2026年11月5日木曜日

潜行者 Dark passage 1947

デルマー・デイヴィス監督、米、106分、白黒映画。妻殺しの容疑で逮捕されたハンフリー・ボガードが刑務所から脱出するところから映画は始まる。トラックの荷台のドラム缶に隠れていて、ドラム缶が転げ落ち、崖下に転がってそこから脱出する。通りかかった車に乗せてもらう。しかし運転する男はラジオで囚人脱獄を聞いていて、ボガードが脱走犯と知っていた。ボガードはこの男を倒し、たまたま通りかかった、ローレン・バコールの車に乗せてもらいその家に行く。

ここでボガードはバコールに何くれと世話になる。バコールの父親が無罪なのに処刑されたので、ボガードに同情していると言う。ボガードはそこから親友の家に行く。乗ったタクシーの運転手が整形で顔を変えられる、医者を知っていると言う。友人に出会った後、ボガードは顔を変える手術をする医者のところに行き、手術を受ける。数日後、包帯を取るとハンフリー・ボガードの顔が現れる。実は映画はボガードの視線で画面が進行し、ボガードの以前の顔はほとんど映らない。ボガードは親友宅に行くと、親友は殺されていた。驚いたボガードはバコールの家に行く。ここで事情を説明し、匿ってもらう。

ボガードはバコールの家から出て、南米に行く予定だった。しかし早々に食事屋で警察に目を付けられ、署に同行を命じられるが、途中で警官をまく。その後、ボガードは裁判でボガードに不利な証言をした女のところに行き、真相を聞き出す。ボガードにふられた女が妻を殺し、ボガードに罪を着せ、親友を殺したのもその女だった。しかし自白はしないと言って、高層階の窓から落ち死んでしまう。ボガードはバコールに南米の行先を告げる。その後、南米のバーで待っているボガードのところにバコールがやってきて、映画は終わり。

阿寒に果つ 昭和50年

渡辺邦彦監督、東宝、87分。五十嵐じゅん(淳子)主演。北海道に住む五十嵐は、少女時代からその画才を認められ、数々受賞し、称賛されてきた。中年の画家に師事している。学校では三浦友和が同級生で、時間を守らない無頓着な五十嵐に対して、三浦は注意する。姉がいて小説家志望で、恋人がいる。

ある時、五十嵐はロミオとジュリエットを描きたいと言うが、師から愛情の物語で、子供には無理だと言われる。それに発奮したのか、大人との性交に精を出す。師の中年男と寝るだけでなく、姉の恋人にも手を出す。これで後から姉から非難される。師から妻とは離婚するから結婚してくれと迫られ、興味のない顔をすると殴られる。昭和時代の映画の男は無闇に女を殴る。偽医者の免許で活動をしていた男が逮捕され、五十嵐はその面会に行く。阿寒に行くという。雪の中、一人で進む。雪の中から五十嵐の死体が発見されたのは3か月後だった。

2026年11月4日水曜日

野郎!地獄へ行け 昭和35年

井田深監督、日活、63分、白黒映画。中年の男が建設現場を歩いていると、上から鉄材が落ちてきて死ぬ。新聞記者の小高雄二は取材で現場に行くと、死んでいるのは恋人の父親と知る。しかも死後の解剖で、麻薬中毒だったと分かった。娘は信じられない。小高も単に事故でなく何かあると、調べようとする。

不動産会社に勤める中年男は見知らぬ儲け話があると持ち掛けられる。ある物を別の場所に運び、見返りにある物をもらってくる。非常に巨額の報酬で、承諾しその仕事を請け負う。これは実は麻薬の取引の運び屋として使われているのである。冒頭の殺された男もそれをしていて、真相に気づき殺されたのである。新しい運び屋になった不動産に勤める者も、後に殺される。映画冒頭で殺された男の娘は父の持ち物から、あるキャバレーの名が出てきて、探るためにそこに行く。ピアノ奏者を募集しているので、応募し雇われる。このキャバレーの社長が麻薬取引のボスだった。その女が、素人に麻薬運びをやらせている者だった。

この社長のところへ殺し屋が売り込みに来る。雇う。しかしこの男は香港の元締めから派遣されてきた者でないかと疑い、殺そうとする。また店で働いている娘は、不審なところから怪しまれる。また小高もこのキャバレーに目をつけ来ていた。すると自分の恋人がピアノを弾いているので驚く。小高も娘も店の用心棒らに捕まり、この店が危なくなったので、社長は高飛びしようとする。殺し屋と小高を消すために、ダイナマイトをしかけておくが、これを消し、社長らの後を追う。警察も出動してきて、最後は悪漢どもと警察の銃の撃ち合いになる。悪人たちは捕まり、殺し屋を自称していた男は麻薬Gメンだと分かる。

駒木爽『精神科医おどおど日記』 三五館シンシャ、フォレスト出版 2026

著者は、関東の某県にある病院に勤める精神科医。精神科がどういうところか、精神科医がどんな風に仕事をしているか、が分かる。実際、精神科とはすごいところで、そこに来る患者及び家族は想像もつかない人が多い。改めて人間というものの多様性、幅の広さを知る。

著者は元々外科医志望で、外科医として医師を開始したのだが、勤めた初期の病院で、上の医師にこき使われ、ほとほと外科医が嫌になり、転科したのである。精神科医には他の科から変わってきた医師が多いという。書いてある内容は面白いといっていい例もあるが、精神科では自殺という最悪の結果になる場合もある。そんなことが起きると担当医は相当こたえ、何年経っても忘れられないようだ。

2026年11月3日火曜日

吉川洋『日本―没落か再生か』新潮選書 2026

著者は日本を代表する経済学者の一人である。本書は失われた30年の日本経済の解明を主題とするが、副題にあるように、「時代精神とアニマルスピリッツ」という観点から論を進める。

日本経済(及び世界経済)に閉塞感を感じるようになって久しい。具体的な例を多く挙げているが、ニーチェのいうアポロ的、理性的な考え方とディオニュソス的な考え方を比較し、アニマルスピリッツは後者の考えだと言う。何事も計算ずくになって、収益のことしか考えなくなると、経済はダメになる。バブルの発生と崩壊はその例と言える。著者はアニマルスピリッツこそ蘇るべきだと説く。

渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』講談社現代新書 2013

著者は詩人で、現代詩への接し方、読み方を教える。詩は義務教育の国語の教科書に載せられている。その中の一つの詩を取り上げ、著者は子供が読んでも分からない詩だと言う。やさしい言葉で書いている。だからといってその詩が分かりやすいとは限らない。取り上げられている物が子供では、なじみがないものであれば、理解しにくいであろう。また詩は意味をとろうとする必要もない。意味が分からなくても、分からないからこそ、魅力を感じる詩もある。

詩は意味を伝えるものでない。感動を伝えるものでない。そう限定すると貧弱なものになってしまう。著者は後半では具体的な詩人、黒田喜夫、入沢康夫、安東次男、川田絢音、井坂洋子を取り上げ、その詩を開設している。

激しい季節 Estate violenta 1959

ズルリーニ監督、伊、100分、白黒映画。第二次世界大戦中のイタリアの避暑地。上流階級の若者たちが遊んでいる。そこにジャン=ルイ・トランティニャンが来る。ファシスト高官の息子である、ジャクリーヌ・ササールは彼を好きになる。海辺でたまたまトランティニャンは幼い娘を助ける。その母親が美貌で、惹かれる。

母親は未亡人である。この年上の女をトランティニャンは激しく愛するようになり、ササールなどはふってしまう。母親の方は、その母親から若い男との付き合いをなじられる。しかし母親の方もトランティニャンを愛するようになり、トランティニャンと共に家を出る。

トランティニャンが父親の力で兵役免除だったのも、もうできなくなり、兵役につかざるを得ない。それに母親もついて行く。列車は銃撃を受け、止まって、二人は逃げる。しかし少女が撃たれて倒れているのを見る。母親は自分の娘を思い出し、その母親を列車に乗せて送り返し、トランティニャンはひとり残る。