百人というラテン系の労働者たち、仕事がなくなったので帰郷するのである。その中の一人の男はナイフで彫刻を彫るのが得意だが、海に落ちた犬を助けに飛び込み死ぬ。シニョレが途中の島で降り、船医も一緒に降りようとしたが止め、後に船上で病気のため死ぬ。船が港に着き、乗客らが下船するところで終わり。

2026年4月23日木曜日

戦争と母性 Pilgrimage 1933

ジョン・フォード監督、米、96分。アメリカの田舎町。青年が老いた母親と住んでいる。青年は隣家の若い娘と相思の仲である。しかし母親は娘との付き合いも結婚も許さない。自分を捨てて行くのは許せない。おりしも戦争中である。青年は志願したいと言っており、娘も母親も最初は反対していたが、母親は娘に息子を取られるくらいならと、自分から志願の手続きをする。青年は出征する前に娘と駅で会い、妊娠していると聞かされる。フランスの戦線に行く。母親のところへ息子が戦死したと連絡が来る。

10年経つ。生まれた赤ん坊は少年に成長している。未だに母親は娘や子供と付き合いしていない。息子を戦争で亡くした母親たちに政府の事業で、フランスに行く。母親は夜に橋で酔っぱらった若い男が、身投げでもするように見えて止める。タクシーでその男のホテルに連れていく。男はアメリカ人で、フランス娘との結婚を母親が許さないので絶望していた。母親は男の母親に会いに行く。ホテルで説得し、フランス娘との結婚を承諾させる。母親は米の田舎に戻ってくる。自分が今まで付き合っていなかった、息子の相手の家に行き抱きしめ、孫からも祖母と呼んでもらえる。

2026年4月22日水曜日

吉本隆明『13歳は二度あるか』だいわ文庫 2013

評論家の吉本隆明が13歳の少年に向けて、人生の生き方を自分の体験を通して語る。まず新聞を読めと言う。世の中が分かるから。人間のあり方は「個人としての個人」と「社会的な個人」という側面がある。後者は社会と交わる時の個人の側面である。さぼっている者がいたとしても黙って自分の仕事をすべきである。人間は強制では動かせない。自由な意思だけが人を動かす。「家族の一員としての個人」という、個人と社会をつなぐ面がある。

更に宗教、法律、国家がどういうものか述べる。次いで犯罪や死について述べる。なぜ人を殺してはいけないかという問いがあれば、自分で自分を殺してみればいいと答える。死が近くなると、死は自分のものでなく、周りの者の物になる。延命治療すべきかといった判断、死を納得するかなど、自分でなく周りの人間の物になる。また死は生の最終時点でなく、生と共にあるものであると言っている。生まれた時から生を照らし出すものが死だというのである。戦争について自分の体験から語る。最後に人間は自分の生まれた時代を引き受けて行くしかないと述べている。

人はなぜラブレターを書くのか 令和8年

石井裕也監督、東宝、122分。綾瀬はるかは食事屋をやり、夫、娘がいるが癌に侵されている。昔の時代に戻る。通学列車で好きな男に毎日会っている。その男子は進学校に通い、ボクシングも練習している。ボクシングの先輩はチャンピオンになると言っている。お互いに名前も知らず、男子は地下鉄事故で死ぬ。

綾瀬は大人になってから死んだかつての恋人あてのラブレターを書く。それを死んだ男子の両親が見て喜び、返信する。ボクシングの先輩は試合に勝ち、チャンピオンになる。綾瀬の娘は医者になると宣言する。綾瀬が死んだ後、娘が医学部受験に行くところで映画は終わり。

2026年4月20日月曜日

事件記者 真夜中の目撃者 昭和34年

山崎徳次郎監督、日活、52分、白黒映画。女の郵便局員が知り合いの男からクリスマスのケーキをもらう。同僚と帰る時、都電の停車場にそのケーキを置き忘れてしまった。そのケーキを見つけたタクシーの運転手は食って、後に運転中に死ぬ。ケーキの箱を見つけた警察はそのケーキに毒物が入っていると知った。

また郵便局に夜、二人組の強盗が入った。宿直の男を殺して逃げる。女の郵便局員は二階で強盗の名を聞く。新聞でタクシー事件を読んだ、ケーキを渡した男は驚く。その男は郵便局強盗の一人で郵便局侵入のため、局員に眠り薬入りのケーキを渡したつもりだった。それが毒薬だったのだ。郵便局侵入の男の名が新聞に出ている。知らずに毒入りケーキを渡した男は警察に行くと言いだし、仲間の男から刺される。郵便局員の女が来て介護する。強盗の男は高跳びを計るが、駅で警察から追われ、列車に轢かれる。

事件記者 狙われた十代 昭和35年

山崎徳次郎監督、日活、47分、白黒映画。深夜の神宮外苑で、若者たちがオートバイの競争をしている。賭けをしている。若い男はオートバイを借りて競争に参加した。人をはねてしまった。そのオートバイの持主で賭けの胴元をしている男は、若い男に大金を寄こせと脅す。若い男は姉の貯金通帳を盗もうとして、元軍人の父親に見つかりどやされる。その隙に、胴元の男は父親の拳銃を居間から盗む。

その拳銃で駅を襲い、来た警官を射殺してしまう。拳銃から胴元である前科のある男だと犯人は分かる。父親の軍人は警察に出かけて話す。オートバイ競争仲間にもぐりこんだ新聞記者は若い男に、はねた男は死んでいないと知らせる。記者の通報で警察がやってきて悪党どもは捕まる。

燃える平原児 Flamming star 1960

ドン・シーゲル監督、米、92分、総天然色、エルヴィス・プレスリー主演。西部に住むプレスリーの母親はインディアンである。父親が白人で、兄は前妻との子供、プレスリーは父親が再婚したインディアンが産んだ子である。インディアンが町を襲う。町人はプレスリーの家はインディアンがいるから襲われないだろうと嫌味を言う。

インディアンの若者はプレスリーのところに来て、仲間であると言う。母親はインディアンの部落に行って話をつけたいと言い、プレスリーと出かける。しかしもうインディアンの部落は母親を仲間と思っていなかった。気落ちして帰る途中、白人に銃撃され母親は負傷する。その白人をプレスリーはやっつける。帰宅して町に医者を呼びに兄弟は行く。しかし町人は医者を行かせない。後からプレスリーは強硬な手段で医者を連れてくる。しかし母親はもう死んでいた。プレスリーは医者が早く来なかったからだと医者に八つ当たりする。

インディアンの仲間になると行って出ていく。部落で歓迎される。父親はインディアンに襲われ、戦って殺された。プレスリーの兄が見つけ、死体を運ぶ。その兄もインディアンとの戦いで負傷した。プレスリーはインディアンの仲間から抜け出し、怪我をしている兄を助け出す。インディアンとも戦い、何人も倒す。プレスリーは負傷した兄を馬に乗せ、町に送り治療させる。後にプレスリーが町に来る。プレスリーは兄が大丈夫かだけ確かめに来た、と言って去る。

2026年4月15日水曜日

殺人者を消せ 昭和39年

舛田利雄監督、日活、94分、総天然色、石原裕次郎主演。裕次郎はサラリーマンであるが、毎日の決まりきった生活にうんざりしている。東南アジアで戦争をしているので、それに参加したいと思っている。東南アジア行きの船に密航で行こうとしたところを捕まって降ろされる。それを見ていた海運会社の課長は驚き、裕次郎の入っているブタ箱に面会に行く。裕次郎に次のような条件を持ち出す。

東南アジアに行かせてやる、その費用は持つ。ただし条件として、ひと月会社の社長になってくれないかと。見せられた次期社長の写真は裕次郎にそっくりである。社長、副社長とも事故死し、アメリカに行っている次期社長は帰国が遅れる。重役連は会社を乗っ取ろうと画策している。それで次期社長が帰国するまでの間、社長になりすましてくれないか、という頼みだった。裕次郎が社長として会社に乗り込む。重役連は実は前の社長と副社長を事故に見せかけ殺し、裕次郎も殺そうと企む。また次期社長には婚約者の十朱幸代がいて、十朱は次期社長の性格が以前と全く変わっているので、いぶかしがる。

重役連の企みは失敗し、逆に重役連が次々と死を遂げる。最後はヨットに乗ってここで真相が分かるのだが、課長が重役連を殺していたのだ。前の社長らと共に、課長の愛人も死んだからでる。重役連は凡て殺される。しかし課長は裕次郎のような能天気の男を憎んでおり、殺そうとしたが逆に自分が事故死する。十朱は裕次郎の正体を知ったが、かえって裕次郎のような悪人が好きだと言って迫る。裕次郎は飛行機で飛び立つ。隣の席には十朱が座っていた。二人は東南アジアの戦場でなく、スイスに行ってそこで結婚式を挙げる。

2026年4月14日火曜日

アクセモグル、ロビンソン共著『国家はなぜ衰退するのか』 Why nations fail? 2012

発展する国家といつまでも低開発のままいる国家の違いはなぜか。なぜ発展できたのか、また他の国家はなぜできないのか。この疑問に取り組んだのが本書である。従来から文化的要因、地理的要因などが挙げられてきたが、著者らはそれらを退ける。ここで著者が要因としてあげるのは、政治経済法制度が包括的か収奪的かの違いである。

収奪的制度では首長が自分の利益しか考えず、国家を成長させる技術や制度があっても採用しない。それに対して包括的制度をもつ国家とはあまり聞かない用語であるが、国家内の個人や企業に自由に利益を追求させ、それを保障するような市場、法制度の整っている国家である。それにはまず中央集権国家でなくてはならない。部族等が互いに争っているような国家では無理である。著者らは自分たちの主張を実証するため、多くの数量分析を行なったそうである。ただここでは数理的な記述は一切なく、歴史記述で説明していく。この歴史記述は本書で最も量を占める。歴史書と呼んでもいい。収奪的な制度は、まず初期に国家の発展をもたらすかもしれないが、永続しないという。そうなら中国の発展は続かないとなる。(ハヤカワノンフィクション文庫、鬼澤忍訳、2016年)

2026年4月13日月曜日

蓮實重彦『映画夜話』リトルモア社 2025

蓮實重彦による、映画館(渋谷シネマヴェーラ)で行った講演の記録である。同映画館で上映した(する)映画についての情報をあれこれ説明する。また映画人(吉田喜重、岡田茉莉子、倍賞美津子、監督の鈴木則文、評論家の山根貞男ほか、との対談、鼎談もある。講演であるから分かりやすい文である。蓮實の薀蓄が聞かれる。

2026年4月11日土曜日

突然の恐怖 Suden fear 1952

デヴィッド・ミラー監督、米、110分、白黒映画、ジョーン・クロフォード主演。クロフォードは脚本家。自分の劇を見ていて、男役が女にもてそうもない面をしているので交替させる。後にそれを気にする。列車の中で男と再会する。意外とよい男と思われた。付き合い結婚する。

しかし口述用の録音機に、男は知らずに情婦との会話が録音された。クロフォードは後になってそれを聞き、男が自分を騙し、殺して財産を奪おうとしていると知る。気が動転するが、なるべく男の前では平静を装うとする。

計画を立てる。男と情婦を騙しておびき寄せ、男を射殺してその容疑が情婦にかかるようにさせるものであった。しかし実際にその場になるとクロフォードは男を撃てない。逃げるが、男はクロフォードに気づき車で追ってくる。クロフォードは情婦と同じ格好をしていた。男は間違えて情婦に車をぶつける。情婦は死に、男も車が転倒して死んだ。

2026年4月7日火曜日

サスキンド『Growth』 Growth 2024

イギリスの学者による成長論。まず過去の経済成長を概観する。人類の長い歴史の間、成長しない時期がほとんどだった。成長が始まってからその成長要因を解こうとする試みがなされた。数量的に経済を計る手段がなければそもそも議論ができない。それで発明されたのがGDPである。GDPが出来たのちはその値、変化率(成長率)を第一と考えるようになった。

経済成長のみに関心があっても解決できない問題がある。それどころか成長によって、その代価として様々な問題が出てきた。気候破壊、不平等の拡大が生じた。技術の発達は従来の雇用への脅威、大企業への集中の他、政治決定まで影響が及ぶ。自由貿易、グローバル化はコミュニティを破壊したとある。こういった代償が生じたからと言って、著者は脱成長論者には組しない。「経済成長が消えたならば、それが意味するのは悲惨以外の何物でもない」(本書p.203)成長論で、昔は外生変数だった技術進歩はアイディアによって説明されるようになってきている。このアイディアを広める方策について言及する。ただ著者の基本的態度は「さらなる経済成長をするのか、それとも人間が大事にする経済以外のものごとを守るか、二つに一つかだと迫られて、圧倒的に前者を選んできた」(本書p.261)という、これまでの選択を批判する。

技術進歩の方向性を変えて、経済成長の性質も変えていけるとしている。成長だけで問題は解決できない。成長と環境、現在と未来、どちらを優先すべきか相反関係にある。政治の場での議論が必要で、それは政治家任せというのではなく、昔のギリシャの集会のようなもの、そういう場で検討が必要であろう。(上原裕美子訳、みすず書房、2025)

2026年4月5日日曜日

事件記者 時限爆弾 昭和35年

山崎徳次郎監督、日活、49分、白黒映画。すりの女がすった物の中に、今夜10時爆破するというメモがあった。女は警察に電話するが、相手にされない。その夜10時に貨物船が爆発し沈没した。乗組員の一人が死んだ。警察は女すりを捜す。女すりは自分がすった男をよく覚えているという。

爆発した貨物船の積み荷について記者たちは会社を回る。その中のある会社が価値のない積荷を高価と申告し、保険金を騙し取ろうとして、悪党に爆破させたのだった。広告を出して、女すりにすった男を会わせ捕まえようと警察は目論んだ。しかし警察が関係ない男に関わっているうちに、女が悪党に捕まえられる。女は悪党の隠れ家から逃げてきた。

保険金を騙し取ろうとしていた会社は、危なくなったのでトンズラしようとする。爆破をしかけた悪党が金を要求するので、会社の連中は銃で殺す。死ぬ前に悪党は逃げる連中の乗った船に爆弾をしかけておいた。警察がやってきて船との間で銃撃戦をしているうちに船は爆破する。

2026年4月3日金曜日

『ジャンヌ・ダーク』 Joan of Arc 1948

ヴィクター・フレミング監督、米、145分、総天然色、イングリッド・バーグマン主演。当時33歳になるバーグマンが、13歳で神の声を聞き、18歳で兵士として戦い、19歳で処刑となったジャンヌを演じているので、それが話題(というより批判)になってきた映画である。

これは田舎で少女として育ち、神の声を聞き、皇太子に会いに行く算段をし、軍隊を率い戦闘し、捕まえられ裁判になり、処刑されるという全生涯を収めているので145分でも描き切れない感はでてくる。それに基本的に史実に忠実に作ってあるので、面白おかしくする演出などはできない映画である。ジャンヌ・ダルクは史上最も関心のもたれる女の一人であろう。先に書いたように詰め込みすぎではあるが、ジャンヌの生涯について概観するのは良い映画と思われる。

2026年4月2日木曜日

五匹の紳士 昭和41年

五社英雄監督、松竹、89分、白黒映画、仲代達矢主演。仲代は車で人を轢いてしまい、出世がパーになっただけでなく、刑務所に入れられる。出所前に同室の平幹二朗から金になる話があると聞かされる。出てから指示された女に会うと、3人の男を消してくれ、報酬は1500万円と言われる。

最初の男は元警察官の井川比佐志で、会ってから仲代がいない間に何者かに殺される。井川の娘、少女を上原ゆかりが演じている。上原が付いてくるので、仲代はお守り役になる。次は田中邦衛で、最後の男は中谷一郎、いづれも殺される。

殺したのは中国人2人組で、以前彼らの大金を盗んだ、それで取り返しと復讐に来たのである。金のありかは服役中の平しか知らない。出所した平は仲代を金のある所に連れていく。変電施設で平は仲代を殺そうとしたが感電死する。仲代も手傷を負った。中国人が上原を誘拐し、金と引き換えに渡す、となった。上原を車に乗せてきた中国人は、馬鹿みたいな事で警察につかまる。仲代は金を上原に渡し、以前轢き殺した男の妻のところへ持っていけと言った。仲代も長くない。

2026年4月1日水曜日

黒岩重吾『法王の牙』中公文庫 2024

副題に「病院サスペンス集」とあるように、医療関係の話を集めた短編集である。収録作は昭和35年から48年という高度成長期で、特にまだ昭和30年代は貧しい時代であった頃の話である。著者の黒岩が大阪出身であるため、大阪が舞台の作品が多い。

『病葉の踊り』は戦争の影を引きずっている。戦時の経験が当時にからんでくる。『深夜の競争』は身体障碍者の病人たちの陰湿な確執、争いが下敷きとなっており、殺人が起きその原因が、障碍者たちならではの勝負にあった。『法王の牙』では医学界の徒弟関係、大物の醜さが描かれる。ある医師の妻が失踪した。新聞公開で捜そうとすると師であり、妻の義理の親である大物医師は名誉にかかわるので強く反対する。最後に原因が分かる。大物医師の実態のひどさも。

『さ迷える魂』は容姿に恵まれない看護婦の話。新しい勤務先の病院で、そこの医師にひどく惹かれる。しかも向こうから誘ってくる。有頂天になる看護婦。しかし実は医師は麻薬中毒であり、それを婉曲に隠すための方策の一つに使われていたと最後に分かる。『造花の値段』ではかつて上司に背いたので出世できないサラリーマンが主人公で、癌にかかっているのではないかと疑う。残りの人生が少なければやりたいことをすべきである。会社の機密を持ち出し、妻子を捨てて以前知った、四国の温泉の旅館の女中を訪ねる。その女中にひどく惹かれていたのである。女中とともに旅行で遊び、東京に戻ってくる。機密と引き換えに大金をせしめたが、実は女中には男がいて、大金と共に夜逃げする。主人公は自殺する。『最後の踊り』は戦時中、軍医とその下働きの男が戦後に病院を起こす話である。