長篇推理小説で、清張の作品の中でも特に長い小説である。文庫で本文までで750ページある。舞台は熱海が中心で、その他、小樽、名古屋と移る。長いのであちこちの場所に移動し、多くの殺人事件が起こる。6人も殺されるのである。途中で読むのを空けていると、被害者や登場人物の名を忘れてしまう。
主人公は週刊誌の記者である。昭和30年代半ばといえば週刊誌が創刊され間もない時代である。各誌しのぎを削り競争していた。主人公は東京駅で見送りのない新婚夫婦が列車に駆け込むのを目撃する。記者が泊まった熱海の高級ホテルにその夫婦も来ていたらしい。夜、部屋を間違えて服を届けに来た男がいる。部屋番号が431と481で間違えやすかったのである。明くる日近くの岬で男の死体が見つかる。投身自殺らしい。当時、自殺の名所だった。警察は自殺と片付ける。記者はその男があの新婚の片割れと分かった。この変事を発端に次々と事件が起こり、人が死んでいく。他殺もあれば自他殺の区別が難しい件もあった。途中から謎の美人が出てくる。沈丁花の匂いがする。記者の赴く、事件がある場所で何度も出くわす。記者は惹かれる。事件を解明せんとする行動とその美人の追っかけが小説の筋を作っていく。
贋札が出てきてそれが追っている事件と関係あるらしい。昭和20年代後半に山梨県で贋札を作っていた事件があった。それに触発されているのか。千円札の贋札が出回り、世間を騒がせた騒動はこの小説が出たすぐ後である。札の肖像を聖徳太子から伊藤博文に替わらせた事件だった。あと昭和30年代半ばの小説なので、戦時中のつながりが出てくる。当時の小説や映画などは戦時中の因縁が良く出てくる。戦争が終わって15年も経っていないのである。
何しろ推理小説なので、記者の憶測が必ず事実となる。実際には多くのうちの一つの可能性に過ぎないのだが、推理小説では絶対にそれが当たるようになっている。美人の追っかけも小説ならでは、である。現実には以前会った美人に再会しようと努力しても絶対に会えない。それが本作では偶然で、くどいくらい何度も会いたい美人に会うのである。最後に「思いがけない犯人」の真相が明らかになる。清張がこういう書き方をするとは思わなかった。思いがけない犯人に驚いた、というのではない。今では犯人は思いがけない方が当たり前になっているし、その思いがけなさもパターン化している。また小説の終わりのところは活劇映画のような派手さである。読者へのサービスのつもりだったのだろうか。
0 件のコメント:
コメントを投稿