2021年3月28日日曜日

松本清張『突風』中公文庫、1974年

 短篇集である。「金庫」「突風」「黒い血の女」「理由」「結婚式」「「静雲閣」覚書」「穴の中の護符」の七編が収録されている。題名に採用されている『突風』は、夫の浮気を知った妻が収拾のため、情人のそのまた情人にかけ合おうとする。その後の展開は容易に想像される。その通りになるが、最後はあっけなく終わる。

『黒い血の女』についてはやや詳しく述べる。これは実話を基にした小説である。基になった実話の概要は、犯罪実話を集めた井上ひさし『犯罪調書』(中公文庫)の中にある「入婿連続殺人事件」に書いてある。この題から『黒い血の女』を指すと分かるであろう。井上の文は数ページで『黒い血の女』の要約になっている。清張と井上が同じ資料で事件を知ったか不明である。もしそうなら清張は想像を広げ、会話などを創作したのだろう。更に若干違いを述べると時期は清張の小説では昭和初期になっているが、井上の文では大正末期である。更に人名も例えば東を南に変えるような感じで少し変えてある。ただし小説冒頭にある何々県何々郡何々町は同じである。かつて何々村といったその名も同様である。この見かけない字を使っていた名は地図で調べると、少しは残っているようである。小説の初めの方に「蜜柑畑の段丘を背景にしたこの村の海岸の眺めは美しい」とあるが、今地図を見ると海岸は埋め立てられ工場地帯になっている。タンクなどが並んでいる。経済成長期に日本のいたるところで見られた風景の変更がここでもあった。時代の移り変わりを感じる。

『「静雲閣」覚書』は、かつてお城だった屋敷を東京の者が買う。その男が語る屋敷にまつわる過去。封建時代の遺制で、近代になっても主従関係から悲劇に陥った男の話である。これを読んで内容は全く異なるが『尊厳』を思い出した。皇族視察の際、緊張で道を間違えた先導役の警官の話である。共に今では考えられない慣習や思考が生み出す悲劇という意味で。『尊厳』は元の実話があるようだが、『「静雲閣」覚書』はいかにも清張的な話なので創作に思える。

最後にある『穴の中の護符』は半七捕物帳の枠組みをそのまま使った作品である。不思議な出来事、女芸人が出てくるなど元の捕物帳を彷彿させる作りになっている。なぜ清張がこの作品を書いたか。きっかけは何だったか、捕物帳の名作である半七捕物帳の話を自分でも書いてみたかったのか、あるいは外的な事情があるのか。解説ではその辺の事情を明らかにしてほしい。また解説で、発表年代を大まかにしか書いていないが、それぞれの作品の発表年、掲載媒体を明記すべきである。この文庫と限らない。こういった基礎情報を何も書かず、解説者の読書感想文など書いていてもしょうがない。読者が判断する事である。インターネットで調べても分からない事柄について書いてほしい。

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