2026年8月26日水曜日

花嫁はあまりにも美しい La mariee est trop belle 1956

ピエール・ガスパール=ユイ監督、仏、94分、白黒映画。田舎に住むブリジット・バルドーは親がいなく二人の伯母と住んでいる。ここに婦人雑誌が撮影に来る。モデルがいなくなり、急遽、バルドーは代わりのモデルになる。雑誌では新人の俳優と組んでバルドーを、結婚式の特集に抜擢する。

婦人編集長は一緒に仕事をしている、プレイボーイの色男と結婚したく思っていたが、今の夫が離婚を承知しない。相手の俳優からバルドーは結婚してくれと打ち明けられる。しかしバルドーにはその気がなかった。傷心の俳優は夜中に逃げてしまう。相手がいないので、写真がとれない。そこで色男が代役として、バルドーと結婚する相手役になる。結婚式で教会から出てくる時、婦人編集長は色男に駆け寄り、抱きついて夫が離婚を承諾してくれたと話す。これで色男と結婚できるわけになった。バルドーはその場で失神する。バルドーは色男を愛していた。新人俳優から愛しているなら告白せよと忠告される。バルドーは色男に愛を言うが、相手は結婚する気になれないと答える。バルドーは気を紛らすために、夜中に次々と男の部屋を訪ね、抱いてほしいと言う。それは叶わず、また色男も編集長に向かい結婚する気はないと伝える。結局のところ、バルドーと色男は本物の結婚をする。

2026年8月25日火曜日

機動捜査班 群狼の街 昭和37年

小杉勇監督、日活、78分、白黒映画。男たちが都会の建物から出てきて車に乗り、走り去る。原っぱのようなところで、右左に分かれた男たちが銃撃戦をする。警視庁のパトカーが現場に向かうが闘いが終わった後で、残された死体は某暴力団の組長だった。相手方は競争相手の別の組だろうと推測された。殺された組の一人が内田良平で、相手方の組を乗っ取ろうと策を弄する。

まず警察に組長を殺したのは、幹部の某だとたれこむ。その某は敵方の暴力団に自分の組の権利を売り渡して、自分を敵方に取り込もうとしていた。内田はその某より格下だったが、敵のボスに取り入り、秘書役になる。またそのボスは箱根で療養している。世話をしているのが香月美奈子で、元はバーのマダムをしていたが、今はボスの心が移り他の女がバーを仕切っている。内田は香月を口説き味方につける。内田はかつての組の幹部某を殺す。

元敵の幹部連中とバーのマダムは、内田を成り上がり者として下に見ている。内田は箱根のボスに、今のバーのマダムは幹部の一人と出来ていると知らせ、激怒するボスは亡くなる。建物等の権利を自分のものとするため、死んだボスのハンコを勝手に自分で押し、自分名義にする。バーのマダムと幹部には、氷に毒を入れたウィスキーを飲ませ殺し、心中に見せかける。金持ちの娘と婚約し、自分の物となったバーで披露の宴を開くつもりが、来たのは警察だった。香月が警察に知らせたのである。その場で銃の撃ち合いをした後、内田は車で逃げる。警察のパトカーが後を追う。最後に捕まえる。

2026年8月22日土曜日

機動捜査班 東京暴力地図 昭和37年

小杉勇監督、日活、74分、白黒映画。弱小化した暴力団にいる内田良平は、湘南で勢力を持つ組に張り込もうとする。カミナリ族の連中は店で暴れていたりしたが、湘南で地域の仕切る暴力団の幹部からひどい目に会わされる。内田はこのカミナリ族を使って相手側を潰す計画を立てる。相手の幹部二人を殺し、それを仲たがいのように見せかける。これにカミナリ族の一人を使った。その男も後に内田に殺される。

内田は相手側暴力団のボスに会い、今まで死んだ幹部の仕切っていた場所をとろうとする。ボスの娘、香月美奈子にも手を伸ばしていた。内田は自分がいた弱小暴力団の今は主であるバーのマダムと通じていたが、マダムは内田が他の女、組に出て行こうとするので、カミナリ族の連中に、仲間を殺したのは内田だとばらす。これで香月と逃げた内田を捕まえるべく、カミナリ族は内田の車を追う。警察も殺人事件の犯人が内田と知り、追いかけ、最後に捕まえる。

2026年8月21日金曜日

恋するオペラ Futures vedettes 1955

マルク・アレグレ監督、仏、93分、白黒映画、ブリジット・バルドーが出た初期の映画で、ジャン・マレーなども出ている。バルドーは親友と、ウィーンの音楽学校で、歌と踊りの勉強をしている。教師のオペラ歌手をマレーがやっており、女生徒はみんな憧れている。バルドーもその友人もマレーに恋している。

バルドーはある日、マレーと寝る仲になる。その前から友人は、音楽の才能を認められていたが、母親の死で気が塞いでいる。それをマレーが慰めてやり、余計マレーに夢中になる。しかしマレーの妻も歌手で別居していたが、妻は病気で歌えなくなり、マレーの元に戻ってくる。するとマレーは妻に愛情を誓う。バルドーと友人は自分たちは遊ばれていただけと気付き、マレーに対する熱は冷め、批判的になる。

2026年8月19日水曜日

汚れた顔 昭和34年

森永健次郎監督、日活、42分、白黒映画。主人公は元公務員で汚職に関係し、行方をくらましていたが、東京に戻ってくる。かつての上司の課長が死んだという古い新聞を読んだからだ。上司の家族宅を訪ねるが、引越しており会えない。この上司の娘とは婚約していた。元の役所で関係があった会社の社長を訪ねると、婚約者だった娘が秘書をしていて驚いた。

娘は父親の死は主人公のせいだと言わんばかりである。社長が戻ってくるが、主人公が元上司の死の事情を聞き出そうとしても、ろくに返事がない。警察はこの元上司が死んだのは事故死か殺人か調べていた。大森海岸駅のそばの文字通り海岸で死んでいた。実はこの取引先の社長が悪人で元上司を殺していた。戻ってきた主人公が邪魔になり暴力団を使って消そうとしたが、主人公に警察が張り付いていたので、暴力団は逃げる。今まで悪人社長は死んだ男の娘にいい顔をしてきたが、主人公によって事情がばれそうになり、主人公と娘も亡き者にしようと常盤橋公園で企んだが、警察が乗り込み悪漢一味は逮捕される。

2026年8月18日火曜日

秋元雄史『芸術の価値とは何か』中公新書ラクレ 2026

美術、特に現代美術の取引がどのように行われ、どう価格が形成されていくかを中心に解説した本である。書名のような美術の価値とは何かを論じたと言うより、現代社会での美術のあり方を語っている。どのように金持ちが美術に巨額の金を出し、それで価格が形成されていくかの仕組みが書いてある。

資本主義の中での美術がどう扱われていくかの実態を述べる。資本主義とは人間の外にあって人間を支配翻弄する怪物のように書かれる場合がよくあるが、資本主義とは人間の欲求、欲望を実現させる仕組みなので、人間というものの本質をあらわにする。人間とは別ものとみなしては理解できない。本書でマルクス経済学の用語を使って商品の「使用価値」と「交換価値」という言い方が出てくるが、美術品の取引で成立する「交換(市場)価値」と、書名にある「美術価値」とは乖離することがないのか。そのへんをどう理解するのか。

ベティ・サイズモア Nurse Betty 2000

ニール・ラビュート監督、米、110分、レニー・ゼルウィガー主演。ゼルウィガー演じるベティ・サイズモアは田舎の食堂で女給をしている。テレビの医療ドラマの医者に恋し無仲になっている。旦那はつまらない男で、盗んだ麻薬を悪党ども(モーガン・フリーマンとその息子)に売ろうとして、頭の皮剥ぎで殺される。それを隣室で見ていたベティは頭がおかしくなる。恋する医者に会うと言って、車でロサンゼルス目指して出かける。

実はそのベティが乗っていた車に、旦那が盗んだ麻薬が入っていた。それを知った悪党二人は追いかけようとする。ただベティの行き先が分からない。それでベティの実家などに押しかけ、知ろうとする。ロサンゼルスに着いたベティは、知り合った女友達に自分が捜している恋人の医者の名を告げる。後にそれがテレビの登場人物だと知って、おかしくなり、ベティをその俳優が来るパーティに連れて行く。ベティはその俳優、自分の恋人を見つけ、近寄って声をかけ、自分が恋人と名乗る。最初驚いた俳優はそのうち話を合わせ、ベティもその気になって恋人に会えてすっかりうれしくなる。

ベティと話がはずんだ俳優は、製作者にベティをドラマに使おうと言いだす。実際のドラマの撮影現場に来て、ベティは正気を取り戻し、自分がおかしな場所に来ていると分かり、何も言えなくなる。俳優は怒り、ベティを家に連れていく。その時にあの悪党二人がやってきて銃を突きつけ、ベティに麻薬を出せと迫る。何がなんだか分からないうちに、故郷の保安官と友人もこの家に来る。保安官は悪党の一人、息子の方と撃ち合いになり、息子を倒す。モーガン・フリーマンはベティと話し、相手が何も知らないと分かる。フリーマンは逃げる。ベティはその後、ドラマに多く出演したと説明が出る。