推理小説と時代小説双方の作家であった角田喜久雄の推理小説短篇集。角田が創作した探偵である加賀美捜査一課長の出てくる全短篇を収録する。収録作は以下のとおり。
「緑亭の首吊男」/「怪奇を抱く壁」/「霊魂の足」/「Yの悲劇」/「髭を描く鬼」/「黄髪の女」/「五人の子供」/(以下評論)「加賀美の帰国」/「「怪奇を抱く壁」について」
いずれも戦後の混乱期が舞台で、終戦間もない社会での犯罪等を描く。一般的に映画等でも戦後15年くらいまでは、戦争が与えた影響、例えば軍隊の埋蔵金を巡る抗争などという話が良く出てきて、戦争がほんの少し前までであったと感じさせる。本書に収録されている短篇は戦後の風俗を背景とし、小説ではあるが、一つの歴史的資料としても読める。推理小説的な謎解きよりもそちらの観点からの関心で読んだ。
探偵の加賀美は著者の愛好したシムノンのメグレ警視から影響を受けているという。解説では各編の発表年月、雑誌名等記載してある。古い作品を集めておきながら初出がいつか書いていない本があるが、本書はまともである。
なお古い時代の執筆であるから、不明の語が出てくる。「テキはどう?」(本文p.273)これは飲食店の会話で、テキとはビフテキのことか?ステーキという言葉は比較的最近の言い方で、ビフテキは昔からあった。その略か。また「『きんし』の袋を拡げて」(p.279)のきんしとは何か?後の方に「あの『きんし』の燐寸の燃軸で」(p.294)とある。きんしと言えば金鵄勲章くらいしか思い出さなかったが、勲章が袋とはおかしい。戦前、ゴールデンバットと呼ばれた煙草が戦時中の敵性語禁止で金鵄と改名された。その煙草、金鵄ではないかと、それくらいしか浮かばない。このような語には注をつけてもらいたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿