2015年7月21日火曜日

最後の人 Der Letzte Mann 1924

ムルナウ監督による無声映画。カール・ヤニングス主演。

大都会の立派なホテルのドアマンが主人公。将校の軍服みたいな大時代的な制服をきて、堂々とホテルの玄関に立つ恰幅のよい彼は見栄えがする。自分もこの職業に誇りを持っている。しかし長年やってきていい歳になっている。

制服が彼の誇りの源泉であり、通勤もこの制服でとおし、アパートの住人たちからも一目置かれている。

ある朝いつものようにホテルに着くと別のドアマンが立っていて驚愕する。ホテルの支配人に質すともう歳だからもっと楽な仕事に替わってもらおうと言われる。実は長年の慣れによるドアマンの素行に感心していなかったのだ。制服を残念そうに脱いで返す。

新しい仕事とはトイレの世話係。即ち客にタオルを出したり掃除をしたりする役である。すっかり打ちひしがれてしまった主人公。家に帰っても恥ずかしくて言えない。しかも娘の結婚式がある。堂々たる制服で出席しなければ様にならない。夜ホテルに忍び込み、制服をこっそり持ってくる。

後日アパートの住民が弁当を届けにホテルに来るとドアマンが違うので驚く。聞いて主人公の本当の仕事を発見し更に驚く。ついにばれてしまったのだ。アパート中に広まってしまう。誇りを完全に打ち砕かれてしまった主人公。

実はここで映画は終わるはずであった。しかしト書きの字幕が入って、後日談が付いている。それは空想的なhappy endになっている。

これはアメリカ輸出用に付け加えたとある。監督は積極的でなかったという情報もある。アメリカからの要請なのか。映画制作会社からの注文なのか。よくわからない。ともかくこの付け足しの後日談は映画としての出来栄えからいうと蛇足にしか見えない。

中間字幕はト書き用には2,3か所入るが台詞の字幕は全くない。凡て動作でわかるようになっている。ベティ・アマンの出た『アスファルト』は一切中間字幕はなかったと思う。

制服ごときに誇りを持つとは嘲笑する人もいるかもしれないが、今の日本でも同じようなことしている人多いだろう。会社をクビになっても毎日家を出て家族にはさも出勤しているかのように見せかけている人。大企業から無名の小企業に退職出向してもまだ以前の大会社勤めを名乗っている人。この主人公と同じようなものである。

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