2025年4月5日土曜日

松岡圭祐『小説家になって億を稼ごう』新潮新書 2021

著者は小説家である。知らなかった。Amazonで調べたら自分の読む範囲とは全く異なる本を書く人だった。

書名は極めて刺激的である。これはもちろん売るためである。もし書名が「小説家になって稼ごう」だったら売れるにしてもそれほどでなかろう。実際「億を稼ごう」としたため、どれくらい多く売れたか想像もつかない。これは本というのは書名が極めて重要だと教えているのである。

もし自分の指導を受ければ必ず、オリンピックで金メダルを取れるようになります、とスポーツのトレーナーが言っても額面通りに受け取らないだろう。小説家の志望者はそう受け取るらしい。人気がある芸能人でも小説家でも、こうすれば必ずなれます、という秘訣は「原理的に存在しない」。なぜならそんな方法があれば、誰でも実行し他人と違わなくなるから。もう少し小説等の創作について言えば、モームが言っているように(『世界の十大小説』下、岩波文庫、1997、p.224あたり)、小説を書くには霊感と、組み立てる能力が必要である。うまく組み立てる、磨き上げ、読者を納得させ感動させる物語にする。これらは訓練や経験でものにできるかもしれない。当然だが、教えられることしか教えられないのである。霊感は教えられない。ここに書いてある「想造」といったように霊感を引き出す手助けくらいである。先ほどのスポーツのトレーナーに、全く運動神経の鈍い者が、自分が金メダル取れますか、と言ってくるとは思えない。小説家志望にはいるらしい。この本の中心は、作家と出版社から成る業界の実際が分かるという点だろう。

2025年4月4日金曜日

新井一樹『物語のつくり方』日本実業出版社 2023

題名のとおり物語の作り方を指南しようとする本である。著者はシナリオ・センターというところで講師をしている。それでこの本は講演をそのまま文字にしたような語りになっている。猫なで声の、ですます調で書いてある。正直なところ簡潔に書いてほしかった。どうしても、ですます体では冗長になる。講演ではそれが必要だろう。すぐ声は消えてしまうから冗長な説明の方がいい場合がある。それに対して文章で伝える場合は簡潔で明瞭であるべきである。

また本書には索引がない。こういった何かを説明する場合に索引は絶対必要である。物語を作る際には天地人を明らかにすべしとある。このうち地は舞台、人は人物とはすぐに連想できるが、天はこの本ではどう説明していたかを確かめようとしてもどこに書いてあるか、索引がないのですぐに見つけられない。桃太郎の話を例にとって説明を進めているのだが、桃太郎など面白くない。もっと洋の東西を問わず古典から素材をとった方がいいと思う。それにしてもこの本では有名な劇や小説などの例を例示していない。説明をしてこの作品ではこうやっていますなどとはない。なぜだろう。

更にストーリーでなく人物が重要であると強調している。これはストーリー主導と人物主導の二者択一を迫っているように見えるが、そういう話でなく、人間が描けていないと話が面白くないからである。人間を描いているのが近代小説の特徴である。シェイクスピアの悲劇も性格悲劇と言われるではないか。筋だけでは面白い話にならない。『オセロ』を歌劇化した『オテロ』を馬鹿みたいな話だと言った者がいた。確かに筋だけ聞けば、嘘による嫉妬で殺人を犯すなど馬鹿みたいである。しかしこれはオセロという人物の造形に重きがあるわけで、筋は二の次なのである。ストーリーはパターン化されているとある。装飾の部分が異なるだけで骨格は数種類あるだけである。実際の作成にあたっては起承転結で承の部分を圧倒的に長くすべきだとある。また書く順は転が初め、結が次、それから起承とすべきとある。

2025年4月2日水曜日

ダンウィッチの怪 The Dunwich horror

ダニエル・ホラー監督、米、90分。ラヴクラフトの原作を元に映画化。

大学教授のところへ稀覯書の閲覧を頼みに来た男がいる。教授は断る。もっともその男が知っている者の末裔と知り、食事を共にする。男は帰ろうとするがもう列車はない。秘書が車で送る。男の家に着くと、男は秘書を眠り薬で眠らせる。後に秘書の同僚が捜しに来るが、入ったや化物状の何かに襲われる。男は眠る秘書を横たえ、稀覯書のまじないで太古の霊を蘇らせようとしていた。それによる邪悪な霊は近隣の人々に被害を及ぼしていた。教授等が助けに来る。男は地獄に落ちる。秘書は助かった。

2025年4月1日火曜日

町山智浩『ブレの未来世紀』新潮文庫 平成29年

前著『〈映画の見方がわかる本〉ー2001年宇宙の旅から未知との遭遇まで』に続く、80年代の映画の見方を解説した本である。本書で取り上げられた映画は「ビデオドーム」「グレムリン」「ターミネーター」「未来世紀ブラジル」「プラトーン」「ブルーベルベット」「ロボコップ」「ブレードランナー」の諸作である。

いずれも以前より親しんできた映画であり、2回以上見ている作品が多い。これらが優れている映画、見るに値する映画とは思っていたが、本書でその意図するところを深く理解することができた。映画について書いてある本の中には著者は分かっているつもりでも、あるいは読者を煙に巻こうとしているのか、よく分からない本がある。本書はそれらと違って、いかにもよく分かったと思わせる本である。

2025年3月31日月曜日

冷たい水 L’eau froide 1994

オリヴィエ・アサイヤス監督、仏、92分。高校生の男女、好き合っている。レコード屋で男が万引きし、男は逃げるが女は捕まってしまう。

女は両親とも嫌っており、母親はアラブ人の男と一緒になり、父親の方ともうまくいっていない。女は父親に引き取られ、施設に入れられる。男は学校の教師からがみがみ言われる。後にダイナマイトを手に入れ知人に渡す。女は施設から逃げ出す。男ら学友が騒いでいるところに来て、男に一緒に逃げてくれと頼む。遠い地方に知り合いがいて芸術家の楽園がある、そこに行ってくれるか。男は承知する。後で女友達に、芸術家の楽園とかそこに知り合いがいるとかは嘘だと言う。男に一緒にいてもらいたいからだと。母親とその恋人が逃げた女を捜しに来るが見つからない。

女は男と逃避行の旅に出る。ヒッチハイクで遠くまで行く。その後歩きになる。川のそばの野宿で、女は裸になり男のそばで寝る。男が起きると女はいない。川の傍に女の書置きが残っていて男はそれを読む。そこで終わり。

2025年3月30日日曜日

エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの国際事件簿』 1964

クイーンが書いた三つの犯罪実話集を収録。『私の好きな犯罪実話』(1956)、『エラリー・クイーンの国際事件簿』(1964)、『事件の中の女』(1966)であり、以上の訳が本書である。

犯罪実話と言っても、事件の記録そのままというより、事件を元に脚色し小説化しているようである。例えば初めに『エラリー・クイーンの国際事件簿』があり、これは20話あって名の通り、世界各国の事件を扱っている。第2話に「東京の大銀行強盗」とあって、これは題からすぐに想像できないかもしれないが帝銀事件を元に書いている。自分が名をつけるなら「東京の大量殺人事件」とか「東京の毒殺大事件」とかにする。

犯人は平沢でなくキヨシ・シムラと変えてあるが、帝国銀行椎名町支店とか安田銀行品川支店などはそのまま使っている。事件の内容はかなり自由に、というかデフォルメ、茶化して書いている。帝銀事件は日本の犯罪史上の重要事件であり、これまで多くの本や映画、ドラマがある。インターネットでも情報は多くある。それをここの記述は、まるである事ない事を、読者が面白ろおかしく読めるように脚色した、風俗雑誌を読んでいるようである。

実際の犯罪は事実ということで、こさえ物の推理小説より面白く読める場合が少なくない。しかしここの立場は手を入れなくてはならない、あるいは入れたい、という考えのようだ。第5話「アダモリスの詐欺師」はルーマニアが舞台で、寒気のするほど陳腐な犯罪が書いてある。今までドラマなどで何百回使われたか分からない手口である。これで読む気が失せた。(飯塚勇三訳、創元推理文庫、2005)

海獣の霊を呼ぶ女 The she-creature 1956

エドワード・L・カーン監督、米、77分、白黒映画。小屋で見世物にしている催眠術師には女の助手がいた。海岸近くの家で夫婦の死体を、心霊学の博士が見つける。警察が調べるとおかしな足跡がある。心霊学博士は顔見知りの催眠術師が、その家から出ていくところを見ていた。催眠術師は警察から尋問されるが、人間のしたことでないと意味不明の事しか言わない。

この催眠術を見世物にして儲けようと、心霊学博士が下宿している実業家は思い立つ。催眠術師の助手である女が海獣を呼び起こす女で、術をかけられ眠ると海から海獣が出てくる。殺人をしていたのは海獣で、女の祖先であるから雌である。助手は心霊学博士と相思の仲になり、催眠術師から逃げたがっている。

公開で行われた催眠術では、女はなかなか術にかからないが、海獣は海から出てきて刑事を殺し、更に実業家、また催眠術師まで殺す。海獣が海に帰ろうとするところを警官たちが銃撃するが、果たして死んだか。疑問符が出て映画は終わる。