2026年6月30日火曜日

矢崎美盛『物語ヘーゲル精神現象学』明月堂書店 2022

本書は矢崎美盛著『ヘーゲル 精神現象論』岩波書店、昭和11年の現代表記版である。書名が違うため別の本かと思うかもしれない。上記の『ヘーゲル 精神現象論』はヘーゲルの『精神現象学』の入門的な解説書として評価が高く、版を重ね、戦後に岩波書店から復刻版も発売された。

しかしながら戦前の出版であるため、口語体ではあるが旧字旧仮名で、昔のことだから漢字の割合が非常に高く、今では使わないような漢字や言い回しを多く使っている。そのため内容理解の前に、読解そのものに時間を取られていた。今回の現代表記で非常に読みやすくなった。

プリースト判事 Judge Priest 1934

ジョン・フォード監督、米、80分。1890年のケンタッキーが舞台。判事を勤めるプリーストの甥が弁護士資格を取り、北部から帰ってくる。隣家の娘を好きなのだが、母親は孤児だと言い結婚を認めようとしない。

この町に偏屈そうな男がいて、床屋で娘を私生児だと他の者が言うので、言った男を殴る。居合わせたプリーストも男の味方だった。殴られた男たちは恨みのため、玉突場で男を待ち構え喧嘩になるが、かえって傷を負わされる。これで裁判になった。男の弁護は新米の甥が勤めることになった。プリーストは男の味方であると言われ、この事件では判事をできなくなった。男は何も弁解せず、このままだと有罪になる。

プリーストは甥と共同の弁護士になって、牧師を裁判に連れてくる。そこで牧師は男の過去を話す。かつて無期の囚人だった。南北戦争の際に、兵士として従軍すれば刑は免除になるので、多くの者と一緒に戦争を戦った。勇敢で抜群の働きをした。隣家の娘の父親でもあったが、秘密にしてこの町に住んでいたと。これで一躍男は英雄に祭り上げられる。

バビロン Babylon 2022

デイミアン・チャゼル監督、米、189分。1930年前後の、発声映画移行期にハリウッドほか映画界の狂騒を背景にメキシコからやって来た若者と新進女優(マーゴット・ロビー)の出世、大物俳優(ブラッド・ピット)の生き様などを描く。

メキシコの若者はハリウッドの映画界の乱痴気パーティの準備のため、象をトラックで砂漠の中を運んでくる。象が糞尿を排泄する場面がのっけから出てくる。パーティに来た無名のロビーを中に入れてやる。メキシコ人はブラッド・ピットに気に入れられ、雑用から映画の道具調達まで仕事をこなし、映画界に入っていく。代役でロビーは注目され、瞬く間に大女優となる。それを貶す映画人もいる。メキシコ人も映画の製作にかかわるようになる。

最後はロビーも没落し、賭博で膨大な借金をこしらえる。メキシコ人が用意させた大金は映画用の札で、それがばれて危うく命を落としそうになる。メキシコにロビーと車で逃げようとする。国境近くでロビーを見失う。戦後になってメキシコ人は家族と共に自分が活躍したハリウッドに戻ってくる。映画館に入り、かつての栄光の夢を見る。

2026年6月28日日曜日

バートン・フィンク Burton Fink 1991

ジョエル・コーエン監督、米、116分。時代は1941年、ニューヨークの劇作家、バートン・フィンクは評価されている。ハリウッドから映画のシナリオ作家にならないかと誘いが来る。ハリウッドに行き、映画会社の社長と会う。レスリング映画の台本を書けと言われる。

ホテルの部屋でタイプライターを前に座っていると隣室から音が聞こえる。フロントに言って注意してもらう。扉を叩く音がする。開けると隣室の男である。大男で下に何か言ったかと迫られる。フィンクはたじたじとなって譲歩した言い方をする。二人はそれから仲良くなる。フィンクは映画のシナリオが書けずに困っている。遭遇した有名な作家と知遇を得て、招かれその女秘書兼情人とも知り合う。ある日、その秘書兼情人がフィンクの部屋を訪ねてくる。朝起きたら寝台の脇にはその女が寝ていた、だけでない、朱に染まって死体となっていた。驚愕したフィンクは隣室の男に話す。男は死体をシーツにくるみ、処理しに行く。男はホテルを出るが、また戻ってくると言い、フィンクに立方体の包みを託す。

後に刑事たちが来る。隣室の男は連続殺人犯だったと聞かされる。フィンクは書いた台本を社長に見せるが、全く気に入ってもらえない。後に日本との戦争が始まり、社長は参戦する気でいる。隣室の男が戻ってきて、刑事たちを皆殺しにする。フィンクは海辺に行き、腰を下ろす。たまたまやって来た若い水着の女が、部屋にかけてあった絵と同じ格好の、波打ち際に後ろを見せて座る。

2026年6月26日金曜日

ジュリアン・シモンズ『コナン・ドイル』 Conan Doyle: Portrait of an artist 1979

シャーロック・ホームズの生みの親、コナン・ドイルの伝記兼評論である。コナン・ドイルに少し関心があれば、ドイル自身はホームズ物が好きでなく、金のために書いていた、本当に書きたかったのは歴史小説だった、晩年の心霊主義への傾倒は知っているだろう。少なくとも自分でもそれくらいは知っていた。この本でそれにとどまらず知ったのは、ドイルは書斎の人とは程遠い活動家で、スポーツ万能、体格も180cmもあった。生涯に渡って常に積極的に行動し、ともかくヴィクトリア朝精神の権化で、それは偏見や独善、傲慢、狭量であったが、それ故の自信と勇気の人、愛国主義者であった。

晩年に息子を含む近親者が次々と亡くなり、そのあたりは不幸であった。心霊主義への関心はそれ以前からあったが、これらの不幸がドイル自身をより深まらせたと思う。本書は176頁の文庫ながら写真も多く、巻末に著作一覧及び索引まで載っている。ドイルの伝記では特に優れているのではないか。

刑事グラハム/凍りついた欲望 Manhunter 1986

マイケル・マン監督、米、126分。元FBI捜査官の主人公は乞われて、連続一家皆殺し殺人事件の解明に乗り出す。手がかりを得るため、刑務所に収容されているレクター博士の元に行く。主人公につきまとう雑誌記者はそれを記事にする。殺人犯は記者を捕えて火あぶりにする。

レクターと犯人の間で通信が始まる。暗号で何を伝え合っているのか、その解明に時間を要する。犯人は勤務先の盲目の若い女と知り合い、関係を持つ。ところがこの女に恋人がいると分かり、その相手を殺して女も攫う。主人公らFBIは、犯人が殺された一家双方のホームビデオを現象した会社に通う、バンを使う白人だという事実から、照合で犯人の名と住所を突き止める。主人公らFBIの面々が犯人宅に着き、主人公は家に飛び込む。犯人から撃たれて負傷する。その後から来たFBIらも次々と犯人に射殺される。主人公は起き上がり、犯人とも撃ち合いで相手を倒す。女は救助された。

アルティメット・コマンドーCIA vs デルタフォース The 2nd 2020

ブライアン・スキーバ監督、米、99分。米陸軍特殊部隊(デルタフォース)の隊員である主人公が大学の寮へ息子を迎えに行く。息子は女子大生と仲良くなっていた。その女子大生は最高裁判事の娘で、誘拐しようとしているのがCIAの連中である。CIAの長官は自分のいうことを聞かない判事の娘を攫い、脅すつもりだった。

娘を迎えに来た者が普段と違う。息子のために来た隊員は、不審に思い、娘に父親に連絡して確かめろと言う。別の者など寄こさないという返事で、会話は切れてしまう。攫う連中が通信を操作したのである。これ以降は隊員、その息子、判事の娘を襲い、娘を攫おうとするCIAと隊員及びその息子との大学内を舞台にした戦いになる。CIAの者どもは隊員に倒される。CIA長官は一度は娘の誘拐が成功したと思ったが、そうならず内輪の者に殺される。

2026年6月24日水曜日

デモンズ 2 Demoni 2 L’incubo ritorna 1986

ランベルト・バーヴァ監督、伊、90分。高層のマンションでゾンビどもが暴れ、住民たちとの戦いになる。若い娘の誕生日で友人等が集まってパーティをしていた。当の娘はテレビを見ていた。それはゾンビが出てくる映画で、探検に来た若い男女に襲いかかる。この映画を映しているテレビの画面からゾンビが出てくる。『ビデオ・ドーム』と同じ形態。娘をゾンビは襲う。ゾンビ化した娘はパーティの面々を驚かせ逃げさせる。

夫の帰りを待っている妻にも子供ゾンビが現れる。格闘が続く。なかなか子供ゾンビは死なない。夫が帰宅して片付ける。マンション全体で、住民たちとゾンビの戦いが行われる。最後は妻は子供を産み、ゾンビもいなくなった。

2026年6月23日火曜日

鏡の中の女 Ansikte mot ansikte 1976

ベルイマン監督、瑞典、119分。主人公の女精神科医が引越しのため空になった部屋で、祖母に電話する。祖母宅に行く。祖父は寝たきりの状態。女精神科医は自分の患者がうまく治らないので気分が良くない。夫と娘がいる。夫はアメリカに行って長い間会っていない。パーティで男の医者に紹介される。女たらしと言われている。

女精神科医は何もない部屋で、自分の患者が横たわっているのを見つける。救急車を呼ぼうとしたら男二人が現れ、暴行しようとする。女の身体が反応せず男たちは諦め去る。これがきっかけで女は精神状態が一層悪化する。恋人となった男の医師の元で、寝るわけでないが、女は自分の過去の精神的外傷について語る。母親からも祖母からも愛されていなかったと。男はいたわる。自分の娘と会う。娘から母親は自分を好いていないと言われる。祖母の家で、祖母が悪化が進む祖父を看護しているのを見て愛の形を知る。

2026年6月21日日曜日

心のともしび Magnificent obsession 1954

ダグラス・サーク監督、米、108分、総天然色。金持ちのドラ息子が湖でモーターボートを飛ばしている。同乗の女は怖がって岸で降りる。その後も男は爆走し、事故を起こす。呼吸器で手当てを受けている。その時同席していた警官に電話がかかり、早く呼吸器を病院に返してくれと言われる。警官が病院に返しに行く。同じ時間に病院の院長の夫人と娘が車で帰宅の途にあった。病院に着くと院長が死んだと分かる。呼吸器が間に合わなかったのである。

ドラ息子は病院で自分が助かったため、院長が死んだと聞かされる。病院に行く。夫人に会って償いの金を渡そうとしても拒絶される。その後も夫人を追いかける。しつこい男を避けるため、車から飛び出した夫人は事故に会い、失明してしまう。医者は匙を投げた。男はヨーロッパならいい医者がいるかもしれないと捜し、夫人を自分の費用で何も言わず、会う時は偽名を使って、ヨーロッパに旅出させる。ヨーロッパの医師たちの診断でもやはり治療は無理と分かった。男はヨーロッパに行き、夫人に会い、相手が自分を好いてくれているので求婚する。夫人は自分があの男だと知っていた。明くる日、夫人と友人の看護婦は何も言わずに去る。行き先を捜しても分からない。

男はアメリカに帰り、医師の勉強を始め、医師になる。何年も経ってから夫人が医院に入院し、危ない状態と知る。早速そこに行く。直ちに手術の要がある。男は自信がなかったが執刀する。後に夫人が意識を取り戻してから、目が見えると言い出す。

2026年6月20日土曜日

発狂する唇 平成11年

佐々木浩久監督、オメガ・プロジェクト、75分。連続女子中学生殺人の罪に問われている若い男の一家には嫌がらせが相次ぎ、テレビ記者も家の前で他の報道陣と共に集まっている。

一家の残りは女ばかり、母親と姉妹である。妹が兄を捜すため心霊研究所に行き、霊媒師を招くが家族の反発をくらう。一方で宇宙から来たような不思議な二人組とも会う。家には刑事がやってきて嫌がらせをする。公園に逃げた妹は別の刑事の追及に嫌気がさし、超能力を発揮してその刑事を念力で殺す。妹は家に来た刑事に暴行される。

霊媒師の導きで離れた場所にある家屋に行く。するとそこには殺された女子中学生の首が隠されていた。実は殺人犯人は一家の女たちだった。無実の息子に容疑がかけられていたのである。殺された子供の親たちが同席して、首を見つけ怒り狂って一家を追いかける。林の中で大乱闘になり、ほとんどの者が死ぬ。

ロビンフッドの冒険 The adventure of Robin Hood 1938

マイケル・カーティス監督、米、102分、総天然色、エロール・フリン主演。戦前の作で、『風と共に去りぬ』の前年の製作だが、総天然色できれいな色である。数あるロビン・フッド映画の原典であり、標準作となっている。シャーウッドの森での義賊のロビン・フッドの活躍は定番化した内容である。

ここではマリアンがリチャード王の被後見人であり、初めは敵のジョン王弟の一家の一人であり、ロビンをならず者と思っていたが、ロビンを知るようになってから惹かれていく筋である。十字軍に行っていたリチャード王が帰還し、ロビン一味が王の臣下になるところまでであり、ロビンの最後までは映画にしていない。

2026年6月15日月曜日

サイモン・ブレット『死のようにロマンティック』 Dead romantic 1985

我孫子武丸『殺戮にいたる病』のレビューに、この作品と似ていると言っているものがあった。『殺戮にいたる病』はなぜかベストセラーになっているらしいが、単に気色の悪い描写の多い猟奇殺人犯罪小説に過ぎない。このイギリスの小説を読んで、どこが似ているんだとしか思えなかった。少し考えて、多分、作者が読者に犯人を騙そうとする書き方をしているところかと思った。推理小説好きはトリックしか関心がないので、それ以外の小説のあり様に何の興味もないらしい。小説全体に関心のある読み方であれば、全く違う感想を持つ。

次のような内容である。1980年代のイギリスのブライトンというまちが舞台。そこの語学学校の教師である女は、30台後半だが独身でかなり空想的な性癖である。この学校に男の教師が赴任してくる。既婚者だが、女と男は相思の間柄になる。この女教師の生徒である18歳の童貞の若者(子供のような感じ)は、女教師に対して熱烈に恋をしている。同年代の若い子にも少し関心があるが、良心のかけらもない友人にこの女友達を寝取られたと思い悩む。それより憧れの女教師が男の同僚と恋人と分かって怒る。

途中で娼婦の殺人事件が起こる。何も名前を書いてなくて、読者に誰かと思わせるような書き方である。若者は女教師とその恋人が一緒に泊まろうと計画してるのを知り、何としても阻止すべく女教師の車を猛スピードで追いかける。そのため警察に捕まってしまう。ホテルに着いていよいよ事に及びそうになると男は乱暴を働き、女はたまたまあったナイフで刺して殺す。実は男は連続殺人犯で娼婦殺しもしていた。独身なのに既婚のように装っていた。女教師はその後も教師を続け、何の嫌疑もかからなかった。警察も男が連続殺人犯であると分かったので、逆に娼婦に殺されたのだろうと見当をつけて終わった。

2026年6月12日金曜日

西尾幹二『国民の歴史』 西尾幹二全集第18巻 平成29年

独文学者の西尾による本書は平成11年に刊行された。日本で主流の左翼的歴史観に真向から反対するその記述は多くの議論を呼んだ。その後文庫化され、西尾の全集に収められた際には、過去の批判への対応などが書かれている。

本書は左翼的歴史書ではないが、だからと言って書名から連想されるような通史ではない。著者の歴史観を述べた書である。だから古代については多く述べられているが、その後の歴史展開を追った書ではない。これまで日本で主流だった左翼の歴史観に対する批判が非常に多い。そういうわけで本書を多くある日本史を、保守的な観点から書いた本と思わないように。

2026年6月9日火曜日

アンリ・カルティエ=ブレッソン『The decisive moment』 2024

別に写真に凝っているわけではないが、何年も前、仏の写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集『決定的瞬間』は、古典だと聞いた。それでAmazonでかなり高価だったが注文した。英の書店で、到着まで随分時間がかかるはずだった。ところがかなり経ってから注文が一方的にキャンセルされた。理由も何もなく販売元からキャンセルされたのは後にも先にもなく、この時だけである。それからこの写真家に当時は未練があったのか、『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成 国際共同出版』という岩波書店から発売されていた本を買った。これも自分が買う本では高かった。

その後かなり経ち、この写真家を忘れ始めていた。ところが先月たまたまAmazonでこのThe decisive momentを売っているのを見つけた。それで注文した。昔よりは値段が安い。半月ほどして届いた。包装を開けてまず思ったのは「小さい!」であり、若干驚いた。写真集てのは大型本が多いではないか。元々この大きさだったのかと思ったりしたが、調べてみるとこれは2024年に発売された新版であり、大きさを以前の物より小さくしたと分かった。届いた本は23cm×18cmで、菊判より若干大きいくらい。元の本は37cm×27cmくらいあるらしい。横幅が今度の本の縦の長さより長い。持ち運びしやすいし、場所も取らないという利点はあるが、このコンパクト化に対して、外国のレビューを見るとカンカンになって怒っているものがある。

内容は次の様になっている。まずカルティエ=ブレッソンによる前書きがある。写真の部は西洋篇と東洋篇に分かれる。西洋篇では#1から#63まで写真があり、その後、各写真のキャプションがある。いつ、どこで撮ったかの情報の後、写真によっては説明がある。多分一番有名な、水が張っていて、梯子が横たわっているところを男が跳んでいる写真については、どういう状況での撮影か書いてある。西洋篇の後は東洋篇が#64から#126まであって、キャプションがある。その後は、写真家への注や本が出来た経緯を他の人が書いている。なお頁数が振ってあるのは写真の頁だけで(p.126 まで)、それ以外の頁には頁数はない。元々この本は70年以上前の出版で、写真が撮られたのは戦前から1950 年頃までである。共産革命直前の中国の写真が幾つかあって、それらを見ていると古い時代の撮影と、余計実感する。非西洋では服装が変わっているから。西洋は昔から洋服を着ているので今と連続している。

2026年6月5日金曜日

もしも徳川家康が総理大臣になったら 令和6年

武内英樹監督、東宝、110分、浜辺美波ほか。新型コロナ時の日本が舞台、総理大臣がコロナで急死する。代わりの総理はじめ閣僚を、AI技術によって昔の偉人たちを出現させてやらせる。総理大臣が徳川家康、官房長官を坂本龍馬、財務大臣を豊臣秀吉、経産大臣を織田信長、その他、紫式部や徳川綱吉、北条政子などが出現し、各大臣の地位につく。記者をしている浜辺は特に坂本龍馬に気に入れられ、取材をしていく。

家康内閣は新機軸で人気を博す。個人的に織田信長の人気は高かったが、突然、消えてなくなる(死ぬ)。その遺志を継いだ秀吉が今度は大人気になる。しかし信長暗殺の犯人は秀吉だったと分かる。秀吉は今のダメな日本には自分の指導が必要だと演説する。家康を牢屋に閉じ込めたが、家康は出てきて秀吉に対抗する演説し、日本人を信じたいと話す。秀吉は自ら消える。家康内閣は辞職し、閣僚凡てが消えてなくなる。

2026年6月4日木曜日

まわり道 Falsche Bewegung 1975

ヴィム・ヴェンダース監督、西独、104分。主人公の青年ヴィルヘルムは作家だが、スランプに陥り旅に出る。列車で出会った大道芸人の老人と少女。少女は口がきけず芸担当でナスターシャ・キンスキーが演じている。老人は後にナチスの軍人だったと分かる。主人公を慕う女優が出てくる。また放浪詩人の青年、これらと一緒に旅を続ける。

詩人の叔父の家と思っていくとそこは別人の家で、ただし歓迎され、留まるよう要請される。そこの主人は妻を亡くし、自殺を考えていた。後になって実際に自殺した。一行はまた旅に出て、別れる者も出てくる。主人公はまわり道をしてきたと回想する。

2026年6月3日水曜日

我孫子武丸『殺戮にいたる病』講談社文庫 1996

推理小説というより猟奇犯罪小説というべき。確かに最後にトリックが明かされるが、それより殺人の描写がスプラッター的、スラッシャー的に書かれており、その驚きに比べると、トリックなど付け足しのように思えてくる。

女が次々と殺される。しかも胸部や更には他の箇所まで切り抜かれていた。退職した刑事が世話になっていた看護婦まで犠牲になる。また犯人の家では、母親なるものが自分の家族の犯行ではないかと疑心暗鬼になる。姉を殺された妹は、元刑事と組んで犯人を捜していく。実際に犯人に捕まって、あわやという所で乱入した男と犯人が格闘する。男を殺した犯人は自宅に戻るが、そこで真相が明らかになる。初版は1992年。

2026年6月2日火曜日

女死刑囚 平成3年

高瀬昌弘監督、90分、柏原芳恵主演。映画は柏原芳恵が死刑台に連れてこられる場面から始まる。首に縄をかけられ、無実だと叫ぶ。なぜ死刑囚になったのか。恋人が車を暴走ともいえるような運転している。止まった時、警官が三人来たが、何者かに撃ち殺される。柏原が目が覚めた時、手に銃を持っていた。近くに警官三人の死体があるので、殺害容疑がかかった。死刑宣告を受ける。柏原の家では父親が病気で死に、その他の家族にも不幸が襲いかかる。

死刑台で絞首されたが、後から生きていると分かった。周りにいた連中によって、これから殺し屋になるのだと宣告される。その後は女射撃手として外国に行き、銃撃戦に参加する。最後は悪役を殺す。母親と妹が東京で歩いているところを後ろから見守り、そのまま姿を消す。

2026年6月1日月曜日

火星から来たデビルガール Devil girl from mars 1954

デイヴィッド・マクドナルド監督、英、76分、総天然色(着色版)。スコットランドの田舎にある宿屋。離れた所に隕石が落ちた。若い男が入ってくる。宿屋の娘と知り合いである。脱獄囚だった。学者とジャーナリストが車で来る。隕石を調べるためである。宿屋には前からモデルが泊まっていた。

激しい光と共に空飛ぶ円盤が近くに着陸した。電話は通じなくなるし、車も動かなくなる。これは円盤のせいだった。長身の黒ずくめの衣装の女が宿屋に来る。火星から来たデビルガールである。火星では、男女間で戦争があり、男が負けて少なくなった。それで地球に男を調達に来たのである。本当はロンドンに降りるつもりが、間違えて田舎に降りてしまった。四角型のロボットも降りてきて光線で対象を焼きつくす。宿屋には少年もいて、好奇心から近づくとデビルガールに攫われてしまう。デビルガールは健康な男が必要なので、少年と交換として脱獄囚の男が円盤に乗る。予め破壊するよう、学者から言われていて、円盤が飛び立ち上空まで行ったら大爆発を起こして吹っ飛ぶ。宿屋ではお祝いのパーティを開く。