2025年9月30日火曜日

宇野浩二『世にも不思議な物語』 昭和28年

これは昭和24年に起きた松川事件の裁判に著者が関わり、有罪判決の出ていた被告らや現場など訪れ、事件と判決に対して著者の意見を書いたものである。

松川事件は東北本線の福島市の南にある、松川駅の手前で起きた汽車脱線転覆事故である。乗車員の3名が亡くなった。昭和24年8月の出来事で、先月7月に下山総裁怪死事件、三鷹事件が起こり、国鉄に怪奇な事件が相次いで発生したので、戦後史の中でも注目を集めてきた。松川事件では線路を外す工作がされており、犯罪と分かった。捜査の結果、未成年を逮捕し、その供述から東芝と国鉄の労組員が容疑者として逮捕される。25年の第一審では死刑5名を含み20名全員有罪となった。

宇野は知り合いの作家広津和郎らと被告ら、事件の関係者に会い、現場を訪れる。それで第二審判決の直前に、この『世にも不思議な物語』を発表した。宇野は本書で被告らに会い、その眼が澄んでいるので犯罪者ではないと断じている。今読んでも、眼が澄んでいるかどうかだけで、犯罪者であるかどうか判断できないと誰もが思うだろう。実際、当時、マスメディアから散々嘲笑されたという。広津和郎の発表した文も叩かれた。直後に出た第二審では数名無罪が増えたが、やはり死刑その他有罪判決が主であった。最終的には昭和36年に全員無罪の判決が出た。(宇野浩二全集第12巻、中央公論)

志村五郎『記憶の切絵図』ちくま学芸文庫 2021

数学者の志村五郎(1930~2019)の自叙伝。書名の切絵図とは志村の家が、江戸時代に切絵図を作っていて、自分の生まれ育った場所もその切絵図内にあるところから来ているようだ。

後にアメリカに渡り、有名な数学者になった。これを読むと志村は非常に自信家で自ら思ったことをはっきり言う。それがこの著書全体にも良く表れている。学者だから当然そうで、そうでなければ学者になれないだろうと思われる。それが学問の世界以外にも志村の生き方に現れている。最初の百頁くらいは戦前の東京がどんな感じであったかの一例として面白い。そこにも書いてあるように当たり前のことは誰も書かないから、時代が変わると後代の者は全く知らない、思いもよらない事柄が多くあると思う。(2008年、筑摩書房刊が初出)

2025年9月28日日曜日

土と兵隊 昭和14年

田坂具隆監督、118分、日活。火野葦平の小説を映画化したもの。戦時中に実際に戦っている中国で撮影されているため、後年の戦争映画には真似ができない迫真性がある。

中国大陸を行く日本の兵隊たち。戦闘で倒れる者もいる。雑談などの平和な時もある。最後の方の戦闘では敵のトーチカから激しい銃撃があり、兵士らの苦戦が描かれる。敵の兵士は見えない。なんとかトーチカに近づき、手榴弾を投げ込み勝利する。国策映画なので、いかに日本兵が勇敢に戦うか、また兵士たちが和気藹々として仲が良いか、美化されているのは当然である。

怪奇 アッシャー家の惨劇 The fall of the house of Usher 1960

ロジャー・コーマン監督、米、79分。エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』を元にした映画。アッシャー家にやってくる若い男。その家の若い娘と相思の仲である。二人は結婚したがっている。しかし娘の兄、家の主人であるロドリックは妹を屋敷から出させようとしない。

ロドリックと交渉、言い合いし、娘を連れ出そうとする若い男。娘は病弱で、娘だけでなく、このアッシャー家の人間は自分も身体が弱い。もう長くないと兄ロドリックは言うのである。死ぬ妹、兄は男にお前が殺したのだと言う。やがて蘇る妹。最後は屋敷が火事になり崩落する。原作のようにひびが入り、家が沼に沈むのではない。

2025年9月26日金曜日

血のバレンタイン My booldy valentine 1981

ジョー・ミハルカ監督、米、90分。小さな炭鉱町。20年ぶりにバレンタインを祝おうとしている。なぜ20年間バレンタイン・パーティが出来なかったか。20年前、パーティに行く炭鉱夫が安全を怠り、爆発で炭鉱にいた何人かの抗夫が生き埋めになった。ようやく助かった一人は気が狂っていた。精神病院に入り、その後、爆破を起こした抗夫たちを殺した。

それ以来バレンタイン・パーティはしていない。若者たちは過去を知らず、パーティが出来ないのを不思議で不満に思っていた。事件が起こって今年もパーティは中止となった。不満の若者らは炭鉱に行く。それで惨劇が相次ぐ。

『ドレの神曲』谷口江里也訳 2009年

ダンテの『神曲』は誰でも知っている古典ながら詩で書かれており、地獄、煉獄、天国を巡る旅が内容で正直、読みやすい作品ではなかろう。

本書は『神曲』そのものは一部の訳で、売りはギュスターヴ・ドレが描いた挿画が134点収録されているところである。ドレの絵を見て、その絵に該当する文章が載っているという本である。これで『神曲』全体を読んだとはならないが、全体を見通すには都合がよい。ドレの絵を見て『神曲』の雰囲気を会得できる。『神曲』への最初の接近としては悪くない。(宝島社、317頁)

2025年9月22日月曜日

北京の55日 55 days at Peking 1963

ニコラス・レイ監督、米、160分、チャールストン・ヘストン、エヴァ・ガードナー、デイヴィッド・ニーヴン出演。1900年の北清事変を背景にした映画。

史実はお構いなしの欧米先進諸国が暴戻な清を懲らしめる映画。義和団を利用して欧米勢力(日本もあるが)を排撃しようとした西太后に対して連合諸国が反撃する。歴史では日本軍が活躍したことになっているが、英米等が中心である。さすがに歴史に少しは合わせるため、日本軍の将校として伊丹十三を登場させているが、ほんの脇役である。米の将校ヘストンと英の公使ニーヴンが大活躍し、露の未亡人貴族としてガードナーがヘストンの恋人役で出る。義和団騒乱の中、ヘストン、ガードナーの恋愛、ニーブンが外交官として苦悩するという話である。

2025年9月17日水曜日

マスク The mask 1994

チャールズ・ラッセル監督、米、101分、ジム・キャリー主演。ジム・キャリーは気が弱い銀行員だった。ある日客としてキャメロン・ディアスに会い、一目惚れする。たまたま手に入れた木で出来たマスクをかぶると変身し、超人的な能力を発揮する。

ディアスは悪党のボスの愛人だったが、そのボスに嫌気がさしていた。変身したキャリーと強烈なダンスをする。キャリーは金を稼ぐため銀行破りをする。一歩遅れてきた悪党のボスは金を取り返すべくキャリーを追う。警察はキャリーが怪しいと睨んで付け回していた。捕まったキャリーは愛犬の助けで拘置所を脱出する。マスクをつけて変身し、悪党をやっつけディアスを助ける。ディアスはマスクのキャリーより本当のキャリーが好きだというのでマスクを川に捨てる。犬が取りに行く。

2025年9月16日火曜日

処刑山-デッド・スノウ Død snø 2009

トミー・ウィルコラ監督、諾、91分。冬山に医学生仲間に出かける。昔ナチスの軍隊がいた場所という。そこでナチスの財宝を見つけるが、ナチスのゾンビが押し寄せ次々と学生らは犠牲になっていく。

ナチスゾンビに対してチェーンソーや機関銃などで応戦し、多くのゾンビを倒すが、相手はゾンビなので倒したところでまた立ち上がり、襲ってくる。最後は全員ナチスゾンビに殺される。全体としては『死霊のはらわた」のような映画である。

2025年9月15日月曜日

伯林-大都会交響楽 Berlin: Die Sinfonie der Großstadt 1926

ヴァルター・ルットマン監督、独、65分、無声映画。ベルリンの一日を撮影した記録映画。最初は線などの模様が出る。次いで疾走する汽車。郊外の単線を走っている。やがてベルリンに入る。初めはやや家屋がまばらだがそのうち建物が増え、列車は駅に到着する。

五幕で構成され、ベルリンの夜明けから夜までの一日の様子をカメラは捕えていく。朝になり、家屋の窓が開けられる。人々が仕事に出かける。街の道路、走る列車や馬車、二階建てバスがある。工場での製造の現場が映される。昼になれば食事をとる。喧嘩をしている人がいる。遊びをする人々がいる。夜になれば演奏会やラインダンスなどの娯楽が出てくる。こうやってベルリンの一日が終わっていく。

2025年9月14日日曜日

必殺!恐竜神父 Velocipaster 2018

ブレンダン・スティアー監督、米、70分。神父は両親が目の前で殺される。ただしそれは車が爆破して、傍にいた両親が死んだというわけであるが、映画の場面は何も映らない。舗道があるだけ。ただ字幕で爆発とでるのである。つまり映画なら何らかの方法で車が爆発した様子を映すわけだが、予算がなかったのか、文字だけでごまかしているのである。これには驚いた。

神父は中国に行く。キリスト教に縁のない国というのことで。そこで逃げる若い女から、竜の牙を渡される。手に持って傷つけたら竜の精が入ったらしい。帰国して神父は恐竜に変身でき、悪人どもをやっつける。まず告解に来た男から、そいつがとんでもない悪人で、神父の両親を殺したのもその男と分かる。神父はその男を殺す。この男に支配されていた娼婦(医学生で法学生だが金稼ぎで娼婦をしている)から、いたく感謝される。その娼婦と神父は仲良くなり、悪人どもを倒していく。

以下、悪漢忍者やそれを操る中国人の男などとの対決の下らない場面が延々と続く。つまらない映画を評価したい人間向きの映画。

2025年9月13日土曜日

町の人気者 The human comedy 1943

クレランス・ブラウン監督、米、118分、ミッキー・ルーニー主演。サローヤンの小説『人間喜劇Human comdedy』を、発表された同年に映画化した。戦争の最中である。ほぼサローヤンの原作をなぞっているが、省略の他にも一部の改変はある。

例えば電信局の局長の結婚に関しては、映画の方が長く尺を取っている。また末っ子のユリシーズが新型製品に捕まり、そこから抜け出す挿話はない。更に戦争に行っている兄が戦死したという電報を受け取る。ルーニーはどうやって家に届けたらいいのか迷う。自宅の前で兄の戦友に会う。その後、戦友とルーニーが家に入り事情を話すよう、小説ではなっているが、映画の方では一緒に家に入るところで終わっている。

2025年9月12日金曜日

ファイナル・デッドブリッジ Final destination 5 2011

スティーヴン・クォーレ監督、米、92分。Final destinationシリーズであり、枠組みはこれまで通り。

主人公らは旅行会社の社員でバスで研修旅行に出かける。橋にかかったところで地面にひびが入り、バスや車が転落し次々と人が落ちていく。ここまでが主人公の予知夢で、目が覚めた男は恋人その他の同僚にバスから逃げ出すようせかす。何人かは助かったが、多くの社員はバスもろとも転落死した。その後、生き延びた社員は次々と死んでいく。

体操の練習中に平行棒から落ちて死ぬ女。中国マッサージの券を見つけ、そこに行くが火事に会い逃げたと思ったら上から像が落下して死ぬ男。また目を治療に行った女は目をレーザーで焼かれ、窓から落下して死ぬ。工場では上司が飛んできた工具が顔に当たり死ぬ。恋人を体操練習中に失った男は、誰か殺せば自分の寿命が長くなるだろうと主人公やその恋人を殺そうとするが逆に殺される。主人公は認められて、パリに料理の修行に行くことになり、恋人も一緒に行くよう説得する。空港を飛び立つ前に高校生が騒ぎ出し、降りた。そのパリ行きの飛行機は事故を起こす。連れの女は飛行機から飛び去り翼に衝突して死に、男も炎に包まれる。落下した飛行機の一部でバーにいた同僚が死ぬ。

2025年9月8日月曜日

坂牛卓『教養としての建築入門』中公新書 2023

著者は大学教員であり、建築家である。新書で建築を扱ったものは幾つかある。特徴的な建築物や日本建築等についての歴史を説明するものが目につく。

本書は一般読者が建築について一通りのことが分かる本を目指したという。三つの接近法をとる。「使用者・鑑賞者」の視点、建築家の視点、建築が存在する社会の視点である。これらの観点から建築というものを論じる。建築が哲学や思想でどう見なされてきたか、扱われてきたかの記述もある。更に建築家が建築を設計、造る際の実際について書かれており、ためになる。建築に関心のある者なら一読に値する書である。

2025年9月7日日曜日

地獄へつづく部屋 House on haunted hill 1959

ウィリアム・キャッスル監督、米、75分、白黒映画。金持夫婦はある幽霊屋敷に5人の客を招く。客らはその屋敷に一晩過ごせば、1万ドルをもらえるという約束である。一人の客はその屋敷の過去を知っており自分の知り合いが、この屋敷で多く死んだという。客の前に招いた夫婦も現れる。扉等凡て締まり誰も屋敷から出られなくなる。金持夫婦も同様に閉じ込められた。シャンデリアが落ちてきて危うくつぶされそうになる。

各人は部屋にこもり、拳銃を持って、誰か入って来たら殺すと決めて別れる。女の首吊り死体が階段の上にぶら下がっていた。金持夫婦の妻だった。他殺にしか思えない。後に若い女の客は、窓の外に死んだ妻の幽霊を見て恐怖におののく。女は地階にいる時、金持夫婦の夫が急に現れたので銃で撃つ。倒れた夫を客の一人である医師が来て、床に空いた穴に放りこもうとするがいきなり画面が真っ暗になる。死んだ筈の夫婦の妻が現れる。骸骨が空を彷徨い、恐怖に怯えた女は床の穴に落ち込む。そこに落ちると溶解液で体が溶けてしまう。

謎解きは次のようだった。客の医師と夫婦の妻は不倫関係にあり、夫婦の夫を殺す計画だった。偽の首吊り死体でまず妻は死人とさせておき、客の女に銃で夫を殺させる。しかしこれは空砲だった。医師が死んだと思っていた夫を穴に落とそうとした時、逆に医師を夫は穴に突き落とした。映画で暗くなった場面のところである。これで自分を殺そうとしていた妻と不倫相手の医師を夫は片づけたわけである。

サローヤン『ニューマン・コメディ』 The human comedy 1943

カリフォルニアにあるイサカという町が舞台で、そこのマコーリー家の子供たち、長男のマーカスは戦争に行っている。次男のホーマーは14歳だが郵便局で働いている。家計を助けるため。父親は死んでいない。末っ子のユリシーズはやんちゃでみんなから好かれている。

ユリシーズとホーマーが中心人物である。戦争中のアメリカのある町のスケッチ。最後にマーカスが戦死したという電報が来る。(光文社古典新訳文庫、小川敏子訳、2017)