フランスの著者による弦楽四重奏曲の歴史や名曲についての手頃な解説である。個人的な思い出を書く。今から半世紀ほど前、LPレコード時代の名曲名盤選を見ていた時、バルトークの弦楽四重奏曲の項に「バルトークの弦楽四重奏曲はベートーヴェンのそれと並ぶ傑作である」と書いてあり、びっくりした。弦楽四重奏曲というのはベートーヴェンからバルトークまでの間、ろくな曲がないのか。何という底の浅い、奥行きのない、数で見ると貧弱な音楽なのか。しかし関心はあったので、それ以来、色々な弦楽四重奏曲を捜し、鑑賞してきた。ベートーヴェンとバルトーク以外にも聞くべき曲は当然ある。本書でもそのヒントを得られて鑑賞の幅が広がった。
本書は『弦楽四重奏曲』と題されているが、扱うのは弦楽四重奏曲に留まらず、その他の室内楽も考慮に入れている。例えばブラームスは弦楽四重奏曲よりもその他の室内楽に有名曲が多いのではないか。弦楽四重奏曲に限って言えばブラームスよりシューマンの方をよくきく人がいても不思議ではい。しかし本書ではブラームスはベートーヴェンと並び19世紀の室内楽に君臨すると述べている。ベートーヴェンについては言うまでもないが、ブラームスは室内楽のほとんど凡ての形式を作曲したからだと言う。(本書47)なるほどこのように言えば室内楽へのブラームスの貢献は大きい。つまり狭く弦楽四重奏曲に限定されないのである。その一方で本書ではヴァイオリン・ソナタへの言及がない。ここではヴァイオリン・ソナタは室内楽の範疇にないようだ。クラシック音楽は18世紀から19世紀の中欧、ドイツ語圏の作品が主要と見なされている。ただ室内楽の愛好家はフランス音楽をきく頻度が大きい。解説で「フランス人の著作であるので、フランスの室内楽曲についての説明が物足りないということはない。」(p.174)とあるが、どこの国の人間が書いても、19世紀後半以降のフランスの室内楽については相当取り上げなければいけないと思う。
先にベートーヴェンとバルトークの弦楽四重奏曲が双璧だとの、半世紀前の指摘に驚いたと書いたが、バルトークの重要性についてはこの本でもp.144以下に書いてある。ただバルトークは6曲しか弦楽四重奏曲を書いていない。ベートーヴェンの、特に後期とバルトークについては最近ではあまりきく気がしない。丁度交響曲が好きで様々な交響曲をきいている人が、毎日ベートーヴェンの有名交響曲をききたいと思わないであろうと同じである。やはり弦楽四重奏曲は多く書いている作曲家がいい。そういう意味でハイドンなど特に好きだし、また本書p.165にある20世紀の作曲家で弦楽四重奏曲を多くものしている、ショスタコーヴィチ、ミヨー、ヴィラ=ロボスのうちショスタコーヴィチは一番好きな作曲家(交響曲なぞは全くきく気がしないが)と言っていいし、最近はヴィラ=ロボスをよくきいている。ブラジル風バッハ風ではないが、好きである。ミヨーは以前全集も出たらしいが、今では廃盤になっている。(山本省訳、文庫クセジュ、2008年)
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