怪奇幻想文学の専門家である著者が自分自身の蔵書について語るほか、蔵書のあり方の一般論、過去の有名人の蔵書がどう処分されたかについて述べている。一般の読書家でもそうでない人から見たら随分本を持っているのが普通であろう。著者のような文筆業であれば、蔵書は恐ろしく増えていくだろう。昔「百万円の蔵書には百万円の費用がかかる」とどこかで読んだ記憶がある。
本というものは場所を取る、しかも非常に重い。これは蔵書の物理的特性だが、質的に他の蒐集と違うところは何か。切手(昔はやった)とか人形とか時計などの蒐集、あるいは骨董品集めとの違いは、本というのはその物自体より、その中の情報が、すなわち人類の叡智や文化やもっと卑近なものでも良いが、その集積である中身が重要であり、書籍自体は情報の媒体に過ぎない。しかし本としての物自体を愛で、集める人がいる。これは個人の勝手だから他人がとやかく言う話でない。ここで著者は集めた何万冊の本を数百冊残して処分したとある。がっかり極まりないのは分かるが、そう決めたのだからしょうがない。
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