2025年6月15日日曜日

空飛ぶ生首 Tormented 1960

バート・I・ゴードン監督、米、75分、白黒映画。孤島の燈台の上から始まる。若い女が恋人のジャズ・ピアノ奏者に、自分を捨てて結婚しようとしているとなじる。手紙を元に脅迫できるはずだったが、燈台の手摺がはずれ女は落ちそうになる。助けてくれと手を差し伸べる女を見殺しにする。

この島で結婚式をあげる予定だが、奇妙な現象が次々と起こる。死んだ女の幽霊が男を脅かす。最後は結婚式で見えない力が式をぶち壊す。明くる日、燈台の上で事情を知っている、婚約者の妹にあたる少女まで殺そうとしたら、女の幽霊が現れ、男は落ちて死ぬ。後に男と以前殺した女の死体が同時に発見された。

2025年6月14日土曜日

岩井克人『資本主義の中で生きるということ』筑摩書房 2024年

経済学者の岩井克人がこれまでに書いた随筆や、論文といっていい文章を集めた本。最初の方は読みやすい内容の文章から成る。かつて著者が米のイェール大学で教えていた当時の学生から電子メールが来る。内容は著者の講義が面白かったので、それが学者になった理由の一端とあった。続いて幸福論では幸福とは金で買えない物とあって経済学者が言うだけ面白いと思った。続いて読書の話、『高慢と偏見』を初め、アガサ・クリスティや吉川英治の著書なども挙げてある。それも資本主義を考える上で参考になるものは、説明している。

更に著者の専門である貨幣についての分かりやすい説明がある。また会社の概念も、経済学の主流派の理解は全く間違っているとして、説明をする。後半になるとやや高度な文章も出てくるが、最後の方は著者が人生で出会った人や追悼文などがあって、これまでの経済学者としての人生の垣間が若干伺える。

2025年6月13日金曜日

灰色の男 Man in grey 1942

レスリー・アーリス監督、英、白黒映画。競売場で偶然出会った男女は惹かれ合うが、過去に映画は戻る。19世紀の寄宿女学校で女王のようにふるまっていたクラリッサは、教師になる予定でやってきた孤児のへスターを好きになる。そのへスターは軍人と駆け落ちして学校を去る。

クラリッサは卒業後、ジェームズ・メイソン演じる貴族と結婚する。メイソンは冷たい男だった。あのへスターに再会する。駆け落ちの相手に捨てられ、今は女優をしている。へスターと連れの俳優その他をやっている若い男がいる。クラリッサはへスターを自分の子供の家庭教師にして自宅に招く。メイスンとへスターは惹かれ合う。またクラリッサは連れの若い男と惹かれ合う。若い男は西インド諸島に不動産があり、そこに行こうとする。クラリッサは連れていくよう頼むが危険なので後から呼ぶと言う。

へスターはクラリッサを追い出し、自分がメイスンと結婚して後釜に座ろうとしていた。クラリッサが付いて行かなかったので、へスターはクラリッサを病気にさせ嵐の寒い夜、窓を開け放してクラリッサを死なせる。これでメイスンと結婚できるかとへスターは思ったが、嵐の夜の出来事を外の木から召使の子供が見ていた。真相を知ったメイスンはへスターを打擲する。現代に戻り、若い男は西インドに渡った男の子孫であり、若い女はクラリッサの子孫であった。二人は結ばれるであろう。

2025年6月12日木曜日

愛欲の港 Hamnstad 1948

ベルイマン監督、瑞典、100分、白黒映画。故郷に戻って来た若者は、海に身投げをした少女を助ける。後にダンス場で会い、二人は相思の仲になる。

少女は過去に施設に入っており、同居する母親ともうまくいっていない。少女は初めは自分の過去を隠していたが、若者に過去を打ち明ける。若者は悩む。少女の施設時代の知り合いの女が妊娠し、不法な治療を受け死ぬ。少女は警察から事情を話せと問い詰められる。最初は話さなかったが、刑務所に入れられると言われ、話す。若者は二人でやり直そうと外国に行く手筈をする。しかし最後は、ここで新しい人生を送ろうと言い、外国行きは取りやめる。

2025年6月10日火曜日

北村薫、宮部みゆき編『名短篇、ここにあり』ちくま文庫 2008年

以下の短編を含む。

となりの宇宙人 / 半村良 著/冷たい仕事 / 黒井千次 著/むかしばなし / 小松左京 著/隠し芸の男 / 城山三郎 著/少女架刑 / 吉村昭 著/あしたの夕刊 / 吉行淳之介 著/穴 / 山口瞳 著/網 / 多岐川恭 著/少年探偵 / 戸板康二 著/誤訳 / 松本清張 著/考える人 / 井上靖 著/鬼 / 円地文子 著

『となりの宇宙人』はアパートの隣に宇宙船が不時着し、乗っていた宇宙人をアパートの住人がみんなで助けるという話。下町の人情譚とも言うべき作品であるが、こういう助け合いがいつ頃まであったのか。今の日本では作り話の中にしか出てこない。『冷たい仕事』は冷蔵庫の中の霜取りを喜んでやるというこれまた古い時代の家電の話。『むかしばなし』は老婆が学生たちに昔の犯罪を話し怯えさせる。『隠し芸の男』はこれまた昔の会社の宴会で、腹を出して顔を描き、踊りをやるという昔の映画に出てくる芸をする男の話。『少女架刑』は死んだ少女が自分の死体がどう扱われていくかを語るという類のない話。『あしたの夕刊』は昔の新聞の夕刊は明日の日付になっていたということから始まり、不条理な展開になる。『穴』は庭にごみを捨てるために穴を掘るという話。『誤訳』はある国の作家が国際的な賞を取り、その賞金を寄付すると当初言ったが、後に撤回する。その理由をふとしたことから推測する話。『考える人』は僧侶のミイラの話で、以前、宿で見たミイラを捜しまわる。『鬼』は女に祟りついている鬼の話。

2025年6月8日日曜日

悩まし女王 Copacabana 1947

アルフレッド・E・グリーン監督、米、92分。マルクス兄弟のうちグルーチョだけ出ている。グルーチョとブラジル人の女芸人は仕事がなく宿代も払えない。ニューヨークの有名ナイトクラブ「コパカバーナ」に売り込みに行く。

支配人は全く興味がなさそうである。女芸人に妖艶な衣装を着せ、支配人の前で踊らせる。支配人は歌手が必要だと言うので、同じ女芸人に今度はベールで顔を隠し、歌い手として登場させる。雇われることとなったが二人とも必要となり出番が次々と出てくる。女芸人はしょっちゅう服装を変え、てんてこ舞いになる。

人気が出て、ハリウッドから契約をしたい男が来て、グルーチョに約束した額の10倍以上を映画で稼ぐつもりだった。後からグルーチョは分かり激怒する。女芸人の忙しさの対策で、グルーチョは会話の中で一人を殺すと言う。これを聞いた女が殺人が行われたと思い警察に連絡する。一人がいなくなっていた中、警察が来てグルーチョを容疑者として詰問する。最後には女芸人の一人二役と分かり大団円で終わる。

頭木弘樹『絶望名人カフカの人生論』新潮文庫 平成26年

小説家カフカの書簡や雑録からカフカの人生観を集め、それを解説した本。カフカは如何に自分が生きていく上でだめな人間かをこれでもかと繰り返し語っている。自分に自信が持てない者でもこれほど自分を悪し様に言う例は多くないだろう。悲観的か気が弱いかと言ったら、自分のだめさ加減を率直に語っているわけだから、気が弱いとも思えない。冷静に自分自身を観察し、言葉に出している。これでかなり気が済んだという効果を本人にもたらしたのではないかと思われる。

例えば現在の日本では太宰治はまさに国民的作家と言っていいほど人気がある。昔はこれほどの人気はなかったと思う。太宰の小説は『人間失格』に典型的に言えるようにだめ人間を描いている。それが読者の共感を呼ぶのだろう。太宰とカフカの小説は全く異なる。それでもだめな自分を語るという点は共通している。前者は小説の中で、後者は書簡等で自分自身の事柄として。(新潮文庫、平成26年)