2020年7月31日金曜日

アイ・スピット・オン・ユア・グレイブ 2 I spit on your grave 2 2013

ジェマ・ダーレンダー監督、米、105分。超絶残酷復讐映画でシリーズ化されており、2を観た。

ニューヨークに女優志望で来た女主人公は、無料をうたう写真スタジオに行く。そこでヌードを断ると、そのスタジオの男が夜、主人公を部屋に襲い暴行を働く。騒ぎを聞きつけてきた隣室の男を暴行魔は殺す。スタジオの仲間(兄弟だった)を呼ぶ。女はいつの間にかある部屋に監禁され鎖で繋がれている。壮絶極まる暴行を受ける。運よく脱走する。街を走っていると知らない言葉を喋る者たち。ブルガリアだったのである。警察署に行く。そこへ来た暴行を受けた女たちを世話すると称する中年の女が来る。助けてくると思った女は、実は悪党一味の母親で再び地獄のような部屋に戻される。また残虐な暴行が続く。

箱に入れられ、埋められる。これで死んだはずだが、女はそこから這い出す。地下道を通って地上に出る。アメリカ大使館の前まで来る。しかし中へ入らず、復讐をしに元の場所に戻る。自分が受けた暴行の仕返しである。

まずこのような映画は普通の映画と同等に扱えない。残虐な場面を見せつけるのが目的か、あるいは女が受けている悲劇を描いたのか、女でもこんなに強く行動できるのだと言いたかったのか。以上のうち、後2者を選択したい。それにしても欧州映画の残酷描写は驚くばかりである。

2020年7月30日木曜日

ノーベル殺人事件 Nobels testament 2012

ペーテル・フリント監督、スウェーデン、90分。

ノーベル賞の授賞式のダンスの場で、受賞者が狙撃される。受賞者は負傷、ダンスの相手の、選定委員会の委員長は死んだ。記事を取りに来ていた女記者が主人公である。暗殺の直前、不審な女の動作を見ていた。それで記者は警察から重要参考人として取り調べされ、また記事を書くことも禁止される。新聞社では女記者をこの事件のチームから外し、文芸部へ移す。

受賞者が標的になったとみんな思っているが、実際に殺された選定委員長(女)が最初から狙われていたのではないかと女記者は疑問を抱く。

選定委員会の委員たちに取材し、真相を探ろうとする。意見の対立があり、記者に情報を提供しようとした院生や、委員会の他の委員も殺されていく。最後に真相が分かり、またその際には記者も暗殺者の標的になるが、からくも逃れる。

ノーベル賞の選定に関しては様々な憶測がなされるが、本映画はこれを題材にしたスウェーデンならではというか、スウェーデンではどういう評判だったのかと思わせる。

仁賀克雄『リジー・ボーデン事件の真相』河出書房 2004

189284日、マサチューセッツ州で起こった老夫婦事件、リジー・ボーデン事件の記録である。映画『モンスターズ 悪魔の復讐』を観て本事件を知り、邦書では最も詳しい本書(と言っても日本ではあまりこの事件を扱った本が出ていない)を読んだ。

リジー・ボーデンはこの事件の容疑者である。19世紀末、日清戦争より少し前に発生した本事件はアメリカ人なら誰でも知っている有名な事件だそうだ。事件のあったボーデン家は資産家で、ボーデン老夫婦殺害の容疑者となったのが、同家の娘リジー(30)だった。なお母親はリジーにとって義母である。閑静な住宅街で白昼堂々と起こり、誰も目撃者はいない。斧で十回以上叩くという恐るべき殺害方法だった。

当時家にいたのはリジーと召使いだけである。リジーに容疑がかかったのは、他に該当者がいないという理由である。召使いのブリジットは窓ふき等で外にいてアリバイがある。それに反して、リジーでないという理由は本人の言だけである。

名家の夫婦が殺害され、その娘に容疑がかかるなど、当時全米を震撼させた事件で、国中からマスメディアが殺到したとか。でっち上げと分かっている記事も沢山書かれ、市民の関心に答えた。時代を感じさせるのは、きちんとした家の娘が殺人など犯すはずもないという当時の常識であり、今なら名誉棄損で訴えられる噓八百の新聞雑誌記事が横行したなどである。

犯罪の理由として、義母とリジーの仲が悪かった(リジーが嫌っていた)、実の父親では財産目当てが挙げられる。

リジーが被告として裁判が行なわれた。結果は無罪であった。状況証拠のみで、決定的な証拠はなかった。しかも当時の捜査方法は今と違って未発達で、現在なら分かることも分からなかった。リジーは無罪で姉と共に親の莫大な財産を相続した。同じ町の別の場所に住んだ。町の者たちはリジーと距離を置き、付き合いはほとんどなくなった。リジーは67歳まで生き、事件が起きてから30年以上経ってから亡くなった。

現在では犯人はリジーだろうという見解が大勢である。他に殺人を犯せる者がいないからである。ただ返り血を浴びたはずの服、及び凶器の斧はどうやって処分したかは未だに謎である。


2020年7月29日水曜日

ザ・スピリット The Spirit 2008

フランク・ミラー監督、米、102分。

監督は元々漫画家で、監督作は初めてとか。『シン・シティ』の原作者だそうだ。本作も事前情報なしに観ても『シン・シティ』のような画像で、同じような作品かと思ってしまう。

主人公スピリットは死んだ警察官の生き返りで、バットマンなみに悪の退治をする。悪の親玉はサミュエル・ジャクソンが演じ、主人公スピリットもこの悪党ジャクソンもどれだけ叩きのめされ、死んで当然の重傷をしても死なない。この謎は映画の最後の方で明かされる。スピリットは街の英雄であり、多くの女から憧憬の対象となる。スピリット自身も女たらしである。

映画の背景として、スピリットの少年時代の部分があり、そこで街の少女と仲良くなる。しかし街の治安の悪さ、汚さに愛想をつかした少女は街を去る。映画の現在ではこの少女が街に戻って来て、物質的な欲望を遂げようとする。スピリットはかつての彼女と知り、なんとかしてよりを戻そうとする。

映画としての出来は良いとは言えず、わかりにくいところがある。それでも難しく考えなくて済む映画なのはよい。

2020年7月28日火曜日

末木文美士『日本思想史』 岩波新書 2020

歴史的は飛鳥・奈良・平安初期から現代に至る日本の思想を対象とする。第一章では「日本思想史をどうとらえるか」として、本書の方法論を述べる。

王権と神仏の対照、また学芸と生活を対照して日本思想をみていくとしている。時代的には前近代と近代と戦後に分ける。本書では夫々、大伝統、中伝統、小伝統と呼んでいる。このように明治以降の期間を、近代と戦後に分けるように意識的に取り上げている。

思想史だからと言って、仏教、儒教などの専門家、更には明治以降で言えば学者の思想の説明だけを書いているのではない。本書では社会背景を、思想に関する限りでかなり詳しく書いている。そこの部分は歴史と言ってよく、歴史書と銘打つ本よりも面白く読めた。思想の取り上げ方について評価できる立場ではないが、読みやすい本である。また近代以降では、社会背景として風俗の解説しているところが結構ある。これは知らない事項を教えられるところが多かった。

素人が概観を得るためには、本書のような新書といった形で出してくれるとありがたい。

2020年7月27日月曜日

悪魔を見た 악마를 보았다 2010

キム・ジウン監督、韓国、144分。

犯罪復讐もので、描写がどぎつく、日本では作りえない作品である。

道端で止まっている車、中の女は婚約者(主人公)に電話する。エンコしてレッカー車を待っている。そこへ窓ガラスを叩く中年男。事情をきき、直してやろうかと尋ねるが、女は断る。しかしその男は窓ガラスを棒で叩き割り、女を襲う。自分のアジトに女を連れてくる。縛られている女は命乞いをする。男は無情に殺害する。数日後、川でバラバラになった女の死体が見つかる。婚約者は警察関係者であり、休暇をとって復讐に向かう。

犯人は女の暴行殺害の常習者で、少女を手にかけようとしていたところ、主人公が見つけ、二人は激しい戦いをする。主人公は犯人を痛めつけたものの、殺さない。婚約者がひどい目にあった、その痛みと同様の苦しみを犯人に与えようとしていた。

映画はこの後も主人公が犯人を痛めつけ、殺したかと思われるくらいだが、まだ犯人は死んでいない。それが主人公側に大きな悲劇をもたらす。被害者の父、妹がいいかげん復讐はやめろと諭すがきかない。犯人は主人公の正体を探り当て、その身内である義理の父と妹に魔手を延ばす。最期には主人公は犯人を捕らえ、今度こそ本当に命を取る。終わった主人公は微笑みをもって運転していく。

2020年7月26日日曜日

砂漠のシモン  Simon del desierto 1965

ルイス・ブニュエル監督、墨、51分、白黒映画。
実在した聖人シメオンの伝に基づく。柱頭の上で長期間、修行したという。

シモンは砂漠の中に立つ円筒形の塔に登る。周りに集まってきた群衆に説く。
両手を無くした男がやってきて、治してくれと頼む。言葉はやめよとシモンは言い、男の手を取り戻す。修道院から聖職者たちが訪れ、導きを求める。
中にはインチキだと公言する者が出てくる。少女の姿に変え、惑わす悪魔も来る。
悪魔が再度やって来た時には普通の女になっている。シモンの祈りも効かない。いつの間にか、ニューヨークの摩天楼にある、ダンスクラブに来ている。本能の赴くまま踊り狂う若者たち。その中にシモンと悪魔は座っている。訳の分からないシモンは、悪魔にきく。何の踊りだと。