2023年7月16日日曜日

横溝正史『死神の矢』角川文庫 令和4年

表題作を含む角川文庫には他に『蝙蝠と蛞蝓』が入っている。『死神の矢』は昭和31年に発表され、その後改稿。考古学者には美貌の娘がいて、その娘に三人の求婚者がいる。いずれも金持のドラ息子で、ドラ息子では足りないくらい粗暴で良心が欠けている連中である。誰に決めるか。今なら娘が決めるに決まっているが、父親が酔狂な方法を思いつく。三人に競争させて勝者が婿になれる。その競争の方法とは波に浮かぶ的に矢を放ち、射止めるというものである。こんな方法を考え出した、父親である学者は躁病患者というしかない浮かれている男である。競争の結果は不快な連中の中でも特に不快な男が勝つ。その後、この三人の婚約候補者がその矢でもって、次々と殺されていく。その犯人は誰かがこの小説の謎である。

最後に明かされる仕掛けは、全く非現実的もいいところのいつもの横溝節である。しかも都合のいい協力者が調子よく現れるというご都合主義の極みで、これは他の作品でも使っていた。こんな馬鹿馬鹿しい「トリック」に腹を立てるどころか、感心する向きもあるようで、推理小説好きとはそういう者をいうのだろう。自分は推理小説には縁がないようだ。

金田一耕助は探偵の中でも最低の無能男と烙印を押されている。なぜなら金田一が登場してから次々と殺人が起こり、金田一はボケっと傍観しているだけである。それらの殺人を防げなかったのに、最後に偉そうに謎解きを解説するのである。ところが本作では被害者が悪人ばかりなので、殺されていい、むしろ司法に代わって天誅を下すという役割が金田一に与えられている。共犯者として裁かれるべき者も全能者である金田一の裁量で何も罪に問われない。ところで途中に考古学者が契丹文化について講演をするというくだりがある。契丹が考古学の対象とは知らなかった。またオネスト・ジョンのあだ名をとる者の頭文字がO・Jと出てくる。H・Jではないかと思う人がいようが日本人なのでHonestでなく、Onestoと書いただろう。

『蝙蝠と蛞蝓(なめくじ)』は短篇で一人称小説である。語り手の男はなめくじにように思える女が嫌いで、アパートの隣室の金田一耕助も蝙蝠みたいな奴だと嫌っていた。女を殺す、その罪を金田一にかぶせるという案を思いついて悦にいる。ところがその女の殺人が実際に起こる。その後は推理小説的展開になる。この短篇は面白い。なぜならユーモアがあるから。横溝は短篇の方に秀作があると思う。

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