2026年2月28日土曜日

ジョージ・オーウェル『リア王・トルストイ・道化』 1947

トルストイはシェイクスピアの劇に退屈と反発を感じ、『リア王』を例にとって、いかにシェイクスピアがつまらない劇を書き、過大評価されているかを論じた。それに対するオーウェルの反論である。オーウェルはトルストイの指摘が間違っているとも示しているが、そもそも論としてトルストイが言うようにシェイクスピアの劇は本当はつまらないのに、高い評価を受けているのは偉い人がほめるからただそれに従っているのだ、という考えに反論している。優れているかどうかは、多くの人に長い間、読まれ続けるかによって決まると言う。

更に面白いのは、オーウェルに言わせるとリア王とトルストイはよく似ている。外見もそうだが、自分の思うままに振舞って、それは確かに一見立派に見えるものの(王位を譲る、自分の著作権や財産を放棄する)、その行為によって周りがちっとも自分の思うように反応しないので、怒り狂う態度である。そういったリア王、トルストイの比較論をしている。(オーウェル評論集2、平凡社、2009)

ストリンドベリ『稲妻』 Ovader 1907

戯曲。あるアパートが舞台、そこで主人と呼ばれる男はかつて結婚していたが、妻は娘を連れて、情人と出奔した。今は親戚の若い娘を使って世話してもらっている。住んでいる部屋の上の階に誰かが入ってきたらしい。知り合いの菓子屋と話し合うが誰かは分からない。

後にこの部屋にはかつての妻とその情人、更に今は成長した娘がいると分かる。かつての妻は主人の兄弟と最初に会い、話し合いをする。主人に会えと兄弟は言うが、妻の方は消極的である。後に会う。主人は今では妻に執着はない。娘にその前に会ったがのだが、おじさんと言われ、自分が父親であるとは娘は知らないと分かる。

今いる情人である男とも妻はうまくいっていない。後に男は菓子屋の娘と駆け落ちしようとし、失敗する。妻と娘はその男と別れて自分の田舎の方に行ったらしい。そう聞いて主人は親戚の娘と話し合い、今までの生活を続ける。(山室静訳、筑摩世界文学大系84、昭和49年)

2026年2月27日金曜日

バーナード・ショー『ウォレン夫人の職業』 Mrs. Warren’s profession 1894

ショーの戯曲。若い女ヴィヴィーはケンブリッジ大学で優等をとって帰ってくる。ヴィヴィーには母親がいる。この家に多くの者がやってくる。母の知り合いの中年男だけでなく、昔からヴィヴィーを知っている若い男フランクは彼女に気がある。しかし女の方はその気はないようである。中年男の一人はヴィヴィーに求婚するがあっさり振られる。

ヴィヴィーの母親がウォレン夫人である。この母子家庭でヴィヴィーは、これまで母親にいい印象を持っていなかった。しかしさしで向かい合い、母親がどれだけ孤軍奮闘して人生を渡ってきたかを聞き、母親を見直し好きになる。別の日になってヴィヴィーから振られた中年男は、フランクとヴィヴィーが仲良さそうなのを見て、異父兄妹だから結婚はできないと聞かされる。それだけでなく、ヴィヴィーは母親の職業を知る。

娼婦宿を欧州のあちこちに経営していて、そこで働く女は薄給でこき使い、自分は儲けていたのがウォーレン夫人であると。ヴィヴィーは母親に知った事実でなじるが、母親は それが現実だ、大学のような奇麗事の空理空論では世の中はやっていけないと反論する。母親と仲たがいしたヴィヴィーは、自分で給料生活に入り、それで生活していこうとする。

のら猫日記 Manny & Lo 1996

リサ・クルーガー監督、米、88分。少女時代のスカーレット・ヨハンセンが主役で出ている。ヨハンセンの名はアマンダ、姉の役名がローレル、その愛称がマニーとローで題名になっている。姉妹は親がいなく、里子に出されていたヨハンセンを姉が引き取り(奪い)に来て、二人は姉の運転するバンで旅に出る。コンビニエンス・ストアでは万引きをし、ガソリンは姉が性行為で手に入れていた。

しかし姉が妊娠する。赤ん坊用の店で働いている、妊娠関係に詳しそうな女を誘拐する。前に無人の家を見つけており、そこを棲み処にして、誘拐した女を閉じ込めておく。ヨハンセンは誘拐した女と次第に親しくなる。家の持主が帰ってくる。居間でくつろいでいる最中、誘拐した女が後ろから殴り、縛って閉じ込めておく。これを姉には言わなかったので、男が逃げ出すと、この家にいられなくなり、姉妹と誘拐した女はバンに乗って去る。

姉は途中の橋の上で、誘拐した女を降ろす。コンビニで危うく警官に見つけられそうになったのは免れたが、姉が陣痛を感じるようになる。ヨハンセンはあの誘拐した女を見つけに戻る。女は姉に指図し、安全に出産ができるようにする。男の子が生まれる。4人になって(ヨハンセン、姉、誘拐した女、赤ん坊)バンで走り去る。

リアル鬼ごっこ 平成27年

園子温監督、松竹、85分、トリンドル玲奈主演、他に篠田麻里子、真野恵里菜。女子校の生徒たちがバスで遠足か何かに行く。トリンドルはメモしていてペンが落ちた際、かがむ。その時、殺人突風が起こり、バスの上半分、乗客の上半身を切ってしまう。

トリンドルは逃げる。途中出会った女子らも同様に風で身体を半分に切られる。川で血まみれの服を洗って着替える。道を歩いていると女生徒が声をかけてくる。知らない名で自分を呼ぶ。自分はその学校のクラスメイトらしい。仲間と学校をさぼって池のほとりに遊びに行く。戻ってきてから、教師は教室の生徒に向かい、機関銃で虐殺を図る。教室から学校の校舎から逃げる。後ろから教師らが砲弾を撃ってくる。一緒に逃げた女子らも風で身体を真っ二つにされる。

街中の交番に入る。そこで顔を見ると篠田麻里子に変わっている。篠田は結婚式が予定されているようで、ウェディングドレスに着替える。式場で会った新郎は豚の頭の持主だった。その豚野郎をガラス壜のかけらで殺し、列席の者たちを殺していく。そこから逃げた篠田はいつのまにか、真野に変わっている。真野はマラソンの最中である。後ろから殺人者たちが追ってくる。洞窟の中に逃げる。そこには死んだ者たちの像(人形)があった。真野はトリンドルに戻っている。現れた者から、寝台で寝ている若い男と一緒に寝ろと言われる。その男をトリンドルは殺す。その後、幻想的に謎解きのような場面になる。

2026年2月26日木曜日

高山守『ヘーゲルを読む』左右社 2016

放送大学の教科書を元にした解説書である。著者は東大教授を勤めた哲学研究者。難解をもって知られるヘーゲルであるが、この本ではヘーゲル哲学の本質は、自由の哲学であると言う。

自由気儘に生きて、欲望を充たす生活が理想的な生き方なのか。自由に生きる生活こそ望ましいのではないか。自由に生きるとはどんな生き方か。理性のもとに生きる、それが自由な生き方であると言う。それを探るのがヘーゲルの哲学なのである。著者は特に『精神現象学』を中心に、それ以外の法の哲学や歴史哲学も説明している。

2026年2月25日水曜日

キング・コング King Kong 2005

ピーター・ジャクソン監督、米、195分。1933年の初代の映画を再映画化した。時代も当時である。筋が詳しくなり、特撮に関しては当然ながら各段の高度な仕上がりとなっている。島に着いてから女がコングに攫われたので助けに行く場面や、コングと女の場面で非常に多くの怪獣の類が現れ、現代の技術で生々しい映像になっている。どうしても助かる筈のないようなところで、何度も助かるのは映画ならではである。

やはり現代の映画なので、最初の映画とは違い、コングを連れてきて見世物にするのは良くないと主張するのが主人公らである。2度目の映画が1976年に作られており、これは時代を撮影当時にしたほか、島に行くのは石油目当てとなっている点、また最後に登るのがエンパイア・ステートビルでなく、世界貿易センタービルといったところが他の映画と違う。

2026年2月22日日曜日

ブロードウェイ Babes on Broadway 1941

バスビー・バークレー監督、米、118分、白黒映画。ミッキー・ルーニー主演のミュージカル映画。邦題だけ見るとブロードウェイが舞台の映画に見えるが、ルーニー扮する少年が何とかしてスターに上り詰めようとする映画である。ルーニー含む三人組は食堂で歌と踊りを見せる仕事をしていた。そこにたまたま来ていた婦人に芸能事務所に来いと言われ、そこに行くとその婦人は仕事をしていた。大物製作者の前で内輪のオーディションをするから来たらと誘われる。三人は有頂天になってみんなにオーディションを言いふらす。

その時に会ったのが失意のジュディ・ガーランドで、ルーニーは励まし仲良くなる。オーディション会場に行くと山のような人だかりで三人は、はなから無視、落とされる。ガーランドは友人と共にセツルメントで働いており、そこの子供たちを田舎に連れて行きたいと思っているがうまくいかない。ルーニーは自分の売り出ししか考えていない男だが、子供たちを利用できるとなれば田舎行きにも協力する。これはイギリスからやってきた子供たちも同様に利用しようとするところにも現れている。イギリスの子供たちが祖国の親との国際電話による会話などの場面は、当時ドイツと戦っていたイギリスへの応援の意味がある。その後紆余曲折があって最後には舞台で成功するのはお決まりの筋。

イプセン『小さいエヨルフ』 Lille Eyolf 1894

イプセンの戯曲。三十代の夫婦の間には幼いエヨルフという子がいる。以前テーブルから落ちて脚が不自由である。夫の妹がいる。更にその妹に恋する技師がいる。エヨルフは夫婦二人にとって重荷である。そのエヨルフが湖に落ちて死ぬ。

その後の夫婦の精神的葛藤が描かれる。別れるのか、あるいは妻の方は夫がなくては生きていけないと言い、妹と夫の間にも嫉妬している。最後はやり直そうとなるが、それまでの夫婦間の心の様子が見物の戯曲である。

2026年2月19日木曜日

群狼の街 Try and get me 1950

サイ・エンドフィールド監督、米、92分、白黒映画。主人公には妻と幼い子供がいる。カリフォルニアに仕事を捜しに来たが、見つからず失業のままである。ある時声をかけられた男から持ち出されたのは犯罪の協力であった。初めは躊躇するが他に仕事もなく引き受け、運転手の役をする。

幾つかの強盗の後、若い男を誘拐して身代金をせしめようという話になる。ところが主謀者である同僚はその男を殺して池に沈めてしまう。これで主人公はすっかり落ち込みノイローゼになる。そのせいである時、自分のした犯罪を告白してしまう。聞いた者はさっそく警察に通報、逮捕される。男は自分のしたことは死刑に値すると感じている。新聞が悪事を書き立てたので、怒った多くの群衆が拘置所に押しかけ、私刑をする気になる。このような事態を招いた新聞記者は痛く後悔する。

江馬一弘『電子を知れば科学が分かる」ブルーバックス 2025

 原子の構成要素であり、素粒子である電子の観点から見た科学の解明。電子がどのような働きをしているか、分かりやすく説明している。内容の幾つかは他の本で読んだ話題であるが、それを電子の働きとして説明しており、興味深く読めた。もちろん初めて知った内容も多い。また当然ながら理解が十分できていないところがある。個人的には半導体でPNPとかNPNとかいう型があるのは従来から知っていたが、その仕組みについての説明は理解が進んだと感じた。

2026年2月18日水曜日

サブスタンス The substance 2024

コラリー・ファルジャ監督、仏英米、142分。デミ・ムーア主演。ムーアはかつては人気女優で,50歳になった今までテレビのエアロビクスダンス番組をやってきた。しかしたまたま耳にした、製作者のもう歳だから止めさせようという意見に衝撃を受ける。

配達された手紙によれば若返りが出来る薬があると言う。初めは無視していたが、それを見直し申し込む。ある建物の中の部屋に行くと自分の番号の引き出しがあり、そこに紙箱があった。帰宅し、出して注射する。すると強烈な経験をし、ムーアの背中が割れて、そこから若い女が出てくる。これが若返ったムーアであり、交替してその身体を経験する。若い女はスーと名乗り、たちまち人気が出て、新しいエアロビクス番組はヒットする。ムーアは自分の身体に戻った時、スーの活躍ぶりを見る。

評価されたスーは特番の司会者に抜擢される。忙しくなったスーは指示通りの身体を交替するための諸手続きを怠る。ムーアの身体は老化が進む。スーのずさんな管理のせいで、すっかり老婆になる。このスーを終わらせようとムーアは決めるが、最後に止める。しかし起き上がったスーは、ムーアが自分を殺そうとしていたと知り、ムーアに暴力を奮い最後には息を止める。その後テレビ局に行ったスーは、自分の身体に異変が起きていると知る。帰宅するがスーは怪物になる。それを隠してテレビ局に行き特番で現れる。その怪物ぶりを見せ、血を吹き出して場内の観客に浴びせかけるので大混乱に陥る。最後に怪物から分離したムーアの残骸は、ハリウッドの舗道にある自分の星印のところに行き果てる。その血の跡は後で清掃車が綺麗にする。

2026年2月15日日曜日

不思議の国のアリス Alice in wonderland 1933

ノーマン・Z・マクロード監督、米、77分。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の映画化のうちの一つ。アリスは部屋の鏡の前に立ち、その中に入る。鏡の中の部屋は、凡てが反対になっている。このあたり『鏡の国のアリス』かと思ってしまうが、その家を出て庭に来ると服を着て急いでいる兎に出会う。不思議の国のアリスの世界になる。

兎を追って穴に入る。落ちた後、下の部屋で大きくなったり縮んだりするところ、その特撮が戦前なので変わっている。原作を元にした映画が続くが本映画では、ケイリー・グラントとゲーリー・クーパーが出ている。メイクアップのせいでそのつもりで見ないと分からない。この二人の有名俳優が出ているところが本映画の特徴か。

2026年2月14日土曜日

未亡人の殺人計画 A blueprint for murder 1953

アンドリュー・L・ストーン監督、米、76分、白黒映画。ジョゼフ・コットンの姪が正体不明の病気で亡くなる。数年前の兄の死と似ていた。その兄の妻である義姉は、義理の子供である二人の子供の面倒を見ていた。今一人が亡くなり、幼い弟だけとなった。姪の死についてコットンの友人夫妻は毒死ではないかと疑義を述べる。

死体を調べるとストリキニーネの反応があった。もしかしたら、亡兄の死も同じではなかったのか。それなら義姉が容疑者となる。残された子供が共に死ねば財産が一人占めできる。この疑いにコットンは悩む。義姉は残された一人息子をヨーロッパに旅に連れていくという。旅先で殺そうとするのではないか。自分を慕う甥を心配したコットンは同じ船に乗り、二人と旅を共にする。

義姉の鞄の中の薬を見たら毒薬と思われる錠剤が2,3入っていた。それを取り出す。義姉と一緒になった時にこっそり、相手の酒にその錠剤を入れる。義姉が飲んだ後、殺したのはあなたではないかと、コットンは自分の予想を言う。今、錠剤を入れたから助かるためには早く白状して治療を受けろと言うが、相手はなんともない。証拠のため居合わせてもらった刑事も拍子抜けして、コットンともども部屋を出る。自分の疑いは誤っていたのかとコットンは悩む。しかしすぐ連絡があり、義姉は医師に連絡し、すんでのところで助かったと。やはり犯人は義姉であった。義姉は裁判にかけられ、コットンは甥を引き取る。

ルチオ・フルチの新デモンズ Demonia 1990

ルチオ・フルチ監督、伊、88分。中世、修道女が多くの者に捕えられ、磔になり殺される場面から始まる。現在のカナダに飛び、交霊会で一人の女が気を失い倒れる。修道女の磔の幻想を見ていた。その女も一員である考古学者たちは、シチリアの遺跡発掘に行く。そこにある修道院の廃墟では壁の奥に部屋があり、磔の跡と知る。土地の者たちは発掘を忌み嫌う。

別の考古学者に確かめると嫌がらせをされたと言う。その考古学者は何者かに殺される。また発掘隊の二人の男は修道院跡で、落ちて串刺しになって死ぬ。また別の一人は股裂きに会い、身体が二つに引き裂かれる。女の隊員は土地の女から誘われ、過去に起きた修道院での修道女らの惨劇を教えてもらう。修道院跡で発掘隊員らがいる時、町の者が大勢おしかけ、奥の部屋の十字架に死んだ修道女を見る。火をつける。燃える。その下には女隊員が倒れて横たわっていた。

2026年2月12日木曜日

中野重治『五勺の酒』 昭和22年

中野のこの短篇は戦後の状況のもと、語り手の中学校校長が知り合いの共産党員に宛てて書いた書簡の形式になっている。共産党の行動を促すというか、共産党に質問するといった内容である。例えば、昭和天皇が戦後、一般国民に身近に接した際の挿話を取り上げて、共産党員に対応を聞くなどがある。

また自分の身内の兵隊が死んで、妻は未亡人となった。それは悲劇であるが、もっと悲惨な例があった。ともに容姿が優れていた夫婦のうち、夫は帰省できた。しかし傷によって二目と見られぬ容貌になっていた。今後の夫婦生活の苦労を思いやると、死んでしまった方がよかったかもしれないという。

『大江健三郎 柄谷行人 全対話』講談社 2018

「中野重治のエチカ」(1994)、「戦後の文学の認識と方法」(1996)、「世界と日本と日本人」(1995)の3対話を含む。

日本の戦後文学について、これまで外国に評価されてきたのは、日本の美を感じさせる、外国人が期待するところの日本的な、外国にはない、美を感じさせる文学であった。特に三島由紀夫については明瞭である。確かにここでは名が挙がっていないが、良く外国に翻訳されててきたのは、川端にしろ谷崎にしろ、極めて日本ならではの美を感じさせる文学であった。それを大江の小説は、日本文学で初めて日本と意識しない普遍的な文学であると、外国人に言われたという。日本という国の文学でありながら、普遍的な文学をたてる必要があるという主張である。

2026年2月7日土曜日

木村幹『国立大学教授のお仕事』ちくま新書 2025

著者は神戸大学国際協力研究科の教授である。神戸大に30年以上勤めており、自分の職業である大学教授がどんな毎日を送っているか、仕事をしているかを書いた本である。

昔と比べ予算は減り、それで教員数も設備もままならないが、学生数は変わらない。また時代の変化に伴って多くの業務が増えている。それでお金がないからどうやって資金を集めるかの苦労が多い。また過去に独立行政法人となって国立大学がどう変わったかの記述がある。学長の権限が強くなったそうだ。神戸大学は国内の大学の中でも上位にある大学であろう。その実情の一例であり、他の大部分の大学ではもっとひどいのであろう。

2026年2月6日金曜日

ノックは無用 Don’t bother to knock 1952

ロイ・ウォード・ベイカー監督、米、76分、白黒映画、マリリン・モンロー、リチャード・ウィドマーク出演。ニューヨークのホテルに来たモンローは、エレベーター係としてそこに勤める叔父の紹介で、ホテルの客室夫婦の子供のベビーシッターを引き受ける。同じホテルのバーにウィドマークは恋人といたが、恋人は別れたいと言いだす。

ウィドマークは部屋に帰り、反対側の窓の部屋にいるモンローを見つけ、部屋に行っていいかと電話で了解を得る。ウィドマークに会ったマリリンは調子がおかしくなり、以前死んだいいなずけとウィドマークを混同し始める。子供は起きだし、母親の服を着ているモンローを非難する。ウィドマークも真相に気づき、戻ってきた叔父といざこざを起こしているうちに、騒がしいので通報で警備員が来る。もともと精神病院に入っていたモンローは一階に行き、刃物をとって自分を傷つけようとする。従業員が見守る中、ウィドマークが来て、モンローを説得し刃物を取り上げる。救急車が来てモンローは連れ去られる。

2026年2月1日日曜日

ちくま評論選 三訂版 2024

副題に「現代高校生のための思想エッセンス」とあるように、日本の著者たちの論考を多く集めてある。現代の、人間の、考え方の諸問題、あるいは問題として意識にのぼってこないような点について、再考を促す指摘がなされる。確かに勉強になる、新しい視点を与えてくれる論文がある。びっくりさせる文章がある。

ただその一方で、一般的に言えばその通りだろうが、現代の科学、技術の進歩がもたらす問題点を説く文章を読んでいると、正直、陳腐な感じがしてしまう。いつまでも同じ指摘が繰り返されるのはそれがまだ人々に浸透していないから、繰り返すというのだろうか。でもそのような批判は役に立っていないので、今まで変わらなかった訳である。これからできるとは思えない。これは高校生向きの論集であり、高校生ならもっと素直に感心するのだろうか。自分のようなすれっからし向きでないのだろう。

SISU/シス 不死身の男 Sisu 2023

ヤルマリ・へランダー監督、芬蘭、91分。第二次世界大戦末期のフィンランド、ドイツ軍は敗退する際に町などを焼きつくしていた。犬を連れた老人に出会う。老人は金塊を発見し、それを持っていた。ドイツ軍は老人の金を見つけ、奪い取ろうとする。この老人はフィンランド最強の特殊部隊の兵士だった。

ドイツ軍人を何人もやっつける。ドイツ軍は戦車を持ち、多くの軍人がいた。老人の乗っていた馬は地雷で爆破され、バラバラになる。老人を見つけようと兵士らが行くが次々と地雷で死んだりする。老人は川に潜り逃げようとする。追って兵士が川に潜るが殺される。川の向こうに逃げられた。後になってドイツ軍のトラックに乗り込み、兵士をやっつけ、囚人となっていた女たちを助ける。

最後に残った軍人は飛行機に乗って逃げる。老人はオートバイから離陸する飛行機に飛び乗り、飛行機の腹部にしがみつく。つるはしで穴を開け、飛行機内に入る。軍人がやってきて格闘となる。軍人を飛行機から放り出す。飛行機は落下、墜落する。後に銀行に老人がやってきて金塊をぶちまけ、高額紙幣に替えてくれと言う。