ある雑誌編集者が横領及び心中未遂事件を起こす。その事件の法廷での陳述小説。陳述小説と言ったのは、全編法廷での各証人及び被告の陳述のみから成り立っているからである。即ち芥川の『藪の中』のスタイルを踏襲している。
主人公、雑誌編集者の神坂四郎はカネと女にだらしない男として描かれ、色々女と関係したあげく若い女との心中事件を起こし、女だけ死亡、自分が助かったので罪を問われているのである。
陳述は主人公を雑誌社に紹介した高名な評論家、部下の女の編集員、主人公の妻、主人公と関係していた歌手の女の証人と続き、死んだ女の日記が読まれる。最後に被告神坂四郎の陳述で終わる。
各人が自分勝手にというか自分の解釈を述べ、お互いに大きく違った印象を与えるような証言をする。要するにこれも『藪の中』同様に真実は闇の中ということであるが、そもそも真実自体があるのかという投げかけになっている。
この作品を元に久松静児監督が森繁久弥主演で映画を撮った。かなり原作に忠実である。題名は映画では神坂でなく神阪となっている。
映画では陳述で述べられる回想の場面が多くなってくる。結構有名な俳優が演じている。評論家は滝沢修、妻は新珠三千代、死んだ女は左幸子、歌手の女は轟夕起子、もうこの頃から随分太っている。主人公の森繁は強烈なイメージがあるせいかどうもこの役、まだ若い頃だが抵抗を感じるというか、中途半端な印象をもった。
後それから証言で「今日私が申し述べました真相は、あるいは大部分嘘であるかもしれません」とか「人間社会においては〔真相らしきもの〕が、即ち〔真相〕でありますから」などと言うのである。被告が証言でこんなこと言うか。活字で読んでいる分は何とも思わなかったが、映画で生身の人間が演じている被告の証言としては抵抗があった。元の小説は陳述のみで構成されているから作者の主張を代わりにさせたとはわかっているのだが。
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