まず『闇に駆ける猟銃』は有名な津山事件の記録である。例を見ない大量殺人であり、ドイツで1913年に起こったワグナー事件の概要を、大量殺害の前例として併せて記している。多分、近代日本の犯罪史上最も有名な事件の一つではなかろうか。ところが本書の本文及び解説にはあまり知られていないと驚くような記述がある。
「・・・この事件はあまりひろくは世に知られていない。当時、地元の新聞はさすがに大きく報道したが、それも束の間で、すぐ消えた。」(本書p.12)この後、清張は戦争中だったから当局の好ましくないという意図が働いたかもしれないと推測を述べている。昭和42年当時はあまり有名でなかったのか。解説にも「・・・これだけの大事件でありながら犯罪学の専門家には知られているが、一般にはほとんど知られていない」(p.236)とあり驚く。文庫出版の昭和50年当時になっても無名の事件だったのか。どこで読んだか失念したが、本事件は当時から大評判になったとあって、知られていないなどとはとんでもない、という文があった。清張の文に対する反対のように思えた。
肝心の本文の記述につき述べる。犯人の名はそのまま使っているが、被害者らは仮名である。そういう意味で犯罪の記録ではない。名前などは意図的な改変だろうが、他の部分でも変更があるかもしれない。この作の最後に、東京久留米で大正時代に起こった、衝動的な殺人について簡単に触れている。この事件についてインターネットで記事があり、清張の文は事実と異なると書いてあった。
以上の記述で、本書を貶すつもりは全くない。事件について冷静に、なおかつ興味を持って読めるよう書かれている。本事件に関心がある者はまず読むべき著作である。
『肉鍋を食う女』は終戦の年に北関東の山村で起きた猟奇事件である。加害者被害者共に精神薄弱で、母親が継子を殺し食糧の足しにした。終戦後の食糧事情が影響している。もっともこの短篇では、明治時代に起きた野口男三郎事件を詳しく書いてある。こちらの方が複雑であり色々書くべき事柄が多いせいか、むしろ主になっているくらいである。もう若い世代は知らないだろうという忖度から書いたとある。共通する猟奇犯罪があるからである。
『二人の真犯人』は女が殺され、その犯人が二人出てきたという話である。まず容疑者が逮捕された。どうみても犯人に見える。自白する。ところが後になって自白を翻し、無罪だと主張する。一方で既に別の犯罪で捕まっている男が、犯人は自分だと自供するのである。最終的に犯人だとされた男の方が、清張も本当の犯人だろうと言っている。
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