2024年10月30日水曜日

C・R・マチューリン『放浪者メルモス』 Melmoth, the wanderer

アイルランドの作家マチューリンが1820年に発表した『放浪者メルモス』はゴシック小説の代表作の一つである。題名を見るとメルモスなる者が故郷を離れ、諸国を放浪する話かと想像するかもしれない。原題 Melmoth, the wanderer の直訳ではあるが「さまよえるメルモス」とでもした方がいい気がする。時空を超えて救済を求めるメルモスは、様々な者たちの運命を操る。

形式的には入れ子構造になっている。千夜一夜物語やデカメロンのような作りであり、それぞれの話はかなり長い。若いジョン・メルモスは亡くなった叔父の屋敷の主人となる。難破船から助けるつもりでかえって助けられたスペイン人からその半生を聞く。長大な物語で、スペイン人が修道院及び異端審問所で被った迫害を知らされる。更にそこから事故で抜け出し、ユダヤ人の家に隠れる。ここではインドにある島に住む無垢な美人の話となる。そこに現れた怪人(さまよえるメルモス)から教えられ、美人はメルモスに恋する。実はこの美人はスペインの貴族の娘で幼い日にさらわれ連れてこられたのである。スペインに戻ってから結婚の話は持ち上がり、メルモスと逃げる顛末がある。更にドイツ人の音楽家と結婚した娘が危篤の兄から財産が遺贈されるはずとスペインに戻る。財産を当てにして一家は贅沢を極める。ところが金がもらえないと分かり、一家は窮地のどん底に陥る。餓死寸前まで行き恐ろしい行為に出んとする。そのほかにも挿話があり、長さよりその内容の凄まじさによって特徴づけられる。

解説に次のような評価がある。「・・・夥しい数の凡庸なゴシック小説のなかで、『修道士』と『放浪者メルモス』だけが今なお読むに耐える秀作として存在しつづけているのである。」(本書p.938)(富山太佳夫訳、国書刊行会、2012年)

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