ドストエフスキーの長篇小説でも特に評価が高い、というより関心を持たれている作品である。当時のロシヤで革命集団が仲間を殺害した事件があった。それに触発されドストエフスキーは革命運動への批判という意図をもって書き始めたが、もちろん小説としてそれに留まらない。特に主人公にスタヴローギンという謎めいた青年を配し読者を惹きつける。スタヴローギンを巡る連中の革命運動や、スタヴローギンの過去が大きな関心を読者に呼び起こす。後者には少女に対する不道徳行為があって、ここの部分が当時は雑誌に発表できなかった。活字にしてまともな雑誌に載せられるような内容でないと判断されたからである。そのため作者は以降の筋を新たに工夫する必要が生じ、今日我々が読める作品は妥協の産物となった。それにしても強い印象を残す作品となっている。(翻訳多数)
2020年11月30日月曜日
リサと悪魔 Lisa e il diavolo 1973
マリオ・バーヴァ監督、伊、95分。イタリアならでの恐怖映画で不可解な展開がある。
観光でトレドに来ていた女主人公リサ、友達と離れて街を歩き、ある店に入る。売り物でないと言われる。そこにいた禿男、マネキン人形を抱えている。そのうちリサは迷子になる。あの禿男に会い、道を尋ねる。髭の男がやって来て知り合いかのように声をかける。その男を倒して逃げる。夜になる。偶然車に会い、乗せてもらう。夫婦が乗っていた。車が故障する。運転手は直らないと言う。近くにある屋敷に声をかけても、拒否の返事が奥から女主人の声で聞こえる。若い男がやってくる。リサに声をかける。これまた知り合いかのようである。若い男はそこの屋敷の息子で頑固な母親を説き伏せみんなを屋敷に入れる。ここの執事があの禿男だった。リサは昔ここにいた女と似ていて間違えられたらしい。車の夫婦のうち妻は運転手とできていた。この不気味な屋敷で次々と怪しい出来事が起こる。ほとんどの者が殺される。リサは息子の以前の婚約者と酷似で、それで不快な目にあったのだ。リサは逃げだし飛行機で帰国する。しかし飛行機は誰も乗っていない。捜すと屋敷で死んだ者たちが同乗していた。これらは幻想であった。元の屋敷で目が覚める。しかし屋敷は蔦に覆われた廃墟になっていた。そこから出た隣の空き地では子供たちが球遊びをしていた。子供たちは幽霊屋敷から来たと騒ぐ。リサは街に出てまたあの禿男と会った。2020年11月29日日曜日
ファントマ ミサイル作戦 Fantômas contre Scotland Yard 1967
アンドレ・ユヌベル監督、仏、105分、総天然色映画。
ファントマシリーズの最終作映画。本映画はジューヴ警視の活躍が多く、より喜劇的出来になっている。ファントマ対策のため、警視やジャン・マレー、ミレーヌ・ドモンジョはイギリスに渡る。ファントマはギャングのボスらを脅し大金を要求していた。また警視ほかが滞在するスコットランドの古城の主人を殺して化けていた。主人の妻は浮気をしていて間男と主人を殺すつもりだった。狐狩りをする。多くの犬を放ち馬に乗って主人、警視、マレーほかの面が駆ける。警視らはファントマに捕まり騙され、主人だと思い犯罪に加担させられる。マレー、ドモンジョはファントマの手下を捕まえて、主人に化けたファントマを逮捕する寸前にいく。その時ファントマの合図で警視らがマレーらに後ろから銃を突き付け、ファントマを逃がしてしまう。城の塔から発射されたロケットで逃げた模様。イギリスの空軍の飛行隊がやってきてミサイルで撃墜する。警視らはファントマの最期だと喜ぶ。その間、ファントマは自転車に乗って大金を持ち、途中で手下の車に拾われ逃走する。2020年11月28日土曜日
オルフェの遺言-私に何故と問い給うな Le Testament d'Orphee -ou ne me demandez pas pourquoi 1960
ジャン・コクトー監督、仏、79分、白黒映画。コクトー自身が主演。
全体的に筋が良く分からない映画である。前作の続きの場面から映画は始まる。コクトーは仏革命前の服装で現れ、科学者の子供時代ほか、その男の異なる年齢時に出てくる。科学者は子供の時、母親が驚いて落としたため後で死ぬ。その後、コクトーは現代の服装になり、殺された詩人を蘇らせ、一緒に行動する。死の女王マリア・カザレスらの前で裁判を受ける。形而上学的応答である。更に様々な場面をとおり、子供にサインをせがまれる。サインが化物みたいな像の耳に差し込まれると耳から紙が沢山出てくる。コクトーは女神の像の前に来て、その槍を胸に受け、死ぬ。みんなが死体の周囲に集まってくると、直立に起き上がる。生き返ったコクトーは白バイに止められる。あの詩人が出てきてコクトーを連れ去る。警官たちはそこを通り過ぎた若者たちが乗るオープンカーを追う。
2020年11月26日木曜日
バルザック『知られざる傑作』 Le Chef-d’œuvre inconnu 1831
バルザックの芸術小説の中でも名高い一作。若い画家プーサンがまだ無名の時代、有名な画家を訪ね、その際、師匠に当たる者を知る。極めて優れた才能を持つ巨匠だった。長年自分の絵にふさわしい美人が見つからない。それで絵画を完成できない、と分かる。プーサンのモデルで恋人は非常な美人であった。プーサンは自分の恋人に上記巨匠のモデルになってくれと頼む。恋人は嫌がったがプーサンの頼みなのでしょうがない。プーサンともう一人の画家は、巨匠のアトリエに行く。長年かけて制作してきた絵画はどんなものか。見ると足の絵しかない。他の部分はない。巨匠が描いたつもりでいたのか。巨匠に伝えると驚く。明くる日その巨匠は死んだと分かる。
昔読んだツヴァイクの『見えないコレクション』を思い出した。もちろんバルザックの方がはるかに早い時期の創作である。
バルザック芸術/狂気小説集1には、これまでにブログで書いた小説の他、『財布』『ピエール・グラスー』が入っている。前者は、無くなった財布を取られたかと思っていた画家がその家の若い娘が刺繡してくれていたと後に分かる。後者は、富を築いたむしろ凡庸な画家を描いている。
2020年11月25日水曜日
P.フォーキン『ドストエフスキーの「信仰告白」からみた『カラマーゾフの兄弟』』
著者のフォーキン(1965~)はロシヤのロシア国立文学博物館研究員。本年2月日本で行なった講演の記録。
ドストエフスキーのカラマーゾフをロシヤ正教の立場から分析した論文。著者によればカラマーゾフは伝統的な小説ではない。小説の形をとった作者の信仰告白という。
本論文では『カラマーゾフの兄弟』の精神的内面構成はキリスト中心的な性格を持つとする。アリョーシャをキリストと見立て、作品を理解する。イワンの語る「大審問官」も最後にアリョーシャがイワンに接吻することによって、キリストの勝利を意味すると解釈する。ドストエフスキーのキリスト教解釈の問題はいつも日本人を悩ませるが、その回答の一つの例がここにある。
2020年11月24日火曜日
出口治明『哲学と宗教全史』 2019年
元は実業家ながら最近何冊か書を出している著者による哲学と宗教を解説した啓蒙本。たぶん多くの読書家が関心を持っているであろう二つの分野の概説である。著者が選択した過去から現代までの事項を説明しているため、かなりの大著になっており、難しい内容ではないが読むのに時間がかかる。著者は解説するに留まらず、自分の主張を述べたい意欲が強いようである。特に名称についてこれまで流布してきた呼び名は是正の必要を大いに感じているらしい。また偏った、誤りとされる見解についても同様に正すよう訴える。イギリスを連合王国といったり(英国でなぜいけないか書いていないが)、マホメット、メッカなどイスラム関係で多数の「不正確な」表記の正しい呼び名を書いている。
西洋の近世哲学など比較的知られている部分は、昔からおなじみの内容である。フィヒテでは『ドイツ国民に告ぐ』という政治主張の書が挙げられ、高校の参考書を思い出した。ずいぶん前に出た中公世界の名著のフィヒテの巻では、フィヒテの哲学の説明があった。
こういった類の本なのに索引がない。索引のない本など本ではないと言った学者がいた。読み捨てる本のつもりなのかと思った。(ダイヤモンド社出版)
