木下恵介監督、松竹、106分、総天然色映画。
当時の九州、八幡製鉄所を舞台にして、そこでの恋愛、若者の希望などが描かれる。まるで八幡製鉄の宣伝映画かと思う始まりである。延々と八幡製鉄所の説明が続く。説明というより宣伝である。「~が完備されている」などといった言い方である。紹介される中で、八幡製鉄の設備より、よほど福利厚生施設の充実に感心してしまう。当時これだけ福利厚生施設に恵まれている企業はどのくらいあったかと思ってしまう。スーパーマーケットもあり驚く。スーパーと地元商店の問題が背景の成瀬巳喜男『乱れる』は6年後の映画である。更に病院もあって事故を起こしたら治療が受けられる。この頃はまだ国民皆保険の前で、治療は自前の時代である。製作当時本映画を鑑賞した日本人には『この世の天国、八幡製鉄』と思った人がいたはずである。
映画の実質的な主人公は映画初出演の若い川津祐介で、新人の工員である。尊敬する先輩(高橋貞二)が久我美子に求婚するが断られる。これに納得がいかず怒る。その久我はエリートの田村高廣を内心好いている。しかし田村はあまり気のない態度しかしない。川津は久我を問い詰めるのである。自分の尊敬する高橋と結婚してくれなくては自分の夢が叶わない、と意味不明な文句を言う。自分の好きな相手に触れられてもまだ諦めない、ならまだ分かるが自己満足のために結婚を他人に迫るのである。川津は入社しても夢がないと思っている。ただ映画の中でも言われるように何百人に一人しか入社できない企業で、当時としては川津は超エリートなのである。久我は後に田村がブラジルに赴く前に求婚される。映画の描き方は何となく久我が後ろめたく思うような感じである。当時は貧しい時代で左翼思想が強く、エリート対労働者では労働者側につかなければならなかった。木下にしろ黒澤にしろ左翼映画と言える映画を作っていた時代である。田村はブラジルへ製鉄所建設のために派遣されるわけであるが、実際にブラジルに日本の協力で製鉄所建設が始まった頃である。またブラジルへ移民が多く渡っていた時代である。ブラジルに赴任とは今と全くイメージが違い、ロンドンかパリに行くようなイメージである。今観るとていろいろ思わせる映画である。
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