題名だけ見ると驚くかもしれないが、中身は『蝶々夫人』である。ほとんど同じで細部は当然違う。だから音楽ファンには筋的には新味はない。
ちなみにプッチーニの『蝶々夫人』は1904年の作である。
もしこれが日本が舞台でなく、東南アジアのどこかと設定されていたら日本人が感じる「キワモノ感」はほとんどなかったのではなかろうか。当時の実際のそこの国と風俗や振る舞いがどれだけずれていたとしても。
正直日本人なら見ていて気になる点は出てくる。そういう意味では日本人には評価しにくい映画なのであろう。
ところで『蝶々夫人』は有名な歌劇で、昔からよく演じられていた。以前は欧米人に見せるため欧米人の上演であった。だから今みたいに日本人が海外に出ることが少なかった時代にはとんでもない演出が行われていたようだ。今から40年ほど前に欧米で舞台の『蝶々夫人』を見ていた日本の婦人が不快になって帰ってしまったという挿話を読んだことがある。それに比べて第一次世界大戦後、百年ほど前ならおかしなところがあっても当然のような気がする。
それでもあえて気になったところを一点だけ挙げれば、お辞儀する時両手をそのまま頭のところまで上げてお辞儀する。ちょうど日本人が作る映画で南洋の土人が礼拝しているのと同じやり方である。何度か出てくるので目についた。
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