著者は経済学者で、本書は「芸術(西洋のクラシック音楽)という創造の世界を、少し角度を変えて政治体制や経済システムとの関連から捉え直す」(p.25)を試みたとある。音楽史でも作曲家の時代背景は一応記述してある。正直、読む前は当時の思想と音楽の関係をもっと詳細に述べた本かと思っていた。しかし読んでみるともっと音楽よりの記述である。論じるにしても、ある話題について過去の偉大な思想家や演奏家、音楽学者のような専門家の言を引いてそれを考える素材を提供する。例えば生の演奏と録音との比較にあたっては、芸術の複製といえば誰でも最初に思いつくベンヤミンにとどまらず、アドルノ、更にアリストテレスやトクヴィル、演奏家としてはこれまた意見が有名なグールドの言を取り上げ、議論を進めていく。これによって問題を自分で考える際に、過去の論点が提供され、参考になる。音楽をどう捉えるかについては正しい回答があるわけではない。自分で決めるしかない。そういう意識のある者にとって有用である。
本書は読みやすい本ではない。と言ってもむずかしく書いてあるわけではない。専門家の書では自分の知識が追いつかなく、理解できないものがある。読者を煙に巻くような書き方をしているわけでもない。一文一文は理解できる。それでも著者の該博な知識と深い洞察力による考察の咀嚼には時間がかかる。
クラシック音楽ファンと言ったら、あの演奏よりこの演奏がいいとか、誰それという演奏家が好きだとか、そんな話ばかりしている人種である。そういった話を有名人が書いていて、その名前で売っているものがある。また演奏比較が大好きだから、これが名演盤だと宣託する本もある。それらは需要があるから出ているわけで、それはそれで結構であるが、本書は全く次元の異なる(別の切り口による)本である。再度述べれば本書は読者が自分で考える際の素材を与える本である。正解をのたまう書ではない。読んで勉強になる本である。
本書を読んで驚いたのは、カフカとヤナーチェクが知り合っていたという事実である。(p.110~)カフカとマックス・ブロートの関係は知っていたが、ブロートはヤナーチェクとも友人であり、ブロートを通して、二人は会っていた。カフカとヤナーチェクという、個性的な傑作をものした二人の芸術家が知り合いとは知らなかった。
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