1901年に発表されたホームズの長篇小説である。発表の順序では『最後の事件』(1893)の次で、当時の読者にはホームズが復活した小説であり、大評判になったそうだ。『空き家の冒険』(1903)より早い公表である。ただ時代は『最後の事件』より前の設定となっている。次のような話である。
旧家に伝わる怪奇な話がある。そこに出てくる犬と関連しているのかと思わせる怪死事件が起きる。財産を相続する甥がアメリカから来る。しかしその男に危険が迫り、ホームズが乗り出す。
舞台は最初の方はロンドンだが、大部分はデヴォンシャーのダートムアという田舎である。そこの怪しい雰囲気が小説を大きく支配している。
ホームズの長編小説は、短編に比べて推理小説というより冒険小説的になる。謎解きより話そのものが関心の対象になる。本書も謎解きの観点から言えば全く面白くない小説である。登場人物は少ないから犯人はすぐ分かる。ミスディレクションというのか、読者の関心を他に逸らす書き方をしているが、現代の読者には幼稚な感じさえする。夜光怪獣の謎も子供だましもいいところである。長編小説の中ではせいぜい四番目の出来であろう。
それでは本書の特色はどういう点か。やはり異色作というところであると思われる。事件の主な舞台はロンドンでなく田舎で、そこでの怪談めいた話や活劇が出てくる小説である。また形式においては小説の真ん中にあたる部分はホームズは出てこず、ワトソンが活躍する『ジョン・H・ワトソンの冒険』とも言うべき、スピンオフみたいになっている。通常のホームズ物からすれば規格外の作品である。なぜこんな小説になったのか。それについては後に書く。
変わったホームズ物を求めるなら勧められるかもしれない。ただ典型的なホームズ物とは言えない。新潮文庫の解説で、エラリー・クイーンが本小説を高く評価しているとあるが、自分にはどこを評価しているか見当がつかない。クイーンの評価の内容を聞いたところで、自分の意見は変わらない。
この小説で一番面白かった箇所は、来訪した医師がホームズを欧州第二と言って、ホームズが気を悪くする場面である。ここを読むと『瀕死の探偵』でホームズがワトソンを「君なんか経験も資格も大したことない一般開業医に過ぎないじゃないか」と言ってワトソンを侮辱する(策略だが)ところを思い出した。
さて『バスカヴィル家の犬』の成立については興味深い経緯がある。ドイルが書きたかったのは歴史小説で、ホームズ物は請われて金のために書いていたとは周知であろう。ドイルはホームズ物が嫌になって『最後の事件』で殺したが、読者からはホームズ物への要望が激しくなった。だからといって書く材料もない。
そこで出会ったのが、ジャーナリスト兼作家のバートラム・フレッチャー・ロビンソンである。はしょって言うとこのロビンソンによって材料が提供され、それが本小説の素になる。最初この作品はロビンソンとの共著で出る予定であったが、後にドイルの単独作として公表された。そもそもの本小説のアイディアはロビンソンのものと言っていいのか、少なくともその関与、助力があったのは確かである。
そういうわけで変格物のホームズになったのも分かる。
「コナン・ドイルはロビンソンに合作を申し出たが、ロビンソンはそれを辞退した。」とシャーロック・ホームズ全集第5巻(ちくま文庫)のp.739の覚書にあるが、それで済んだわけでなく、後に色々議論を生んだ。正直なところ、本小説の成立経緯は、こんな小説よりよほど面白いというか、興味をひく。
なお小説家がアイディアを他に求めるのは珍しくない。夏目漱石も『抗夫』の案は他人から買ったし、芥川龍之介の有名な短編は『今昔物語』の書き替えが多い。太宰治の有名な小説も元の作があると言われるようになった。
翻訳は新潮文庫の延原謙訳の、昭和29年初版で読んだ。20世紀半ばの翻訳という感じがした。以下、読んでいて気になった箇所について、原著や他の翻訳との比較を書くが、あら捜しをするつもりはなく、たまたま目についた場所を書いているだけである。
第2章初め、ホームズのところに来た医師が持つ古文書の年代推定のところである。延原訳は次のようになっている。ホームズのせりふである。
「この種の書類の年代の鑑定が、十年か二十年以上もちがうようじゃ、玄人とはいわれません。」
(昭和29年版、p.13)
年代推定で二十年も違っていいのか、と思わないか。それで原著を見ると次の通り。ホームズの原著は英語なので、中学以来の勉強のせいで何とか意味が分かるのがよい。
”・・・It would be a poor expert who could not give the date of a document within a decade or so. You may possibly have read my little monograph upon the subject. I put that at 1730.”
「within a decade or so」なので十年かそこら以内、くらいの意味か。
自分の持っている他の訳書、いずれも古いものだが、を見ると次のようになっている。
「古文書の年を十年からうえも読みちがえるようでは、玄人の名が泣きますからね。」
(富山太佳夫訳、シャーロック・ホームズ全集第5巻、ちくま文庫)
「文書の年代を誤差が十年くらいの範囲内で推定できないようでは、専門家として失格です。」
(大久保康雄訳、ハヤカワ文庫)
「文書がつくられた年代を誤差十年ぐらいの範囲で推定できないと、専門家の肩書が泣きますよ。」
(鮎川信夫訳、シャーロック・ホームズ大全、講談社)
延原訳でなぜ a decade or so を、倍の範囲まで広げたか。これは12年ずれていたので、それを許容範囲とするためだったのか。
また第六章の初めにある次の文も気になった。
執事夫婦を追い出したらというワトソンの提案をホームズが一蹴するところである。
「万一罪があるとすれば、虎を野に放つようなもので、先生がたは舌をだして喜ぶだけだよ。」(昭和29年版、p.83)
少し不自然さを感じたので原文をみてみた。
“if they are guilty we should be giving up all chance of bringing it home to them.” (chanceは原文のまま)
これでは捕まえる機会を逃す、くらいの意味ではないか。持っている他の訳本は次のようである。
「二人が犯人だとしたら、思いしらせてやる機会をみすみす捨てるようなものじゃないか。」
(富山太佳夫訳、シャーロック・ホームズ全集第5巻、ちくま文庫)
「もし有罪なら、それを立証する機会を逃すことになる。」
(大久保康雄訳、ハヤカワ文庫)
「もし有罪だとしたら、それを彼らに認めさせる機会を失うことになる。」
(鮎川信夫訳、シャーロック・ホームズ大全、講談社)
なぜ延原訳で虎を野に放つとか、舌を出して喜ぶなどという表現を使っているか不明である。訳者の好みなのか。
さてこの延原訳で最終ページの最後から二行目を見た時、驚き目を見はり、笑ってしまった。
「僕はユグノー座の切符をもっている。」(昭和29年版、p.263)
原文は次の通り。
“I have a box for ‘Les Huguenots.’”
Les Huguenotsとは独生まれ、仏で活躍した19世紀のオペラ作曲家マイヤーベアの代表作『ユグノー教徒』のことである。生前は大人気だったが、後に忘れられた。今では再評価され、復活し、多くのCDやDVDが出ている。この翻訳が出た当時、日本のクラシックファンでも『ユグノー教徒』を知っている者はほとんどいなかったはずである。訳者はLes Huguenotsが歌劇とは分からなかったのだろう。
更に旧版p.221の3行目に前後の文からして明らかに誤訳と分かる箇所がある。原文など見る必要はない。なぜ長年気がつかなかったのか。改訳新版では直っている。
現在、延原訳として出ている新潮文庫は改版しただけでなく、子が訳文に修正を加えている。新版p.318に「不適当と思われる訳文は修正した」とある。
その新版(平成23年)で見たら、上のユグノー座は『ユグノー教徒』(p.314)になっている。ただ「十年か二十年以上もちがうようでは、」(p.18)や、虎を野や舌を出すのところ(p.95)はそのままである。
また第二章の古文書は文語文から口語表記に変えている。当時は文語文に抵抗を感じる人は少なかったと思う。戦前の公文書はすべて文語体だった。更に新版では高齢社会に考慮し、活字が大きくなっている。
書評などで、文章または訳文が不適当と言っているだけで、それがどこか書いていない場合がある。そういうのは嫌いなので、ここでは具体的な場所及び他の訳を示した。
延原訳は非常に評価が高いそうである。だから多数意見に沿う内容でなくともいいだろうと思って書いた。もし延原訳でバスカヴィル家の犬を読むのなら、爆笑物のユグノー座がある旧訳を勧める。古銭蒐集でも瑕疵のある硬貨は価値があるそうではないか。
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