2016年11月30日水曜日

誓ひの休暇 URLAUB AUF EHRENWORT 1938


監督リッター、白黒映画
同名のソ連映画とは異なる第一次世界大戦を舞台にしたドイツ映画。
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前線へ出るため、ベルリン駅で一時的に待機する部隊。しかし列車到着まで6時間ある。ベルリン出身の兵士が多く、出発まで休暇を求める者が出てくる。最初は特に評価している兵のみ許可するが、他の者も願い出てくる。若い小隊長は禁止事項と知っているものの、自らの責任で全員に許可を与える。戻らない者がいたら小隊長は軍法会議である。

各兵様々な体験をする。家族との再会を喜ぶ者や恋人を追って一日中駆ける者、心変わりした恋人を知り落胆する者などなど。小隊長も恋人の看護婦に駅まで来てもらいしばしの逢瀬をする。

果たして何名の者が戻ってくるか。

殺人者は我々の中にいる DIE MÖRDER SIND UNTER UNS 1946


監督シュタウデ、白黒映画
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戦後初のドイツ映画だそうである。フィルムセンターの東ドイツ映画特集で上映
終戦の年1945年は映画を作る余裕がなかったのか。
廃墟となったベルリンの街の集合住宅に収容所に入っていた女主人公が戻ってくる。自分のいた住居には見知らぬ男が住んでいた。戦争のトラウマにかかった元軍医である。
折り合いをつけて同居する。ある日たまたま、戦争時代の上官から家族あてに頼まれた手紙を見つける。女は代わって家族へ届けるとまだその元上官は生きており男を招待する。もてなされる中でも男は虚ろな表情である。

ある日男は元上官を誘い出す。廃墟の中で銃を取り出そうとすると医者を求める主婦に会い、その娘を治療し助ける。
クリスマスの夜、社長となった元上官が従業員の前で演説する際にも男は現れる。元上官と二人きりになった時再び銃を出し射殺しようとする。男行為には訳があった。
戦争直後に戦争中の残虐行為を糾弾した映画である。

2015年10月31日土曜日

青空娘 昭和32年

増村安造監督、若尾文子主演の総天然色映画。

明るく前向きに生きる娘を若き日の若尾文子が演じている。昭和30年代初期の東京が色つきで見られる。

田舎に住む若尾は高校を卒業する。祖母の臨終の際、実の父親と母親が東京にいることを知らされる。上京する。実父は会社の社長である。そこの義理の母や兄姉から邪険に扱われ、女中の仕事をやらされる。

しかし姉が憎からず思っていた川崎敬三が若尾に恋したことなどから苛めに耐えかね、家を出る。高校の教師の菅原謙二も絵の勉強のため上京し、彼女に協力しようとする。彼も若尾を好きだったのである。いったん故郷に戻ったものの、実の母親が東京にいることがわかり捜しに帰京する。

菅原や川崎の尽力により実の母と再会を果たし、父の家とも完全に別れを告げ、新しい未来に向かって生きるようになる。

若尾の若々しく明るい主人公が見もの。また制作当時は特に注意してもいなかったであろう背景、当時の東京がカラーで見られてそういう意味でも価値がある。

真剣勝負 昭和46年

内田吐夢監督、中村錦之助主演の宮本武蔵シリーズの番外編。総天然色。

この映画は東宝で作られている。
錦之助の武蔵が鎖鎌の名人、三国連太郎及びその妻を相手とする対決が中心であり、尺的には短い。

武蔵が名人三国の家に一泊するが、実は三国扮するその家の主人は恨みを持っており、夜襲をかける。手下どもは難なく片付けるが、三国とその妻は鎖鎌の使い手であり、この二人に対しては簡単にすまない。そこで武蔵は驚く奇策に出る。

対決の迫力に関しては最近の映画に慣れた者にはやや物足りなさを感じるかもしれない。しかしこの映画の見どころはそういうことではない。剣道とか特に武蔵と言えばかなり精神的なものをイメージするのではないか。それを否定している映画なのである。そしてそれが剣の本質と言っているのである。

最後もけりをつけることなく終わり、これも意表をついた。

正直、宮本武蔵の正編シリーズよりこちらの方がはるかに印象に残った。

2015年10月30日金曜日

辛いご時世 Hard Times 1854

ディケンズの長編小説。彼の長編小説では最も短いという。他との比較であるからそれなりの長さである。『荒涼館』と『ドリットちゃん』の間に書かれた。


かなり社会的な背景を持つ。すなわち当時のイギリスの産業革命下での鉱業町を舞台とし、人間的な感情が欠如し即物的になった登場人物が目立つ。

コークタウンという町の工場主グラッドグラインドは学校も経営しているものの、生徒たちには事実の重要性のみを強調し、情操教育的な要素は一切排除しようとしている。
サーカスの道化の娘シシーを引き取り自らの理想に沿って育てようとする。グラッドグラインドには娘ルイザと息子トムがいる。

友人の銀行家バウンダビィーの要望を受け、娘を彼の嫁にやる。ルイザは味気ない結婚生活を送っていた。やくざな弟が気がかりである。若い議員のハートハウスがバウンダビィーに近づき、バウンダビィーは彼をもてなす。ハートハウスはルイザに関心を持つようになる。

銀行のカネが盗まれる。バウンダビィーのところで働いていた職工が容疑者となった。彼はバウンダビィーに首にされ、今は行方不明となっている。

この謎を解き明かす犯罪小説的な趣向と、謎の登場人物の正体が最後に明かされるなど、いかにもディケンズらしい展開である。

ディケンズの小説の中では知名度が低いものの、十分楽しめる。

翻訳は戦前の新潮社世界文学全集中(1928)の柳田泉訳(『世の中』)がインターネット上にあり、それで読んだ。
最近の翻訳では、田中、山本、竹村共訳の『ハード・タイムズ』(2000)、田辺洋子訳の『ハード・タイムズ』(2009)がある。

『辛いご時世』という訳名は、以前どこかの文献でみた名称である。これが個人的にはふさわしいと思い使った。

最後の命令 The Last Command 1928

スタンバーグ監督、エミール・ヤニングス主演による無声映画。

ヤニングス演じる主人公はかつて帝国ロシヤの将軍であった。今はハリウッドのエキストラとなってしのいでいる。

ロシヤ出身の監督が映画の出演者の候補を選んでいる際、ヤニングスの写真を見つけ、将軍職をやらせる。帝政ロシヤ時代に将軍に痛めつけられた経験がある。監督と一緒にいた女優は将軍と愛し合うようになり、革命軍から将軍を救ったことがあった。

今は立場が逆転した将軍と監督。監督は将軍に突撃命令を下すよう指示する。将軍は映画のエキストラでその役を演じているうちに、かつての本当の将軍と思い込むようになり、精神も異常をきたす。

地位あるものが落ちぶれて惨めな姿をさらすのはヤニングスの『最後の人』に通じるものがある。